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君の顔が好きだ  作者: 蒼井初
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君の顔が好きだ


「あー生き返る」

「それにしても暑いのによくそんなもん着れるな」

「浴衣? 意外と暑くないよ」

「ふーん」

「そう言えばさ、」

「なに?」


「俺お前の顔好きだわ」


――顔?

顔が好きだ、なんて、初めて言われた。


「なにいきなり。しかも顔って」

「いや、言ったことなかったなと思って」

「なんなの?ネコ目フェチ?私、自分の目嫌いなんだけど」

「確かにその目も好きだな。なんてゆーか唆られる」

「え、何それ怖い。ここで欲情しないでよ」

「いきなり扱いひでーな」


この少し釣り上った目は、私のコンプレックスでもある。

その目を見て、唆られる、なんて。

自分の目をピックアップして見られていたのかと思うと、恥ずかしくなる。

いや、でも、なんか少し嬉しい、のかもしれない。


「どこがいいの?至って平凡な、むしろ一般的には可愛くない部類だし、化粧も汗で流れちゃってるし」

「毎日学校で見てんだから化粧なんか関係ねえよ」

「そういえばそっか」

「なんだろな、自分でもわかんねえけど」


ナオキにわからなかったら誰にわかるというのか。

顔。至って普通の、毎日鏡で見ているこの顔。



「…… わかりにくい、上に伝わらない」

「何がだよ?」

「顔が好きとかある?」


確かに「あの人の顔かっこいい」とか「あの顔好きだ」っていうのは聞いたことあるけれど。

でも目の前で「お前の顔が好きだ」なんて、普通言わない。


「いや、むしろお前の性格や考え方が好きだなんて言うほうが嘘臭くね?」

「いや、一般的にはそういう部分に惹かれるんだと思う」

「そういうもんか?」

「そうでしょ」


顔が好きだ、なんて言ったって、自分の顔に自信がある人しか喜べないだろう。

実際、私も顔にコンプレックスがあるので、手放しに喜べないし複雑だ。

それよりはまだ「性格がいい子だね」って言われた方がしっくりくるし、相手のことも誠実な人に思える。


「俺はお前の顔とか声が好きなんだよ」

「なんか何度も言われると照れるんですけど」

「事実だしな」

「あのさそれ、好きな子に言ったらたぶん怒られるよ?私は別に友達だし怒んないけどさ」

「なんでだよ?」

「顔だけ?って普通の女の子は思うと思う。自分の全部を好きになってほしいから」

「いや、それは無理だろ」


全部を好きになってもらいたいというのは無理なんだろうか。

中身までしっかり見て欲しい、考えてることをわかってほしい、そう思うのはエゴなのか。


「なんで?」

「全部わかったら興味なくなるし、わからんからもっと一緒にいて知りたいと思うんだろ」

「そう言われたらそうだけどさ」

「相手のこと全部わかってから好きになってるやつなんていねーと思うけどな」


付き合う前から全部知ってほしいとは思わないし、それはさすがに飛躍しすぎだ。


「大概みんな、どっかしら自分の興味引く部分を見つけて、そいつのことを知りたくなって付き合うんだろう」



確かに、結婚してもう何十年も経ってる両親でさえ、喧嘩したり話し合ったりしてお互いの気持ちを知る。

私だってお母さんの性格がどんなのかって聞かれても、いろんな面を知っているからこそ、よくわからないかもしれない。

それにお母さんが思ってる性格と私が思ってる性格が一緒とは限らない。


そう考えると、付き合ってすぐに分かり合えるわけがないのかもしれない。

経験や年月を掛けて、想像するとか予想することができるようになるだけだ。

相手のことを全部わかるなんて、傲慢だ。



「あ、私、それで失敗したのかもしれない」

「なんだよ?」

「あいつの優しい所とか、誠実な所が好きで付き合って、でも、それ以上好きな所を見つけられなかった」

「うん」

「でも考えてることとか、本当のことは他人にはわかんないもんね。現に私が思ってるような人じゃなかったわけだし」

「そうだな」

「裏切られてもそれでも信用できるほど、好きな所がなにもなかった。例え裏切られても傷付けられても、信じていようと思えるくらい好きな所がなかった」

「それが悪いわけじゃないだろ。俺はお前はちゃんとあいつのことが好きだったと思うけど」



それなりに長い時間を共に過ごしたあいつ。

嫌いだったわけじゃない。

むしろとても好きだった。


でも、あの別れ話をされたとき、この人のことは全部わかった。こういう人なんだ、と思って、興味なくなったし、彼のことを知りたいとも思わなくなった。


振ったのはどっちか、どっちが先に見限ったのか。

それでも分かっていることは、お互い傲慢であったということ。


でも、それまでは、確実に好きだったんだ。

ナオキはそれをちゃんとわかって認めてくれていた。


やっぱ、優しいじゃん。



「…… もしかして私、今、告白されてる? ナオキに?」

「ああ、これは立派な告白だな」

「やっぱりわかりにくい」


――こんな告白ありだろうか?


「俺にしてみればこれだけ信用できる告白もないと思うけど」

「まあ、君の優しいところが好きだよ、なんて言われるよりも説得力はあるかもしれない」


私は優しくない。

誰が何と言おうと、自分ではそうは思えない。

というか、自分じゃわからない。


「だろ?」

「私もナオキの綺麗な鎖骨が好きだよ」

「そうか」

「だからもっと、いろんなところ知りたいと思う。もしかしたら、鎖骨以外にも私が好きになるところがナオキには隠されてるのかもしれない」


これは私もナオキのこと気になってるってことになるのかな。

いや、気になってる。

じゃないとこんなに、わかりたい、と思って話さない。



「知りたいと思うなら、知ればいい」

「うん、もっといろんな所見せて」


これが私の答えだと理解したのか、それまでだるそうだったナオキが笑った。


まだ花火は遠くで鳴ってる。



「俺はお前の顔以外にも好きなとこあるけど、それは言わねー」

「なんで?」

「俺だけが知ってたらいいだろ」

「ふーん。じゃあ私がもしナオキの他の所が好きになれなかったらどうする?」

「それならそれでいい」

「なんで?」

「それを知るために付き合うんだろ」

「そっか」

「俺はそれでいいと思うけど」

「うん、それでいい」



それでいい。

金魚鉢にもう一匹、金魚を入れてあげよう。

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