親愛なるディアーヌ・ド・ポワチエへ
親愛なるディアーヌ。
親愛なる。
貴女はわたくしを、『正しさ』に取りつかれた人間のように評価していたけれど、わたくしにも悪徳というものはあるのです。
わたくしがかつて、貴女に跪いて縋った時。
貴女はあれが、わたくしの本当の気持ちだと思っていて?
最愛の夫の心を奪った貴女を、アンリ様と同じように愛することができないことなど、当のわたくし自身がよく存じておりましたのよ。
それでも、貴女にそうとでも言わねばこの国を追い出されることが分かっていたから、わたくしは求められる最適の嘘をついたのです。
この手紙の、書き出しと同じように。
可哀相なディアーヌ。
貴女は、わたくしが貴女を憎んでいると言ったわね。
確かに、憎んでいても不思議のない関係だったでしょう。
わたくしが心から愛し、支えると誓った夫の心を、貴女はずっと持っていた。
わたくしがあの方の愛をどれほど欲しいと願ったことか……けれどディアーヌ、貴女が手紙に記したよりずっと前から、わたくしは貴女がアンリ様を愛していないことなどよく知っていました。
アンリ様から命を奪い取った、あのおぞましい事故の直前ですら、貴女はアンリ様を一人の崇拝者としてしか見なしていなかったわ。
愛着は、あったのでしょうね。
けれど、それは犬や馬に対する愛着と同じようなもの。
わたくしが、自分自身より大切だと思うような心からの愛情を、ついに貴女はアンリ様に対して抱かなかった。
どうして貴女を憎めて? 可哀相なディアーヌ。
本当の愛情を、ひたむきに誰かに注ぐことの幸せを知らない貴女を、わたくしがどうやって憎めて?
わたくしが初めてアンリ様と見つめ合った時、わたくしには分かったの。
この方こそが、わたくしの愛情を捧げる方なのだと。
この方を一生、お支えしていこうと。
あの方は、現世の肉欲に囚われておしまいになった。
貴女という肉欲に。
それでも、わたくしは貴女に、感謝のようなものを抱いているの。
あの方から、孤独という悲しい影を取り除いてくれたから。
あの方に、笑顔を取り戻してくれたから。
現世の肉体に包まれたわたくし達に、真の魂を見分けることはとても難しいもの。
あの方も、現世の肉体に覆われて、わたくしという魂の結びついた相手を見分けることができなかったの。
それは、とても悲しいことでもあったけれど……それでも、いつか神の御前でわたくし達は必ず出会うわ。
その時こそ、わたくし達は真の夫婦となることができるの。
ディアーヌ、貴女にそんな方はいらして?
神の御前で愛を誓うような、真実の愛情に満ちた相手が。
それに、ディアーヌ、貴女が屈辱に満ちた交わりと呼んだ、あの素晴らしい時間のことだけれど。
……わたくしは、何年もお子を授かろうと苦しんでいた。
貴女のように、肉欲に染まらなければお子を授かれないのだとさえ思っていたわ。
けれど、違ったの。
苦しく、痛みに満ちた時間を、わたくしがわたくしに赦したその時、お子を授かることができたの。
現世の醜い肉欲に染まることのない、愛する方との苦痛に満ちた交わりの中でフランソワを授かったのよ。
あれこそが聖婚だったのだと悟ってから、わたくしは次々にお子を授かることができた。
ねぇディアーヌ。
あれは、あの痛みと苦しみに満ちた時間は、聖者が磔刑に処せられるような恍惚をわたくしにもたらしてくれたのよ。
そうして我が子という奇跡を手に入れたの。
貴女は、わたくしからその奇跡達を次々に取り去っていったわね。
まだ目も開かぬ我が子が、わたくしの元から連れ去られていく。
胸を引き裂かれそうな痛みを、わたくしは神への祈りで耐え続けたの。
貴女からは、何度も信仰の試練を受け取ったわ。
そしてその度に、わたくしは神へと、アンリ様への愛を深めていった。
そうね、やはり、感謝なのだと思うわ。
貴女は真実の愛情を鍛える試練を、何度もわたくしに投げかけてくれた。
その度に、わたくしの愛情は強くなった。
あの方を喪った今でさえ生き続けられる強さをくれたのは、貴女だったのよ、ディアーヌ。
あれから、五年。
アンリ様を喪った恐ろしい事故で、わたくしの心は死んでしまった。
そうね、どう表現すればいいのか……わたくしが以前まで美味しいと感じていた食事が、『適切』だと感じるようになったの。
晩餐に供されるには、『適切』な味だと。
怒り、笑い、泣く。――適切な時に。
けれど、わたくしの中で動く感情は、もうないの。
わたくしが、自分の死んだ感情を確認する時に思うことが、貴女に分かるかしら?
自分を、誇らしく思うのよ。
アンリ様をこれほど愛していることに、誇りを感じるの。
きっと、貴女には分からない思いでしょうね。
この国の人々は、貴女が言ったようにわたくしを商家の娘と侮ったわね。
けれど神の御前で、身分がどれほどの意味があることかしら。
神の御前では、ただ魂の美しさだけが意味を持つわ。
そこで、真に尊いことが何を指すか、アンリ様にも貴女にも分かるはず。
神の御許で、アンリ様に再会する日を、どれほど待ち焦がれていることでしょう。
けれどわたくしはまだ、未熟なシャルルを支えなければならない。
希望に満ちた来るその日に、アンリ様に褒めていただけるように。
そのことだけが、わたくしを動かすのです。
さようなら、ディアーヌ。
貴女とは、決して分かり合えない関係だったわね。
けれど不思議に、嫌いにはなれなかったわ。
貴女が、とても可哀相な人だったからかもしれないし……あるいは――。
☆ ☆ ☆
カトリーヌは、ディアーヌの訃報を聞いたその夜、ついに自分の手元から離れなかったディアーヌ宛ての手紙を一枚ずつ暖炉にくべた。
現世の愛情に包まれて、太陽のように輝くディアーヌが死んだ季節は、凍るような吹雪に支配されていた。
厚い石の壁に遮られてもなお、轟く風の音に耳を傾けながら、カトリーヌは丁寧に一葉ずつ手に取っていた。
自分の手紙を燃やし尽くした後、次にディアーヌから初めてもらった、最後の手紙を手に取ってゆっくりと一度だけ目を通した。
ほんの一瞬だけ息を乱してから、最初の一枚を手に取った。
羊皮紙の右上をそっと摘まんで、柔らかく踊る暖炉の火にかざした。
ゆらゆら動く火が、赤い舌先をゆっくりと手紙に這わして少しずつ飲み込んでいった。
半分ほど火に覆われてから、カトリーヌは指の力をそっと抜いた。
火に包まれた羊皮紙が、一瞬だけ暖炉に浮き上がるように泳いでから燃え盛る中へ落ちていった。
もう一枚、そして、もう一枚。
それでもう、ディアーヌがカトリーヌに語りかけた言葉は火に消えていった。
儚い、現世の栄光のように。
親愛なるカトリーヌ・ド・メディシスへ
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の、王妃側からの視点です。