表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

『昔話・童話』シリーズ

伝えること、伝わること-狼少年の恋模様-

作者: ぽてとこ
掲載日:2016/09/08

伝えたいことがあった。

伝えなければならないことがあった。

それなのに、伝えられなかった。


もし。

私の考えがあっていれば。


彼を信じて。彼の言葉を信じて。

もう一度、伝えることができるかもしれない。




佐藤公子さとうきみこが小学4年生の時に、大神真一おおがみしんいちは転校してきた。


父親の転勤で越してきたという彼は、どこか冷めた顔をしていた。

転校初日だというのに、緊張したそぶりも見せず、淡々と自己紹介をし、指定された席に着く。

クラスメイト達は、そんな彼を休み時間に囲んで質問攻めにした。

公子の学校では、転校生が多くはなかったからだ。皆、珍しかったのだろう。

その輪に入らなかった公子にも、会話の内容が聞こえてきた。


「大神君、どこから来たの?」

「へー、東京?東京って、芸能人いっぱいいるって本当?」

「会ったことあるの!?すごいなー」

「転校、これが初めて?」

「すごい、もう10回以上もしてるんだ!」

「今までどんなところ行ったの?」


真一はあっという間に人気者になった。

しかしその後、あっという間に孤立した。


彼は、嘘つきだったのだ。




「おい大神、お前、この間言ってたこと、嘘だったんだな」


クラスの中で一番体が大きく力が強い男子が、真一をにらみながら言った。


「何のこと?」

「とぼけるなよ。昨日俺たちが話してた時に、お前が横から言ったことだよ」

「ああ、あれ?信じたの?」


馬鹿にしたような物言いにかっとなり、真一は胸ぐらをつかまれる。


「ふざけんなよお前」

「ふざけてないよ。楽しそうに話してたから、もっと盛り上がるように話してあげただけ」


その時、ちょうど担任が入ってきたため、それ以上大事にならずに済んだ。

しかしその後も、似たようなことが続いた。


真一はあちこちで、嘘をつき続けたのだ。

次第に、公子のクラスでは当たり前のように言われるようになった。


『大神真一は大嘘つきだ』と。




公子は夕方、児童館の図書室から帰る途中に、河原に座っている人影を見つけた。


真一だった。


公子はそれまで、一度も真一と話したことがない。

人と話すより、本を読むことが好きな公子は、教室にいてもいつも本を読んでいた。


本の世界は楽しい。

どうしてこんなに楽しい世界を描けるのかと不思議で仕方がない。


そして、公子は本に感じていることを、真一にもまた、感じていた。


「大神君」


気付いたら、公子は自分から後ろ姿に声をかけていた。

ゆっくりと振り向いた顔はやはり、大神真一のものだった。


「・・・誰?」

「同じクラスの、佐藤公子です」

「そう」

「大神君、何してたの?」

「宇宙人と交信」

「え、え、すごい!お話しできるの?それで、宇宙人は何て!?」


公子の返答が意外だったのか、真一は少し目を見開いたように、公子を見た。


「大神君?」

「あんた、知ってるだろ。オレが何て呼ばれてるか」

「知ってるよ。それで?」

「それでって・・・」


聞き返され、真一の方が口ごもってしまう。


「私にとっては関係ないよ。大神君が本当のことを話してるのか、想像したことを話してるのか」


その言葉の真意を探るように、真一は公子の目を見た。公子は、まっすぐに見つめ返しながら、続けた。


「本当のことだったら、いつか見てみたいなぁって思うし、想像したことだったら、そんなこと思いつくなんてすごいなぁって思うし。それだけのことだよ」


そう言った公子の顔から目を逸らし、真一は小声で言った。


「変な女」

「うん、よく言われる」


公子が笑いながら同意する。


「だから、大神君のお話、いっぱい聞いてみたいの。話して?」


こうして、2人はよく話すようになった。




「オオカミ君、今日もいい天気だね。今日の主役は誰かな?」

「ハム子か。そうだな、今日は『ツチノコ』だ」


公子は、真一を『オオカミ君』と呼ぶようになった。

ある日、『大神』が『オオカミ』に似ているねと公子が言った。真一は「狼少年って言いたいの?」と公子を責めるように言ってきたが、「狼少年って何?」と公子が問い返すと、「知らないならいい」と言われた。

その日から、『オオカミ君』と呼んでいる。


お返しなのか、真一は、公子を『ハム子』と呼ぶ。

『公』の字が『ハム』と読めるからだろう。ハムスターの名前にありそうだが、実際、公子は小柄だったから、ちょうどよかったのかもしれない。


2人は決まって、放課後、河原で話をした。


何故か2人とも、学校では話をしなかった。

特に決めていたわけではないが、暗黙のルールになっていたのだ。

その分、放課後は伸び伸びと、2人だけで日が暮れるまで話をするのだった。


「ツチノコって、あのいるかいないか分からないやつでしょ?ヘビが太ったみたいな」

「そう。でも、実はニュースになっていないだけで、目撃例は後を絶たないんだ。たくさん目撃されてるところの近くに引っ越したことがあってね。オレもツチノコを捕まえに行ったんだ。藪の中に入って、じっと待っていたら、目の前の草からがさがさって言う音がして、ツチノコが出てきた」

「どんなのだった?」

「思っていたよりは太かったかな。茶色っぽくて、トラみたいな濃い茶色の模様があった。頭は三角っぽくて、舌をチロチロ出してたよ。持ってきた虫取り網で捕まえようとしたら、ツチノコのやつ、体をくねらせてジャンプしたんだ。慌てて網を振り下ろしたら、しっぽだけ切れて、そのまま逃げた」

「トカゲみたいだね」

「そう。それでそのしっぽを持って帰って、『ツチノコのしっぽだよ』って父さんに見せたんだ。そしたら、『何言ってるんだ。汚いから捨てなさい』って、庭に投げちゃったんだ。一生懸命探したけど、もう見つからなかった。あーあ、あれがあれば、今頃は大金持ちになっていたのにな」


そう言いながらも、真一はそれほど残念そうではなかった。

公子はツチノコが跳ねるところを想像しようとしたが、どうやってそんなに跳ねるのかが分からなかった。


他にも、「紫タマネギは、玉ねぎとナスから生まれた子どもなんだ」とか、「ウサギは昔、耳を羽のように広げて空を飛ぶことができた」とか、「雲は基本ミルク味で、夕焼雲はミカン味だけど、黒い雲は苦くて食べられたものじゃない」とか。


公子は、話をする真一の目が好きだった。

話し方は淡々としているのに、目だけはどこかキラキラと輝いていた。

そして真一の目の中には、そのキラキラに囲まれて自分の姿も見ることができる。

まるで、真一が紡ぐ世界に、自分も入っていくような錯覚を覚えた。


真一がふと、話をやめた。


「どうしたの?」

「ハム子、楽しい?」

「うん。オオカミ君のお話聞くの、私好き」


そう言った公子から視線を外し、真一はつぶやく。


「オレも楽しい」


それを聞いて、公子はもっともっと話を聞きたいと思うのだった。




2人が話すようになって、2週間ほど経ったある日、公子は学校で噂を聞いた。


真一がまた、転校してしまうというのだ。


公子は驚き、慌てた。

毎日のように会っているのに、そんな話は聞いたことがなかったからだ。

廊下を歩く彼を見つけ、暗黙のルールを破って話しかけた。


「オオカミ君、引っ越すって本当?」


真一は一瞬、顔をゆがめた気がしたが、すぐに下を向いてしまったので、表情が読み取れなかった。


「・・・ああ」

「いつ?今度はどこに?会いに行ける距離かな?」

「あー!佐藤が嘘つきと話してるぞ!」


畳みかけるように聞いた公子の問いを、クラスの男子がかき消す。


「本当だ」

「嘘つきと話すと嘘つきがうつるぞ」

「あいつら、学校終わってから会ってるんだろ」

「え?そうなの?」

「見たやつがいるもん」

「へー。なあなあお前ら、付き合ってるの?」

「嘘つきカップル誕生!?」


次から次へと押し寄せる心無い言葉に、公子は耳をふさぎたくなった。


どん!


急に大きな音がして、そちらの方を見ると、真一が壁に拳をつけていた。どうやら殴ったらしい。


どんなに嘘つき呼ばわりされても、今まで一切反撃してこなかった真一の行為に、近くにいたクラスメイト達はしんと静まり返る。

その静けさを破ったのは、真一だった。


「佐藤さん」

「は、はい」


急に名字で呼ばれ、公子は授業中に先生に呼ばれた時のように緊張して返事をする。


「ずっと言えなかったんだけど」


真一は、まっすぐ公子を見て、言った。


「佐藤さんのこと、大嫌いだった。だから、二度とここには戻らない」


そのまま、彼は学校を去り、戻ってこなかった。

1週間後、担任が、真一が引っ越したことをクラスに伝えた。




真一が引っ越してから、公子は図書館で『狼少年』の本を借りて読んだ。


先に読んでいれば、真一を『オオカミ君』なんて呼ばなかったのに。

嘘をつきすぎたために、本当のことを言っても誰からも信じてもらえなくなった少年。

でも、違う。

真一は狼少年ではない。

だって、私は分かってる。


そう伝えたかったのに、彼はもう、公子の手の届かないところに行ってしまったのだ。




それから6年後。

公子は自宅近くの公立高校に通っていた。

相変わらず本が好きだが、本好きの友達と出会い、以前ほど1人でいることは少なくなった。

それでも、教室に着くと、本を広げて読み始めるのは公子の習慣だった。


「おはよう、公子。ねえ、知ってる?隣のクラスに、転校生が来るんだって」

「へえ。そうなの」


友人の仕入れてきた情報に、曖昧に相槌を打つ。


「なんかね、昔この辺に住んでた人らしいよ。短い期間だったけど」

「そう。詳しいね」

「さっき職員室で、先生と話してるの聞いちゃったんだー。えっとね、名前が・・・オオガミって言ったかな?」


その名前を聞いた時、公子の体を電流が通ったような感覚が走った。


きっとオオカミ君だ。オオカミ君なら・・・言わなくちゃ。今度こそ。


公子は決意を胸に、機会をうかがった。




放課後、校門の陰に立ち、彼が来るのを待った。


分かるだろうか。6年も経っているのに。

休み時間に、隣のクラスに行こうとしたが、移動教室やら何やらで叶わず。

そもそも転校初日に呼び出すなんて、目立ち過ぎてしまうのではないかと考え、結局待ち伏せすることにした。

これはこれでとても目立つのだが、幸い、多くの生徒が部活動をしている時間のため、この時間に帰る生徒は少ない。

公子が所属している文芸部は今日は休みだ。




校門を通る生徒の顔を、隠れながらうかがっていると、彼が来た。


面影がある。間違いない。間違えるなんて、しない。

オオカミ君だ。


「お、オオカミ君!」


初めて話しかけたときも、公子からだった。

6年前の記憶が、公子の中で鮮やかによみがえる。

あの時と同じように、彼はゆっくり振り返る。


「あの、私、佐藤公子です。覚えてますか・・・?」


緊張のあまり、語尾が震えた。

彼は、公子の顔を見て言った。


「あんた、誰?」


その言葉は、公子の中でじわじわと広がっていく。彼の目の中に映る、自分が見える。夢中で話を聞いた、あの時のように。


話は終わったとばかりに、彼はくるりと前を向き、歩き出した。

公子はその手を握った。そして、半分笑い、半分泣きながら言った。


「よかった!オオカミ君、覚えていてくれたんだ!」

「なっ!何すんだよ!あんた誰って言ってんだろ?」


彼は振り払おうとするが、公子も簡単に離しはしない。決めたのだ。伝えたいことを伝えきるまでは離さないと。


「やだな、分かってるくせに。ハム子だよ、オオカミ君。久しぶりだね」


にこにこと言う公子の顔を見て、ようやく彼が手を振り払うのをやめた。

それでも、公子の顔をじっと見ている。

公子も逸らさず見る。ここで逸らしてしまったら、もう二度と話せないような気がした。


どれくらいそうしていただろうか。

先に根負けしたのは、彼だった。

観念したように、ため息を1つつく。


「・・・なんで」

「本心じゃないと分かったか?」


言葉の続きを奪われ、真一は不本意そうに眉根を寄せる。


「オオカミ君、気付いてないでしょ。オオカミ君はね、本当じゃないことを話す時ほど、相手の目を見るんだよ」


公子の指摘を受けても、真一は無表情だ。

だが、公子には分かる。真一はかなり動揺している。


「オオカミ君のお話、好きだって言ったよね。お話してるオオカミ君は、もっと好き。だから、またいっぱい聞かせてね」


逃がさないとばかりに手をもう一度、両手でぎゅっと握り、力強く言った。

そんな公子の顔から視線を外し、ぽつりと言った言葉。


「・・・変な女」

「うん、よく言われる」


公子が笑う。いつかと同じように。

それを見て、真一も口元だけ笑った。

それは、出会ってから初めて見せる、嘘偽りのない笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  葵枝燕と申します。  『伝えること、伝わること-狼少年の恋模様-』、拝読しました。  再会したオオカミ君の第一声が「あんた、誰?」というのには、心にグサリと突き刺さるような痛みを覚えました…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ