黄金の覚悟
腐臭と腐敗の臭いが立ち込むそこがこの世界の匂いだった。
人の住む世界の気配はどこにもない。
鬱蒼と育った木々の枝は太陽の光を遮り、枝と枝を何かの糸の様な何かが結びつかせて大きな屋根のようにもなっていた。
漸く足を止めざるを得ない状況で見た物は、おびただしいほどの数の生まれたばかりの小さな魔物が兄弟たちを食い荒らそう景色だった。
思わず口に手を当て、その禍々しい光景に込み上げる何かを深呼吸して文字通り胃袋に納めてやり過ごす。
この山を駆け上がって、何とか生きながらえた男達でさえこの光景には先ほどまでの妙な高揚とした気分を叩き落とすほどの威力があった。
共食いをする子供達を見守る親と、塵尻となる子供を捕食する他の魔物。
戦いに戦い、そしてたらふく兄弟を腹に収めた魔物はどんどん巨大化し、やがて形態変化を起こし、歪な、禍々しい凶悪な姿へと変えていく。
こんな魔物見た事が無い。
少なくとも魔物の生態は動物とほぼ同じだ。
まるで、誰かにそうさせられているようなまでに歪められた生き方にこれが暴獣の乱の成れの果ての姿かと考えるよりも、これこそが本当の目的では?とさえ勘ぐってしまう。
木々の影からそんな歪な景色を見た瞬間に大半の足がすくんでいた。
これからあんなバケモノと戦うのか?
何処か涙目の男に無言で訴えられても力強くそうだと頷くしか返す言葉はない。
「シアー、いつからこんな状態だ?」
「気が付いたらこうなってたって言うしかないわ。
ガーネットには連絡済よ。
朽ち果てた家があいつらの産卵場にはちょうど良かったみたい」
どうする?
そんな視線のシアーに、彼女の手を軽く引っ張ってクロームとクレイの方へと押しやる。
「決まってるだろ」
最大限の火力の魔法を瞬時に展開すれば、すぐに俺に集まるように変動した魔力の流れに魔物ですら気付いて木々の影の俺達の存在を見付けだす。
「燃やし尽くす!」
宣言する。
『炎帝の焔、獄炎の輝きは総てを裁くの浄化の炎
舞え、踊れ、唸れ、喰らえ
わが歩む道を清め、蔓延る闇を屠り無に返すは焔の煉獄!』
エンバーの魔力が視力化できるまでに濃密に濃くなり、爆発的に膨れ上がった物が炎を纏い、うねり、塊り、踊り、まるで炎帝の使者が狼の姿を象ったかのような形状でエンバーの目の前で待機の状態に入っているようだった。
『走れ』
八方に別れ
『爆ぜろ』
言葉の通り八方に分かれた先で魔物を喰らい共に大爆発をした。
数が数だった為に小さな魔物達は大体爆発と熱波に巻き込まれて塵となっていたが、やはりあの歪な姿の魔物はそう簡単にはくたばってくれなようだった。
『集え』
爆発した熱波が急速に巻き戻すかのように俺の眼の前に集まり、さらなる魔力を喰って一回り大きくなった狼にも似た獣の姿を取る。
一度呪文によって解放した魔法を再度操り魔力を加えて練り直し、無駄に散る所だった魔法を再構成する俺の魔法にクレイもクロームも驚いた顔でぽかんとしている。
二人だけじゃない。
魔法をこんなふうに発動した後に周囲に残った魔力をかき集めて再利用するなんて考えもしないのだろうし、しないのが一般的だ。
というか
「ったく!
やっぱりエンバーは魔法を扱う事に関しては天才だね!
私だってそんな器用なこと出来ないわよ!」
叫びながら双剣に魔力を乗せて木の高い所に居る魔物に向かって投げつける。
高速の回転を加えた剣は、投げられた軌道上の木事切り裂き、いくつもの魔物を屠ったのちに剣を投げた手を傷つける事無く戻って来る技術も呆れるほど天才的だ。
「俺のは魔剣じゃないからなるべく剣は大切に使わないといけないからな」
この剣に魔石の加護があれば魔力を乗せて切れ味を上げたりも出来たのだろうが、特別な配合の頑丈な剣だが、魔石は使ってない為にそう言った魔力の上乗せと言う方法が出来ない以上剣は剣、魔法は魔法と使い分けるしかない俺の戦闘スタイルで作り上げた技術だ。
魔法で魔物の十分弱らせて、この体験の重さを使って叩き斬る!
グシャ!
血が飛び、脳髄も飛び散る。
異形となった魔物は皮膚も骨も以上に固く、普通の魔物ならこれでブチ切れるのだが無駄に頑丈の為に眼球が飛び出したり、そこから中身が溢れたりと……
「グ、グロすぎる……」
自分でやっておいて言うのもなんだが、結構視覚的なダメージが蓄積する。
「ちょっと、潰す場所少しは考えてよ……
お肉食べれなくなったらエンバーのせいだからね!」
「ここで食欲に結び付けれるとはさすがシアー」
帰ったらタルタルステーキをたらふく食べようかと思ったが、今のでやめようと思ったばかりだと言うのにとぶつくさ反論していればすぐそばで
「うわー!」
「くっ、来るなー!!!」
俺達の本気でも処理しきれなかった魔物が雌黄の剣のメンバーを襲っていく。
「わるい……」
助けれなくて。
守ってやれなくて。
生きて返せてやれなくて。
一緒に帰ってやれなくて。
いろいろな思いを乗せて口からついと出てしまう言葉だが、それでも俺のすぐ後ろで守られているクローム、クレイ、セイジと何人かは言ってくれる。
「全員生きて帰ろうとは思ってない!
一人でも多く帰る為にも我々は命がけで戦うのです!」
剣はへっぴりごしでそれなりに魔法の使えるセイジだが、それほど魔力はない為に魔術を使って魔物の足止めをしたり、初級の回復魔法を使って少しの怪我でもすぐに直してくれる。
体力の消耗は心の消耗にもつながり、戦うと言う気力も殺いでいく厄介な物だが、それを理解してか小さな痛みをすぐに消してモチベーションを保たせている。
もっとも、相手が相手だけに小さな怪我何て起きなく、一発一発が致命傷の怪我に繋がるので、本当になけなしのサポートだが応援してくれる声があると言うのは本当に心強い。
恐怖で足は今も震え続けて魔力も残り少なくなっているのに、出し惜しみをせずに吹き飛んでくる砂礫をクローム達から守るようにその体を張り、血を流していく。
自身の怪我を治すより、戦う事が出来る人を優先して自分を後回しにして……
その足で飛んできた木の枝を受け止め、深く突き刺されても主を守り鮮血を飛ばしていた。
あの時の光景を思い出す。
ろくに魔法も使えない母さんがその身を盾にする事で俺を助けてくれた事。
逃げるしか出来なかった魔法の使い方さえ知らない幼い俺の選択は本当にそれでよかったのか?
足を失い、まともに息さえできなかった騎士さえ最後に自身の半身とも言うべき剣を、剣の振るい方も知れない俺に譲り息途絶えた事を。
途端に命が何より脆くて尊い物だと悟った瞬間逃げ出すしか出来なかった無知で無力な存在だった事を!
だけど今、少しは戦い方を覚えて剣の振り方も少しは覚えた事を見ててくれ!
「全力で行く!シアー!」
後は頼んだと吠えるように叫べば爆発的に魔力を解放する。
髪が魔力に染まり、黄金へと変る。
瞳の色も同様に黄金に変化する。
一歩踏み出せば人間ではない桁外れの瞬発力に地面は抉れ、手にした剣を振るえばたちまちにあの硬い魔物を容易く紙のように切り裂いてしまう。
「な、なんだ、あの姿は……」
クロームの驚きの声にシアーは
「全員集合!
エンバーの本気の攻撃に巻き込まれるよ!!!」
早くと急かされて魔物に襲われながらも何とか既に呪文を唱えているシアーの周囲に生き残った雌黄が集えば
『清浄なる光の聖域、ホーリーサンクチュアリ!』
クロームでさえ驚く最上位の結界を一人で展開したのだ。
普通の常識で言えば5人ほどの魔導師クラスでやっと展開できる結界をたった一人で編み上げてしまうシアーに誰もが口を閉ざして邪魔をしない様に、そしてその結界が解けた瞬間、シアーを守るように円陣を組んで剣を構えている。
「今のうちに怪我の治療するよ!」
剣を構える前に出来る事をしろと叱咤されれば、深い怪我を負えど致命傷ではないセイジが足から木を引っこ抜いて止血をしていた。
「セイジ大丈夫か?!」
守られたクロームはその足から溢れる血を止めるように傷に手を当てるも意味をなさない治療に
『癒しの光、ヒーリングスター!』
星々の輝きが頭上から降り注ぎ、怪我をしている場所に集まるように吸い込まれ猛スピードで怪我が治って行く奇跡を言葉を失くして見ていた呪文を省略して解き放たれた回復呪文が瞬時に全員の怪我を癒していく。
「これは、最上級回復魔法では……」
「って、同時展開できるっていったい何者だよ……」
ぽつりと誰かが驚きの声を零す中
「さて、結界の中から仕留めれそうなやつを仕留めて行くよ!」
そう言って矢をつがえて
『風を纏いし、貫け、シュトルムカイザー!』
視認できるくらいの風属性の魔力を纏う矢を高い木々から俺達を狙っている蜘蛛のような魔物に向かって放てばそのまま貫き、魔物事吹っ飛んで遥か上空で爆発をしていた。
木々の向こう側の厚い雲は同時に晴れ渡り、美しい青空が見えるのを誰もが見上げる中、四散した魔物の欠片がボタボタと退役をまき散らしながら落下してきた。
「ほらボーっとしない!
ここからなら安全だから一体でも潰す!
潰せないならダメージを与える!」
シアーの叱咤に、眺めているだけじゃだめだと結界の中から魔法や矢を放つ。
雌黄の剣はどれもシアーほど戦果に貢献は出来てないが、足止めをするぐらいの協力しかできない未熟さにただただ歯を食いしばって一矢でも多く魔法と矢を放ち続けていた。