シアー
まだ夕方と言う時間を迎える前の、少し過ごしやすくなって来たかなと言う時間に荒野と言う砂漠を駆け抜けて朝日が昇り出して気温も同じく上がる前に森へと何とか全員で辿り着いた。
森に近づくにつれて襲い掛かる魔物を倒しながらの初めての砂漠越えの集団を連れての移動としては全員小さな怪我はあったものの無事たどり着いたというのはまずまずの合格点だろう。
最も予想より魔物の出現が少なかったのも一因と言えるが、水膨れを起こすような気温にもなる砂漠の中を移動せざるを得ない状況にならなくて今一つ危機感の薄い連中を前に安堵の息を零してしまうのは仕方がないだろう。
強烈な陽射しと気温から逃れるように馬を連れて森の中へと雌黄の剣を誘導する。
数分もしないうちに森のむせ返るような土と緑の匂いと、どこかひんやりとした木陰が作り出す空気。
そしていきなり目の前に現れた全身緑色で統一した服を着ていた女性が目の前に立っていて、緊張する空気の中、彼女のどこか間の抜けた声が静かな森に響くのだった。
「いやー、思ったより早かったねエンバー。
王都からの連絡にあたしも慌てて森から出てきてお迎えに来たよ。
魔物の数も減らしておいたし、ちゃんと誉めてね」
やあ、と手を上げて砂のような薄い金色の短い髪を乱雑に結い上げた女性は
「初めましてだね!
紅緋の翼のシアーだ。この森の監視役をガーネットから命令されている」
「監視役?」
クロームが首を捻れば
「何故かハウオルティアに接するこの森は今も魔物の発生が高いから、一定数増えたら駆除する様に。
そして手に負えなくなったらすぐに連絡する様に言われてるのさ」
いいながらも今も弓を弾いてどこからか現れた魔物を一撃で仕留めていた。
「シアーは相変わらずいい目とカンしてるな」
「ふふふ……この森の魔物達と戯れたかったらこれくらい朝飯前でなくちゃね!」
「で、知ってると思うけど雌黄の剣のクローム一行。
この先の村に案内したいんだけど……」
シアーと紹介された女の目が何度か瞬きを繰り返し、その都度視線が厳しくなっていって
「あんた正気?!
この先の村ってあんたが発見された村……ええと、なんだっけ?コルドラ村だっけ?
全滅した故郷に行かせるなんてガーネット何考えてるのよ!」
「いい加減墓参りにでも行けって事じゃね?」
「あんたはねえ!
冷静で居られるかって言う話してるのよ!」
「ああ、うん。まぁ……
それも確かめに……じゃないかな」
そっぽを向いたエンバーにシアーは短い髪をかきむしりながら
「あああ!!!
そんな状態ならまだ避けて通る所じゃないの!
大体あの村今では魔物の産卵場になってるのよ!
ほんとに大丈夫?!」
「大丈夫じゃねぇ?」
「それ大丈夫じゃない人の返答だよ!!!
本当に大丈夫だったら『なにが?』って答えるもんなのよ!
クロームさん悪いけどエンバーはここでリタイアだ。
エンバーと同じSSクラスの私がこの先の案内役変わるから、この子をここで死なさせないで!」
クロームを睨みつける森の瞳は腹の底から怒りをあらわにさせるも
「シアーの気持ちは嬉しいけど、俺だって……
今の村を見てみたいんだ」
どこか不安定な心のままに視線を彷徨わせてしまうも、あの日止めを刺した騎士から逃げて以来俺はずっとあの騎士の事が気になっていた。
墓には埋めてもらえなかっただろう。
魔物達に食い荒らされてしまっただろう。
あの美しい鎧も雨風にさらされて錆びているかもしれない。
だけど俺を友と呼んでくれた。
花を手向けたい。
までもないが、譲り受けた形見は今もこの首に在る事ぐらい伝えたい。
形見の事は誰にも言った事はないが、あのまま持ち去って行ってしまった剣は宝石の数こそ減ってしまったが今も俺の腰に在り、あんたの代わりに魔物の数を減らしている事も伝えたい。
あんたの願いどおり今も生きて、生きてなんとか笑えている事を伝えたい。
「墓、ぐらい立派じゃなくても作りたいんだよ」
俺を逃がす為に魔物の目の前に痩せた身体を躍らせた母の背中。
余所者の為に村の片隅の小さな雨漏りもする母の手作りの小屋で二人、わずかな報酬と森の恵みで生きてきた。
森の開拓を手伝いながら賃金の代わりに食糧を得て、村長の妻が教える物語や文字書き計算を、よそ者の俺を始めとした数人の子供達は部屋の窓から聞こえる声を盗み聞くように耳を傾けていた。
村人からの扱いは酷かったが、それでも毎日母が笑っていたから俺も笑っていられた。
少なからず良くしてくれる人も居たし、子供の少ない村ではよそ者同士の友達とも森の恵みを集めに一日走り回って遊んでいた。
貧しくても辛いばかりの記憶ではなく、それなりに幸せだった日を思い出せば
「今回の任務は村まで行く事になる。
あの時騎士団は村の奥まで来ていた。
そこは俺の家のすぐそばで、だから……」
「ああ!もう!
いっつも無口な癖にたまに口を開けばあんたは何て事を言うのよ!」
ボロボロと涙を零し始めたシアーは
「そんな事言われたらここで待ってろなんて言えないじゃない!
大丈夫!私が無事連れて行ってお母様のお墓をつくる間ぐらい魔物寄せ付けないからちゃんと名前を刻んでお花ぐらい飾ろうね!」
ワンワンと泣きだして俺の頭を抱えて良し良しと撫でるも、まっ平のシアーの胸の肋骨にぐりぐりと押さえつけられて正直痛い。
言えば怒られるのは目に見えてるから言えないでいるが、シアーはおでこを真っ赤にした俺を解放して
「あんたらには悪いけどそれくらい付き合ってもらうから!
無茶な任務を依頼してくれたんだからこれぐらい目を瞑りなさいよ!」
言うも、初めて知ったエンバーの身の上に雌黄の面々は何処か申し訳なさそうに、一部もらい泣きをしているメンバーがエンバーを励ますと言う魔物が徘徊する森に居る割にはほんのりとした暖かな光景が広がっていた。
「じゃあ、砂漠と違い森の中は昼間の内に移動するよ!
砂漠越えで疲れてるかもしれないけど、ギルドならそれぐらいの根性見せな!
夜は魔物も大体寝る時間だから、休めるのは夜ぐらいだけだからね!
ここから先は馬での移動は無理だから徒歩での移動になる。
馬はここで乗り捨てていくけど、運が良けりゃ再会できるさ!」
ついておいでと言う合図と共に俺達はシアーを先頭に二列で隊列を組み、俺が殿を務める。
シアーの足はこんな山道でもよどみなく、草に覆われ、木の根が蔓延れど何度も歩いた後の残る道らしき道を歩いていた。