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雪降る月夜にドブネズミ  作者: 鮫に恋した海の豚
第2章
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猫に追い詰められた排水溝の行き止まり


 朝から軽薄な雪が降っていた。そいつらはフクヨカな雌ネズミの抱き心地を感じさせる様な、または子ネズミを連れ歩く母ネズミの眼差しの様な、しっとりとした風に浮き足立っている。俺が寒さに弱いから、そう見えるのかもしれない。


「今日は雪ね、ピーター。私は雪が好きなの。綺麗だと思わない?」

 少女の部屋の窓際で、いつものように並んで朝食を取っている。


「チューチュー(暖炉ぐらいあれば、好きになれるだろうさ)」

 朝からそんな会話をしていた。少女は妙に浮かれて、妙に寂しそうだった。俺は婆さんが一口も食べなかったと少女が嘆いた、キノコ炒めを貪り喰いながら会話をする。


 はぁ、と少女が溜息を吐いた。家の中だというのに、白い靄は執拗に消えない。


「ねぇ聞いてピーター、今日でお勉強会は卒業しなくちゃいけないの」


「チューチュー(じゃあ今日こそはグリーンハンデ先生とやらに思いを伝えるんだな。勉強会が終われば会える理由は無くなる。内気な君がただ理由もなく丸眼鏡の男に会いにいけるとは思わない。諦めるなら止めはしないがね)」


「そうねピーター、卒業してからが本番だわ。グリーンハンデ先生も言ってたもの」


「モガモガチュー(そうさ、働くべきだ。もう十四になったんだからな)」


「ホッペタパンパン」


 少女は俺の顔を見て笑みを浮かべた。別に俺の食い意地が張ってる訳じゃなく、キノコ炒めが潰れた蛇の頭ほどに美味い訳じゃない。この阿呆ほどに膨らんだ俺の頬を少女が笑うのは、毎朝の恒例行事みたいなモノだ。少女が笑わなくなるまでは続けようと思っている。


「そろそろ家を出なくちゃいけないわ。あぁ、なぜかしら、あまり行きたくないの、ピーター」


「チューチュー(行きたくなきゃ、行かなければ良い)」


「分かってるわ、ピーター。本当に行きたくない訳じゃ無いの。怒らないで」


「チューチュー(好きにすれば良いさ)」


 噛み合っているのかいないのか分からない微妙な会話は終わり、少女は着替えを始めた。俺は元ドブネズミでも紳士な訳だから、浮き足立つ軽薄な奴らの方に顔を向ける。少女の着替えを待ちながら、頬に詰め込んだキノコをゆっくりと食べ干した。


「今日は雪なんだから、家の中で待っているのよ、ピーター」

 声を掛けられ、俺は振り返った。寒々しい寝間着から、寒々しい外出着に着替えている。未だツルペッタンコな胸が、寒々しい外出着をさらに寒々しく見せていた。


「チューチュー(この凍えそうな小屋の中で婆さんと待ってろっていうのか? 猫に追いつめられた排水溝の行き止まりの方がまだマシだ)」


「あら、やけに素直ね。それじゃあ行ってくるわ」

 噛み合っていない会話を置き去りにして、少女は部屋を出ていった。俺はその背中を見送って、取っ手の壊れたボロ洋服ダンスの裏に空いた壁の穴から、気合いを入れて外に出る。


 フクヨカな雌ネズミに愛想を尽かされた軽薄な雪達が、その鬱憤を晴らすかのように地面を凍えさせている。やはり寒いってのは嫌いだ。四本の足も同様に待ち針を刺してくる地面を嫌がっている。それでも少女の護衛をやめる訳にはいかない。騎士な訳だから。



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