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絶望の――

 助けてくれた者を失い、信頼できる者は何者かに乗っ取られた。

 何もかも理解できないまま、天九の先に手を差し伸ばしたバンシー達。何をするか、決意した天九は歩き出す。

 その未来に何があるのかだれも知らないままに。


第四話 絶望の――


徹頭徹尾、頭からつま先まで完全完璧に同じ妖精がいる。唯一、違いが分かるとすれば喋り方だけだろう。

一つの美の終着点に辿り着いたかのような女性。長髪が見せるは金色の流れ。そこに淀み、汚れ、穢れの存在を一切許さない風格を漂わせる。瞳は血よりも紅蓮に輝く、深紅に染まっていた。頬には幾重にも涙を流した跡がある。風に靡かれるのは髪ではなく、服装の方であった。それは青く清らかなワンピースであり、装飾は見受けられない。

そんな彼女たちは英雄の死を嘆き、咽び、泣きながら伝えるバンシーであった。

死んでしまった救済者。ラオグラフィアが他ならない天九のために残した、双子のバンシーである。彼女たちには名前がない。

「非常に危険な賭けですが、街を探して情報収集するべきではないでしょうか? メイブルはどういう考え?」

「虎穴に入らざれば虎子を得ず。されど、君主は危うきに近寄らず。矛盾凱旋、橋を見ても鉄か木か知らず。アイリスは?」

だが、それはさっきまでの話である。二人は天九と宣名の儀式を行い仲間になった。考えを申してくれる彼女がアイリス。意味解釈さえ出来れば何を言っているか分かる彼女はメイブル。二人とも花から名前を取った。

彼女達に頼んだのは、簡単な事だ。それは『対等な関係で居たい』である。最初はアイリスが渋っていたが、メイブルは強く賛成の意志を見せた。あまりの事にアイリスは何度も抵抗をみせるが、ついには折れてくれた。

それは別にいいのだが、何故か聞いているのに聞かれるという事になっている。アイリスは特に気にすることなく、天九に向かい――

「メイブルの意見こそ矛盾凱旋なので、省略させてもらいます。それで、どうなさいますか?」

どうやら一緒に居る彼女ですら何を言っているのか分からないらしい。或いは、翻訳することが面倒になって来たのか。後者が一番ありえそうだ。

「そうだね、アイリスの言う通りだ。情報が無いと僕たちは何をすればいいのか分からない」

そう。天九は、いや、天九だけでは無くアイリスやメイブル共、この世界の情報を全くと言ってもいい程知らない。深い情報が欲しいなんて言わないが、このあたりの情報と有名な近状報告を知っておきたい。

「だけども、フンババが言うには人間と怪物の仲は最悪らしい。下手をしたら何されるか分からないよ」

「フンババ? どのようにして世界最古の神話の怪物の名が? ……失礼、今は関係ありませんね。だとしても、ご安心ください」

「人生は朝露の如し。なら酔生夢死より波瀾万丈、大丈夫」

どうしてかメイブルは指を『グッジョブ』という風に、親指を突き出していた。

「ごめん。メイブル、今は黙っていてくれる? 後で聞いてあげるから」

伝えたい事が伝わらなかったのか、メイブルの顔に影が差しこんでしまう。だが正直、黙ってくれて助かった。

天九は視線を隣に動かした。そこには少しイラついているアイリスが居た。実際に口先が痙攣しているのだから。

「は、話を戻させていただきます」

「ああ、外面如菩薩内心如夜叉なり」

「………………(ビキッ)」

何を言っているのか全く分からなかったが、これだけは分かった。

――メイブルはアイリスを完全挑発している。

だが、アイリスも頑張って堪えては、天九の方に笑顔で向き合う。

「話が終わり次第、相談したい事が(ビキッ)ありますがよろしいですね?(ビキビキ)」

「あ、はい」

笑顔の裏に存在する般若を感じる天九は、冷汗を流しながら頷く事しか許されなかった。

「はぁ、簡単な話です。何も人だけに聴けばいいという話ではありません」

「と言うと?」

僕の反応に気分が良くなったのか、ふふんと鳴らす音が聞こえる。

(まぁ、僕程度で元気になるなら別にいいけど……)

「不幸中の幸い、他にも会話ができる怪物が居るらしいです。なら、会話して情報を手に入れればいいのです」

アイリスは余程、ご満悦なのか鼻が高くなっている。だが、その話にはある欠点があった。

「井の中の蛙大海を知らず」

「へ? 今、何と?」

「いや、今回はメイブルの意見が正しいと僕は思う」

少し違うけど、そうなのだ。というより、やっと意味が分かる言葉が出てきた。つまり、一つの視線だけで見つめれば、偏見にとらわれやすくなる。それではかえって何が正しいのか分からなくなる。

「なら、僕が町の方に行こう」

「なっ! だ、ダメです!」

「腹が膨れた後は気に障りやすいのが、人の生業」

「大丈夫だ。僕ならまだ覚醒できていないから気づかれにくいだろう。それに、怪物に遭うと警戒しまくって逆に話にならない可能性が高い」

「ですがっ! 仮にそうだとしましても、貴方様が捕らわれて酷い目に遭ってしまうと、主様に見せる顔もありません!」

アイリスの言いたい事が分かる。だが、逆になると更に凄惨な事態になってもおかしくない。ばれて、後が無いのはどっちも同じことだ。なら、隠匿性が高く言い訳も出来る可能性がある僕が行くべきなのではないだろうか?

「確かに言いたい事が分かる」

「いいえ! 分かっておりません」

「アイリス……アイリス……」

「そうかもしれない。だけども、ばれるとどうする? 言い訳すら何もかも問答無用だろ」

「それは……くっ」

「……アイリス……アイリス……」

「さっきから何ですか! メイブル。貴方も言いなさい!」

だが、メイブルは反応することなく、アイリスの肩を掴んでは何度も揺らしている。それに焦れたのかアイリスは勢いよくメイブルを睨んだ。メイブルは笑ったまま、後ろ指を指していた。その指に釣られて天九とアイリスは視線を動かす。

「ここ、天九が正しい。だから、援軍増加」

メイブルが指した先には、一人の女性が立っていた。

その先には着ている制服がボロボロになっている少女がいた。まるで、何かにおびえるように体半分を隠している。

髪の毛は肩に当たるか当たらないかの、ギリギリな距離を保ちつつ斜めに切られている。その色はハーフだからなのか、金色の中に黒が微かに混ざっている。鼻もそんなに高くなく、唇は綺麗に整っている。眉は珍しく今の日本人と思えず、昔の人と錯覚してしまいそうな形をしている。眉間に近づけば近づくほど細く薄くなり、外側に行けば行くほど太く丸い形を保っている。正に大和撫子とも思える風格だ。

何も知らないで見ると、彼女は化粧する人だと思うだろう。だが、天九は知っている。それが彼女の本来の姿であり、傲慢な態度は一切取らず、怯えながらいじめられていた事を。

もしかしたら、あんな態度を取り始めたのは真美の中に入ったアレが原因かもしれないと、思い耽る。それならあの態度の変わりようは説明できる。

どう見ても、あの怯えようは昔の姿と重なる。

「アスシェラ……もう、大丈夫か?」

アスシェラと呼ばれた少女は、気づかれたことが恥ずかしいのか隠れてしまう。

「天九様。あのような者に協力を求めて何になるのですか?」

「犬も歩けば棒に当たる。だから、自家薬籠中の物を作る」

どうやら、彼女たちはアスシェラを嫌っているらしい。しかし、その気持ちは分からなくない。メイブルとアイリスの主人であるラオグラフィアが死んだ原因は、彼女にもあるのだからだ。

 きっと操られていた云々以前に、武器や鎧が無いから怯えていると考えているかもしれない。

 今、彼女の事に触れても、良い状況にならないのは一目瞭然。ならば――

「これ以上時間は無駄に出来ない。メイブルとアイリスは会話ができる怪物の捜索、及び情報収集。僕は村の方に行く。出来るだけ夜が訪れる前に帰還する事が重要だ」

 アスシェラの事を無視して、事態を進めるしかない。天九の言葉にメイブルは鷹揚に受け入れるが、アイリスは苦虫を噛み潰したようとまではいかないが、顰め面になっている。それでも受け入れてくれたのか、歩き出した。

 ……何か、饒舌になってなかった?

 明らかに昔と違う自分を感じる。それは既に体の一部のように思える。意識しないと見失うようなものだ。



情報収集〜アイリス・メイブル〜

 二人は先程、居た場所から南に向かって歩き出す。

 だが、天九と離れてから足音が強く聞こえる。それも露骨な怒りを隠す気は無い程に。メイブルは発生源を見つめる。

 そこには足跡が残るのではないかと思えるほど、大地を踏みしめているアイリスが居た。だが、不幸中の幸いともいえるのか、道は石で出来ていた。

「ああ?」

 メイブルの視線に気づいたのか、怒りを隠す気も無く見つめる。天九と話していた時ほどの謙譲語、或いは尊敬語を使っていた時の影は見えなかった。

 だが、メイブルはそれに対して驚く事無く、

「腸が煮え繰り返り過ぎ。天九に惻隠の情が溢れかえる」

 いつも通りの対応で返した。本来のアイリスは尊敬語や謙譲語なんて使わないのが当たり前なのだから。 何でそんな言い方をするのかと聞くと――

「はぁ? そうした方が面倒な諍いを減らせるでしょ?」

 ……らしい。妖精といえども避ける事が出来るなら、どんどん避けるかもしれない。

 妖精はどこでも聞く存在で有名な部類に入るだろう。そんな彼らで有名な性格が『いたずら大好き・無邪気・困らせる事に特化している』であるかもしれない。そんな妖精から一番離れている言葉が『責任・自重・援助』だ。勿論、状況を悪化させるために援助する可能性もある。

 だが、それが当てはまるのは下級の妖精だけだ。代表格なのがピクシー。ある意味、妖精の中で最も残虐な存在とも言える。無邪気故に、人の物を取ろうが壊そうが彼らは一切気にしない。自分さえ面白ければいいのだから。邪魔をすると、怒り出し耳を引っ張り、手の指すらも……なんてこともあり得る。

 一言でまとめると、小さく能力が人間よりもある面倒な赤ちゃんだ。

 因みに、バンシー二人は気づいていないが、この会話も天九に筒抜けになっている。天九からすれば、この能力の上り様が一番怖い。『え? 何、この能力。何になってしまうの?』などと呟いてしまう。人間としての意志は保ち続けているが、価値観は殆どと言ってもいいほどに崩れかけている。そもそも、何度も書き換えられた価値観でどれが自分の価値観だったなんて分からない。確証すら持てる自身が無い。

「腹の立つことは明日言って下さい」

 文句を言いかける所をメイブルに止められる。

「あー、はいはい。頭を冷やせと言うんでしょ?」

「……(コクン)」

 アイリスはメイブルの言葉の意味を理解したのか、受け入れた。

「確かに、メイブルの言う通りだけど、天九がケガをしたらどうするの? もしもの事があると主様の悲しむ顔が目に浮かぶわ」

「背信の従者ならいざ知らず、腹心の従者なら驥尾に付すべき」

 アイリスはそれでも納得できないのか、ブツブツと文句を垂らしながら歩き出す。しかし、その足取りに怒りは感じられなかった。

 それを見たメイブルは知らず知らずのうちに、相好を崩していた。

「何笑っているの? さっさと行くわよ」

「……ふっ、破顔の一笑に付す」

「あんたさ、時々オリジナルの慣用句とかことわざ、四字熟語を使わないでくれる? 何言っているか分からないから」

「艱難辛苦を眺める事、目の保養なり」

 メイブルの顔が先程とは違い、不敵な笑みに染まっていた。

「やっぱり性格、最悪だわ」

 アイリスはジトッと見つめ返すが、諦めるように目を逸らした。

 視線を前に向けると、そこには戦いの痕跡が刻まれていた。

 殴り抉られた草原の大地。

 そんな姿に成っても美しさは損なわれていなかった。まるで昔からあったように、それが本来の姿だと言わんばかりの風景だった。

 だが、彼女達にはそんな風景はどうでも良かったのか、視界に入れる事無く目的の怪物を探す。

「ちっ。カーバンクルが居ればよかったが、やっぱり逃げてしまったか……」

「楽は一日苦は一年」

「いや、一年も待っていられないから。無理だからね、一年も出来ないから。やっていられないから」

「夕時まで命の洗濯?」

 そんなわけないと、否定しかかるがそれこそ無駄な命の洗濯になってしまう。

 アイリスは両手を広げ、何かを受け止めるような構えを取る。口は徐々に開かれ――

「メイブル、その場所から動かないでね。邪魔したら許さないから」

「暗黙の了解」

 それを聞く前に、声が響き渡る。低く金属の摩擦音を感じさせる。

『独奏曲第一番・ディスカヴァリー』

 人間であれば、嫌悪感を抱かずにいられない声が広範囲に振動していく。草は振動を受け止められなかったのか、発生源から離れるように倒れる。

 声が小さく、音が低く、振動が弱くなるように終わりを告げた。それは長くやったのか、ほんの数秒だったのか歌った本人しか分からない事だ。

 草は元の位置に戻ろうと揺らめく。そして、何もなかったかのように空気も戻って来た。

「寒冷は生者の特権」

「……反応なしか。ここから随分と遠くに逃げられたわね」

 アイリスはそう呟くが、メイブルはそれを否定する。

「森が囁くは静寂のみ。故に不確かなざわめきを語る口は無い」

「んー。大方、森の方に居るだろうけど、ちょっと遠くない?」

「急がば回れ」

 メイブルの言いたい事が分かる。しかしながら、視界のどこにも森は見当たらない。それで急げと言われても無理なものだ。

『独奏曲第三番・目には語らず耳に語れ』

 いきなり細く薄い物を切り裂くような音が聞こえてきた。

 アイリスはすぐさまに後ろを振り返り警戒する。そこにいたのは口を開けているメイブル。分かった瞬間、言い難い脱力感が襲ってきた。

「メイブル。言ってから、使いなさい。敵だと思われるでしょ?」

「大丈夫」

 何が大丈夫なのか、メイブルは自信満々に答えた。大袈裟に身体を動かすアイリスとは真逆にメイブルはお淑やかに動いている。

 歩く時もスカートの前に手をそっと置いたり、笑う時も口元に手を添えたり、大声で喋ったりしないのだ。ほんとに美しい女性になる為に生まれたのでは、とアイリスは疑わしくなる。

「で、何が大丈夫なの?」

「目途が――」

「何! 発見したのか!」

 驚きのあまりに呆然とするメイブル――理解できたの?

 何かを察し、行動を起こすアイリス――難しい言葉が出る前に終わらせたかった。

 アイリスを見つめるメイブル――場所、分かっている?

 メイブルを見返すアイリス――どこに行くか案内しろ。

 だんだんイラつき始めるメイブル――こいつ、馬鹿か? いや、莫迦の結晶だな。

 どんどんイラつき始めるアイリス――うるせぇ。てめぇの御託はどうでもいいわ。

 このままでは埒が明けないと、メイブルは歩き始める。

 それから、ある方向を見つめながら歩き続ける。

 メイブルもアイリスも何も喋らない。交わす言葉が無いのではない。交わす余裕が無いからだ。

 二人は肌に小さな剣が刺さっていくほど、鳥肌が立っていた。肌を見ても、血は出ていない。だが、匂いはする。この肌の痛みが本物なら死んでもおかしくない。背中にも熱い何かが走る。

 目標の場所に着いたかと思えば、同時に理解した。

「さっきから匂っていたのは『これ』か……」

 アイリスはソレを見つめると、顔を歪める。メイブルは耐え切れないのか、嘔吐の音が聞こえる。

「……何……これ?」

「ムリするな。引き上げるぞ。この辺りに生きている怪物は一切――存在していない」

 メイブルは微かに視線を上げると、再び吐き気が込みあがってくる。その先をアイリスが隠し、引っ張った。

 そこにはおぞましい死体が溢れていた。草原はその場所だけ、血の大地になっていた。血が無い場代を探すのが不可能なくらいに。それは気の上にも伸びていた。

 人型の生き物、顔が魚みたいな怪物。巨木の欠片。それらは千切れており、原型が分からない者もいた。そんな怪物の中にはカーバンクルの姿もあった。どれもこれも死に方は一貫していなかった。毒にやられた跡もあり、蝕むように食われている者もいた。中にはひしゃげた死体に、ギザギザに引き離された死体もあった。

 何故かその中央には、人間の『上半身』だけの死体があった。神聖さを感じられるフードは血塗れており、その輝きはどこにも見えなかった。顔が微かに見えている。絶望を刻まれていた。右肩から、腕は一切見えなかった。

 森に至っては、そこだけ口が開いているように木が無かった。まるで森が生きて、食い殺したかのように。その惨劇はついさっき終わったようにしか見えない。

 それほど、血の匂いがきつく感じる。気のせいか、入り口に近ければ近い程、より濃く、禍々しく、黒く見える。それに対して外側は吐き出したばかりの鮮血に見える。

「……あれ、広がっていない?」

 それはゆっくりだが、確実に広がっていた。まるで、何かを求めているかのように。

「逃げるぞ……これは、触れてはいけないタイプだ!」

 すぐさま駆け出すが、その血は変わらずゆっくりと広がるだけだった。なのに、誰も安心はできなかった。

 あまりにも部気味過ぎるからだ。二人は本能的に理解する。

 あれはどうやっても止まらない物だと。

「はぁ……はぁ……夕時まで待っていられない! メイブル! 天九の居場所は何処だ!」

「……無理! そんな余裕ないよ!」

 いつもの口調じゃない。それだけでもメイブルですら、アレはやばいモノだと理解しているのが分かる。

 仕方ない、とアイリスは舌打ちをする。


――――――ゾッ


 一瞬、恐ろしい何かに見つめられた気がする。これ以上、走れば殺されてしまいそうな恐怖を感じるには十分な威圧を放していた。

 背中に灼熱の刃が襲ってきた。そんな錯覚すら生ぬるい程に。冷たい風がぬるく湿っているのか、肌にべったりと張り付いてくるように感じる。


――――――グワァバ


 何かが開いた音が聞こえる。それは絶対的な捕食者を連想させる音だった。草に滴るねっとりとした、重い何かが落ちた音も聞こえる。

 その口は真後ろにあるのだと、血塗れた息が教えてくれる。もはや命を奪うかは、後ろに居る理解出来ない怪物に委ねられた。



情報収集〜天九〜

「アスシェラ、出てきてもいいよ」

 天九は二人が離れた時を見計らって、声をかける。だが、返事は来なかった。

 それでも天九は焦れる事無く、黙っている。そもそも、天九には壁越しにあらゆる風景が見えるのだ。ただし、遠いのは不可能だ。基本的人間が見渡せる範囲で、だ。つまり、その気になれば障害物が何もかも消え、その先が見えるという事だ。

 アスシェラと呼ばれた女性は、怯えるようにうずくまっている。

「……い、いや……天、九だよね? ……でも……」

 どうやら、悩みに悩んでいるらしい。だが、天九にも時間が無いのは事実だ。だから、確実に彼女が出て来る方法を取るしかない。

 天九は一息つくと、余計な緊張を取り除いた。彼女が出て来る確実な方法。それは彼女を追い詰めればいいのだ。

「アスちゃ〜ん! 今、そっちに行くよ」

「ちぃ〜〜〜〜〜いぃ〜〜〜!!!!!!!!!」

 彼女は怯えるように、恥じているように思いっきり体を上げる。

 はい。出てきました。優しさに弱いせいでなのか、優しく問いかけると、このように変な悲鳴を上げながら後ずさってしまう。何故かは分からない。最も、それが原因でいじめの始まりになったのだがな。

「さぁ、行こう」

「……へ?」

 天九は何もなかったように彼女に近づくと、当たり前のように彼女の手を取り歩き出す。

「ひゃあ!」

 可愛らしい悲鳴が聞こえる。必死に抵抗してくるが、これっぽちの痛みは感じない。

「……痛い……!……痛い」

「ん? え、あ……ごめん……」

 力をそんなに入れたつもりじゃないのに、アスシェラの手首は真っ赤になっていた。幸いアザとまではいかないで済んだ。

 解放されたことに安堵したのか、その場で倒れかけた。

「……アスシェラ、大丈夫?」

「………………」

 答えは返ってこない。泣いている訳ではないだろうが、ここまで返事が来ないと、不安になっていく。

更に心配になってきた天九は、彼女の肩を揺らそうと手を伸ばしかけ――

「……だ、大丈夫です」

 どうやら、返事をするかどうかを悩んでいたらしい。

「なら、行こう。ここに一人で居ると危ないから」

「……うん」

 その言葉に彼女は弱々しく、だが、しっかり頷いた。

 歩いている途中、斜め後ろを見る。その場所にはアスシェラが居た。怯えつつ、距離を取っているその姿は昔と何も変わっていなかった。

「なぁ、アスシェラ。いろんな事を聞いてもいいか?」

「……は、はい」

 強張った声が聞こえる。

「お前は何度もここに来たことがあるのか?」

「……い、いえ……今回が初めてです」

「来たのは初めてだが、聞いたことはあったのか?」

 少し、脅すような態度になったかもしれないが、この場合は許してもらいたい。

「………………」

「……済まないが、これだけでも教えてくれ。誰が教えた?」

「…………」

「…………」

 長い沈黙に耐え切れなかったのか、アスシェラの口が開いたり、閉じたりを繰り返している。それは、言いたくない事と言うべき事の間に立たされている様に見える。

 天九は、それを見ても罪悪感が湧かなかった。いや、思考では分かっている。その行為がどれ程、彼女を傷つけ苦しめているのかを。

 未だに迷い苦しんでいる、彼女の目に小さな水が溜まっていく。

「……もう、何も言わなくていい」

「……………………………」

 アスシェラの肩がうなだれる。怒らせてしまったのかと思ったかもしれない。正直、天九には怒ってもらいたかった。だけども、彼女は怒ってくれない。

 いや、怒れないのだ。それを良い様に利用し、追い詰めてしまったのだ。

(僕は、あいつらと同じなのか?)

 脳裏に浮かんだのは、アスシェラを取り囲みながら虐めていた奴らだ。あんな奴らになりたくないと、思いながら仲良くなったのに、今では追い詰めている側だ。

 それで、怒ってもらいたいというのは、恐ろしい程に甘えん坊だ。

 アスシェラの足が止まる。天九はソレを確認しても、振り返る事も止まる事もしないで進んだ。

 きっと何をしても彼女を追い詰め、傷つけてしまうだろう。声を掛けても、怯えさせるのが関の山だ。止まっても、歩かないといけない、という強迫概念が動くかもしれない。

 なら、天九には何をしろと言うのだろうか。助けようとしても、追い詰める側に回ってしまったのだ。優しい言葉を掛けても……

(……そういや、昔はどうやって会話をしていたんだっけ? 何が優しい言葉だったの?)

 天九は呆けながら、北にある大樹を目指している。後ろを見ても、誰も追ってこない。それが悲しく思えてきた。

 大樹を潜っても、何もなかった。そこにあるのは天へと続いているような道だけだ。人が生活した跡なんて見えない。

 天九は気に留めることなく、ひたすら天に向かって歩き出す。

 光が差してきた。

 そこにあったのは天ではなく、だれもが知っている大空だった。

 そんな綺麗なものを見ても、虚しさは消えなかった。むしろ、体全体が重くなってきているように思える。

 何もかも狂っている。そう思った時、黒く真っ赤な何かが噴き上がった。

「え……?」

 その方向はアイリスとメイブルが向かっていた方向だ。

 思考が動く前に体が動く。彼女たちが死んだのではないかと、嫌でも頭が反応する。

 音が聞こえる。悲鳴ではない。叫び声でもない。それでも耳の中で木霊する音が教えてくれる。

 一方的な殺し合いだと。

 天九が着くのに時間はかからなかったように思える。だが、天九自身には遅すぎる。何もかも間に合わなければ、遅いのは間違いないのだから。

「――お前か?」

 問われたものは答えることなく淡々と見つめる。

 そんな怪物の足元には2つの血が広がっていた。

 怪物は喋る気がないのか、黙って手を伸ばす。

「――ああ、そうかい。なら、黙って――死ね!」

 寂しく嫌な声が響く。

 もう嫌だった。いきなり変わる環境。分からずに助けられ、分からずに殺される。感情も奪われたり、回復したり。この世界には分らない事だらけだ。

 まともなことなんて何もない。誰もが死に、誰かが生きる。そんなことなんてわかっている。だけども、分かっているからこそ、嫌になってくる。目の前に死体がある。もう神経が狂ったのか、それ自体に恐怖は感じなかった。

 ただ、一つのことを除いて。

 目の前で誰かが、死んでいく瞬間が怖かった。

 あらゆる感情が焼かれ、唯一の残ったのが、負の感情だけだった。

 その感情は僕の自由を許してくれない。そして、囁いてくる。僕はそれに従うことしかできなかった。逆らうこともできる。だけど、苦しさだけが残ってしまう。


 ああ、神がいるなら、せめて叶えてくれ。


――――――俺を、殺してくれ……………


 さて、申し上げたいことがございます。

 この度、わたくし、小説家を目指している者として見落としてはいけない行為をしてしまいました。

 それはストーリーを綴る上での、失敗です。

 恥ずかしながら、結末と過程は出来ていても、支点という“杭”は打っておりませんでした。

 この為、バッドエンドを迎えてしまいました。

 このバッドエンドは天九にとってのではありません。わたくし自身、小説家を志す者としてです。

 そのため、わたくしが求めていた結末とは、より遠い結果になってしまいました。

 理解できないと思う方もいるでしょう。逃げたと感じる方もいるでしょう。

 そう思ったら、どうぞ、どうぞ手を挙げてください。わたくし自身、それを否定いたしませんし、する勇気もありません。

 しかしながら、そんなわたくしから一言お願い申し上げます。

 生粋な悪意で書くお方、ストレス発散しようとしているお方、軽い気持ちで罵倒しようとしているお方。心から申し上げます。

 

 決してやらないで下さい。


 ここまで見てみれば、保守的もしくは臆病者に見えるでしょう。

 これはわたくし自身の為ではございません。あなた方様のためです。

 わたくしのように間違った思想を持ったり、偏見で見てもらいたくないです。


 犯罪を犯したなど一切していません。やましいこともありません。

 ですが、わたくしはわたくし自身に胸を張れません。自信を持つこともできません。

 次第にわたくしは本に依存するようになったのです。そして、周りの人との関係も薄く小さくなってきました。いえ、わたくしから断ったと言えます。

 その中でも一重に強かった関わりがありました。それはいじめです。いじめという言葉に少々、語弊があるかもしれませんが、わたくしはそれをいじめとは思えませんでした。

 勘違いしないでください。わたくしは傍観者ではございません。それどころか被害者でした。しかし、時が進むにつれ、仲良くなっている者もいれば、心の底から嫌悪している者もいます。

 話が逸れました。わたくしの昔話はどうでもいいです。ですが、どうか軽々しく傷つけないでください。見えていなくても書いているのは、他ならないあなた方と同じ人間なのですから。

 わたくしはこの『ヴァリアント・ルーツ』で得た知識と経験を使い、新たなストーリーを書きたいです。

 できるなら神話関連やモンスターにオリジナルモンスターを入れていきたいです。

 頭の堅いわたくしですが、どうかこの先もよろしくお願いします。

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