孤独
麓の谷間からコルドラ村まではそんなに遠くはない。
だけど、魔物と戦いながら山を駆け上るのだ。
ここまで体力は温存してきたが、ただでさえ山を登るのは体力を削る。
そこに魔物の襲撃も加わる。
山道を駆け上がる時点で三人の雌黄の剣のメンバーが餌食となった。
エンバーとシアーの攻撃の合間にかすめ取られた命。
木の陰に潜んだ魔物の発見に遅れてのミス。
守りきれない数の命を連れて来てしまった私達のミスだ。
背後や隣で運よく命を長らえた者がその形見を1つだけ貰い受け、足を止めずに友の骸を置きざりにして足も止める事も出来ずに走り続けるしかない恐ろしい相手に男達は悲鳴は声ではなく涙となってあふれ出していた。
強い
強すぎる魔物に麓の谷間で命の順位をしたシアーの言葉の重さをやっと理解して攻撃よりも身を守る姿に戦う力を持たない彼らには正解と心から褒め称えてあげたけど
弱い
想像以上に連れて来た男達は弱すぎる。
こんなにも無力だなんて、出会って一目見た時以上に戦う事を恐怖を知らない無知さ加減に。
壁に守られてきた命はこんなにも恐ろしい世界がある事を知らなくて、だけど彼らは己に誓ったばかりだ。
俺達は守るべく物の為にこの命を輝かせるのだと。
決意は簡単だけど、ほら……
恐怖は決意をすぐに上回り、恐怖に足が止まった瞬間また一人置き去りにするしかなくなった。
恐ろしい魔物
相手もただの魔物ではない。
獣暴の乱に生き残り、更に縄張り意識から始まった共食いから勝ち残った強者ばかりだ。
砂漠周辺で出会う魔物とは雲泥の差のある猛者がここに巣食っている恐怖にこの先はどんな世界かと想像は追いつかない。
蠱毒
毒虫を同じ器で飼育し、共食いさせて生き残ったモノの毒を採取して飲食物に混ぜるとその人はたいてい死ぬとされる呪法だと、シアーはとある城の魔導師以上が閲覧できる図書室でそのような文字を見た事を不意に思い出した。
このコルドラ村と言う器に住み着いた魔物達の中から生き残ったモノにこれから戦いを挑む。
今も他所から砂漠化から逃れた魔物がやってきて戦い続けている魔物はどれほど強くなっているのか想像もつかない。
共に閲覧していた魔女は
『こんな回りくどい事をしなくてもそこら辺に生えたきのこでも混ぜておけば済む話でしょう。
もともと人が食せるきのこなんて、この世に存在するきのこの一割にも満たないほどの少数。
と言うか、毒なんて解毒魔法を使えば解決してしまいますね!』
役に立ちませんね!と、身も蓋もない事を言った後やたらと古く見た事もない字が周囲にメモ書きが残された貴重な本を役に立ちそうもないからとただでさえ目立たない本を更に目立たない場所へと追いやったのを生暖かい目で見守っていた事さえ思い出してしまった。
あの魔女が居ればこの状況に狂喜乱舞として持ち得る魔法をぶっ放してどれが効果的かと嬉々として実験を始めるのであろうが、生憎私は彼女の様な圧倒的な力を持つ魔女にはなりきれなく道を切り開けるほどの能力もなく、後ろからついて来る足音に少しでも生存確率を上げる為だけに魔法を使って先陣を駆って露払いする程度にしかなれない。
後方からの頼もしい援護は私をただただまっすぐ目的地へと進む為に集中させてくれる。
出会った頃は部屋の隅で膝を抱えているだけの怯えた眼をした子供だったのに、わずか数年でよくぞこんなに頼もしく育ったものだと感心しながらも、目の前に迫ってきた全速力で走ってくる熊型の魔物、名前は知らない。が、弾丸となって突進してきた。
ガアアアアアアアアアアアッッッ!!!
魔物の口砲にすぐ後ろを走っていた足が怯えて少し遠くなったのに舌打ちをする。
魔物の叫び声ぐらいを怖がるな!
叱咤するのは簡単だが、それで自分が怯えた事を意識させない事の方が今は重要。
魔法で飛ばすのは簡単だが、援護がその選択をしなかったのだ。
ここで、確実に、殺さなくてはいけない。
巨大な見た目と声に怯え要因でない事を知らしめる為に確実に目の前で倒せる相手である事を教えなくてはいけない。
その要求を受けて腰に刺さる二本の剣を抜く。
細身の剣はこの地に辿り着く前からの私の相棒。
それほど筋力の無い私の為に選ばれた軽い剣は、普通の剣ほどの長さもなく、刺すぐらいしか殺傷能力はない。
ならば魔法で強化し、普通の剣のように叩き斬る事も可能とし、短いハンデを殺傷能力のある風を纏わせて補えばいい。
私には両手があるのだ。
その両の手に私の為に選ばれた剣を持たせて自由自在に使いこなせばいい。
戦闘能力の低かった頃、私にそう諭し戦い方を教えてくれた友人は
『王道な戦い方は別の人がやってくれるので何もあなたまでわざわざ覚える事はないでしょう?』
目から鱗の一言だった。
みんなと一緒でなくていいと言い切ってくれた為に磨き上げた技術。
これだけは誰にも負けないと、この森でひたすら磨き上げた技で後方からの要求に応える。
少しだけ身を沈めて、足に瞬間的に脚力を上げる魔法を使って最大のばねを作り、一気に魔物の目の前に迫る。
魔物の目が見開いたのを通り過ぎに見送る頃には強化した剣で首を切り落とし、前足の一本も切り落とす。
背後で崩れ落ちる音を聞けば、それを避けて私の後ろを追いかけてくる足音がちゃんと着いて来る。
「見た目に騙されるな!
私の細腕でも叩き切れる程度!
今の戦い方を真似して数を減らせ!」
村までのわずかな距離。
ここまで来る間にも戦い方を教えてきたが、更に戦い方を教え込んでいく。
実戦に勝る経験はない。
相手が上手であればあるほど効果は絶大だ。
あらかじめ4つの班に分けられたグループの隊長を呼び、次々襲ってくる魔物に戦い方を教え込んでいく。
エンバーの絶大な援護が生み出した僅かな余裕に襲い掛かる魔物と戦わせる。
一人でも多く残っていた方が有利なのは当然なので、先に一太刀入れてから確実に仕留めさせて行かせる。
20人ほどに教え込ませるために20人分の働きをしなくてはならない。
かつて同じように先陣を切った背中を見てた頃、誰よりも疲労していたその人になぜこんな無謀な戦い方をするのか、戦いと戦いの短い休息の折りに疲れ果てた体をいたわりながら涙ながらにこんな戦い方はしてはいけない、もっと私達を頼ってと訴えたうら若き日があった。
『先頭を走ってるとね、一生懸命後ろからついてくる足音が聞こえるの。
可愛いと思わない?
でかい図体のくせにまるでひな鳥が親鳥を追いかけるように懸命について来るの。
そうなると、もう誰ひとり取りこぼしちゃいけないって気持ちになるし、ちゃんと付いて来られるように進むべき道を切り開ないといけないのが親鳥の私の役割なの。
だけどみんな一人前の顔をして今の貴方のように私が支えるんだ、なんて弱いくせに生意気な事を言って勝手に行動されると邪魔なの。
私達は群れで戦う生き物なの。
その群れには指揮者が居て、それに従う下っ端がいる。
だけど指揮者より強いんだと前に出るとね、それに待ち受けるのは「死」のみ。
全員が付いて来れるように再配している私をただ信じれないい。
助けるなんてうぬぼれが死につながるの。
だから私は誰よりも強くあり続けるし、後ろからついてくる足音を取りこぼさない道にならなくてはいけないの。
私は部下を信頼してます。
なので、私が求める事は余計な事を考えず迷いなく私について来る事なのです。
それに指揮者が二人も居たらついて来る子たちが迷ってしまうでしょ?』
わからなくても休める時に休みなさいと話を終えた言葉に当時は理解できなかった。
先陣を切る重みを知ってしまった今、ただ信じて続いて着てくる足音が何よりも頼もしかった。
こんなにも心を奮い立たせる頼もしい足音何て他に知らない。
ただただ信じて着いてくる足音はこんな戦場の地で一人ではない事を知る言葉以上の応援なのだから。
息が上がる。
足は止めれない。
汗を含んだ髪が顔にまとわりつくも、気にしたらすぐに周囲の命が無くなる状況。
上り坂に着いて来るのもやっとの者も居る。
こんな極地なのに、後ろからただただ信じて着いて来る足音以上に励まされる物はない。
自身に迷いがあってもただひたすら信じて迷いなくついてくる足音があるなんて……
取りこぼせるわけないじゃない!
一度大技を放って体制を整える。
その合間に傷ついた者を癒し、走りながらも水を口に含んで回復を図り、すぐにまた集まり出した魔物を屠るその繰り返し。
無茶だ、無謀だと声が耳に届くが、返す言葉は
「人を心配する暇があったらちゃんと着いて来い!」
村に辿り着くまではもう一人も失う事はさせれない。
なぜなら……
コルドラ村に住み着く魔物こそ、コルドラ村と言う器で勝ち残った蠱毒なのだ。
蠱毒達が作りだした生態系。
蠱毒達が生み出す毒。
森の木々、そして長い時間をかけて作り上げた豊かな土壌すら毒に犯され、毒を孕み、そして毒を産み出す目の前に広がる異世界こそ我らの本当の戦いの場なのだ。
シアーさんの独白でした。
途中でてくる彼女は言わずもながら紅蓮の人です。
今も昔も変わらない紅蓮さんはやっぱりセリフが長いのが特徴です<そこ?