強さと引き換えに差し出した物
辛うじて続いてますが、エンバーの話しもあと少しです。
どうぞお付き合いください。
シアーが攻撃に使う戦力分を守りの体制に使うのを確認して剣を構え直す。
頼もしい事に背後では雑魚の数減らしまでしてくれるのだからここは早く大物を仕留めて行くのが礼儀だろうか。
そんな礼儀なんて持ち合わせてないが、戦士として敵は潰す。
徹底的に。
人間と魔物が一緒に暮らす事の出来ない食物連鎖の関係が出来上がっている以上、敵は潰す。
これは避けて通れない関係だ。
溢れる魔力を体に纏い一気に木々の合間を駆け巡る。
脚力はもちろん、聴力も動体視力も嗅覚も全てにおいて能力値が何倍にも跳ね上がっている状態だ。
かつてこの俺の状態を見た事の在るギルドのメンバーは
「まるでロンサールだな」
と言って俺を肩車して褒めてくれていたが、さすがに成長期を迎えた後の体格ではしてくれないしされても困る。
だけど、一人で無茶するなと誰もが頑張ったなと頭を撫でてくれるのは今も昔も変わらなくて、任務の報酬以上に俺はこの一時が一番何よりも好きだった。
魔物の攻撃をかわすように身を低くして走る。
あふれ出た黄金の魔力は空気中に霧散する事無く俺を纏い、この動きに沿うように、置いて行かれるように、でも懸命について行く様はまるで流れ星のように尾を引いているようにも見える。
視線を正面から上へと上げて木の上に居るヘビのような魔物を見つければ、木の幹を足掛かりとして駆け上がる。
瞬く間に近づいた俺との距離に魔物は目を見開いて驚くもすぐさま本能のように口を大きく開いて俺を丸飲みにしようとする。
だけどさずかな枝を足掛かりにして軌道を変え、その頑丈な皮を直接攻撃するよりも口の中の柔らかな皮膚に剣を突き刺し、そこから皮を裂く様にして剣を胴体をなぞるように切りつける。
魔法剣ではないが、この剣の素晴らしいのは俺の知る限り度の剣よりも切れ味画すさまじいのが特徴だ。
魔石で剣の切れ味の能力を上げなくても圧倒的な切れ味を誇ると言っても間違いない。
よほどの工匠が打った剣なんだろうねと誉め立ててくれる剣は、あの日、この村で譲ってもらった命の剣。
譲ってもらった時より随分とみすぼらしく、そして手入れをし多分だけ小さくなってしまったものの錆びどころか曇り一つとして見当たらない剣は俺の分身として取り扱ってきた証拠。
この村から逃げて数年後の今、やっとこの地まで戻る事が出来た命。
あの人の代わりではないが最後に願った通り生きた命。
死の恐ろしさを教え、生きて記憶に留めてもらえれば幸せだと言うだけのささやかな幸せがある事を教えてくれた友が眠るこの地をこれ以上穢す事は許さない!
蛇の肉に剣を突き立てて落下スピードを調節しながら地面に着地し、もう一度地を蹴って飛び上がり、頭を十字に切り捨て、どうもいくつか切り分けるように剣を走らせる。
あふれ出る血を頭からも浴びながら次の蜘蛛の魔物へと駆け出していく。
先程の蛇を切り捨てたのを見て警戒してが吐き出した蜘蛛の糸を避けて距離を縮める。
糸を吐き出すよりも早く、そしてその6つの目がとらえるよりも早く移動すれば瞬く間に蜘蛛の足を切り落としていく。
切れ味のよさに蜘蛛も体勢が維持できなくなってから気付くと言う間抜けぶりだが、蜘蛛には糸がある。
逃げるように糸を吐き出せば
『フレアランス!』
逃げるよりも先に一本の炎の槍が蜘蛛の糸を焼いて地面に叩き落とす。
一度からまると解けないのが蜘蛛の糸の面倒な所だが、何故か炎に弱いと言う弱点にいざとなったら火傷覚悟で脱出できると言う脱出方法は昔何度かお世話になったが今はもうあんな痛い事はみずからはしない。
『踊れ、踊れ、炎の眷属
身を焦がし、踊り狂う心のままに!』
周囲に俺と並走して走る炎の塊りがいくつか浮かび上がった。
それは俺の視線に合わせて頭上に張り巡らされた蜘蛛の糸へと飛びかかって行く。
それは瞬く間に蜘蛛の糸に炎を移し、糸が絡まる木々へと移ることなく複雑に張り巡らされた糸だけを焼き切っていた。
「あんな糸だけを焼くなんて……」
クレイが初めて見るエンバーの戦い方にそんな器用な事もできるなんてと驚きに目を見開いているのをシアーは笑う。
「あの状態のエンバーなら正直私でも勝てるかどうか。
だけどね、力って言うのは強さだけじゃないんだ。
あの子は確かに強い。
だけど同時に同じだけの脆さを持っている。
守る物がない。
守る人が居ない。
帰る家がない。
帰る場所すらないのがエンバーだ。
一人で生きて行ける強さを持ってしまったあの子にそれはもう意味はないの。
ギルドはそんなエンバーを支える仮の巣だ。
狩りの巣でもあの子は守るために弱点を自ら作り、それを克服するために強くなるの。
この故郷を、母親が眠る地を取り戻せたらあの子はまた少し弱くなるけど、それ以上に強くなれる」
あの子はそう言う子なのと、何か眩しい物を見る瞳でシアーはエンバーの戦いを援護する。
仕留めた魔物がエンバーの足場を邪魔しない様に粉砕しながら異形となった魔物が操る小物を潰していく。
「と言うか、君達はどれだけ魔力を秘めているんだか……」
クロームが驚きを通り過ぎて呆れてしまうも
「これが私たち紅緋の翼のSSランクよ」
野暮な事をいちいち聞かないでーとシアーはまた一匹の小物を仕留める。
既に雌黄の剣は魔力も弓もすっからかんの状態で息を切らして膝をついていると言うのに、シアーはまだ結界を張ったままエンバーの援護をし、エンバーは狼のように黄金の魔力を身に纏い異形となった魔物を確実の仕留めていた。
だけどいつまでも無傷で戦える相手と数ではない。
知力は高くはないが考えて獲物を狩る魔物ゆえに卑怯な手段で痛手を被る場面もある。
そこは場数が違うのか、辛うじて難を逃れるも、決して圧倒的な強さで戦っているわけではない。
その証拠に時折シアーの結界に入って来たエンバーはシアーに傷の治療にやってくる。
肉が抉れたような怪我もあれば、骨が見えるような深い傷もある。
シアーがそれを瞬時に傷を直す合間に水筒の水を飲んで喉を潤し、また怯む事無く結界の外へと駆け出していく。
「叔父上……」
いつもはそんな風に呼ばないかつての呼び方に叔父上と呼ばれたクロームは弟の息子へと視線を向ける。
「俺も、あんなふうに戦う事は出来るのでしょうか」
戦いを始めた頃は英雄でも見るようにキラキラとした視線で魔物を仕留めて行くエンバーを見ていたものの、時間は既に夜を深く迎えていた。
一人走り回り、魔力を最大限の状態でキープしたまま戦い続けると言う過酷な任務に、既に英雄を見る憧れるような瞳で見ている事は出来ない。
結界を張り続けるシアーにも疲労の色が見られるようになり、エンバーの結界に戻る足もだんだんと数が多くなってきた。
そして結界の中にはあまり役に立てないギルドの仲間が休んだ事で回復した魔力を使い果たして横たわっている姿をくりかえしていて。
「あれが一つの『才能』としたら、お前があんな風に戦うのは無理だ」
きっぱりと言い切ったクロームはクレイの髪を、本来なら傷なんてつく事ない暮らしをしているはずだった手で優しくなでながら
「お前とエンバーが背負う物の重さが違い過ぎる。
英雄に憧れている間はお前はあいつに届く事はない。
あれはすでに覚悟を決めた者の目だ。
そこまでの決意も覚悟も持たないお前は努力でしか強くなることができず、それはエンバーを越えるどころか並ぶ事も出来ない程度。
何も同じぐらい強くなろうとしなくてもいい。
私はお前にそんな悲しみを背負わせたくないのだから。
でも力が欲しいと言うのなら彼の背中を追い続ける程度なら彼も邪魔にしないだろう」
エンバーのように強くなれなくても努力を続けなさいと言う言葉は残酷だけど、それが現実だ。
まだ本当の恐怖も絶望も知らない守られてばかりのクレイではこうやって同行するのがせいぜいなのだから。
「でも、だけど……」
何か言いたげに、でも言葉を詰まらせるクレイは顔をうつぶせにしてしまう姿に
「そうよー。
エンバーはそれだけの代償を払って来たの。
代償払っても手に入ると思わないでねー」
しっかりと話を聞いていたシアーがクレイに忠告をする。
「私が知り合った頃のエンバーは笑いもしなかったし、話もしなかったし、いつも壁際で膝を抱えてただ座ってたような子だから、こうなるまでの代償は貴方達が思っているほど安くないの」
貴方達が想像できる範囲じゃまったく足りないと言うシアーの言葉にクレイは唇をかみ
「俺はただ……
あいつ一人で何も頑張らなくてもって位に強くなりたいって言うか……」
思わぬ零れ落ちた本音にクロームは目を丸くして驚きシアーは場違いなまでの楽しそうな声を立てて笑いだす。
笑い声に魔物が集まるが、シアーの結界に触れて塵となる程度の雑魚では明るく弾む笑い声は止まらない。
「うん。
君もエンバーの力として是非とも仲良くなって欲しいね!」
これはいい友達が出来そうだと目尻にたまる涙を拭いては、遥か頭上の星空の下、地上の木々より高い所で魔法を駆使して空を駆けまわる黄金の狼の姿を見守るのだった。