9話 ご主人様救出作戦
床に打ちつけられた。
その割にはあまり痛みはなかった。
クッションが全面に敷いてある。
ああ、そうか。俺自体を求めてるなら、傷がつくようなことをするわけがないよな。
これで俺が転落死したら何の意味もない。
ならば、俺の側の安否は保証されるだろうけど――
問題は部屋に残されたフィーナだな。
王様は極悪人という雰囲気ではなかったし、フィーナがまだ若い女の子なのは事実だから、容赦なくぶっ殺すということはしないと思うが、あくまでも希望的観測だ。
すでに俺をこんなところに落としてる時点で、安心できる材料など何もない。
仮に最初はフィーナを殺す気がなかったとしても、フィーナが騒ぎ立てれば殺すしかなくなる。
そして、あいつはリスクヘッジなどせずに騒ぎ立てる可能性が極めて高い。
救出を急いだほうがいいな。
しかし、どうやって脱出したものか。
一度、壁に体を這わせてみる。
所詮、人間を落とすような場所だからか、造作が甘い。
レンガを積み重ねているが、それが雑で、でこぼこが激しい。
これ、もしかして登れるんじゃね?
イモムシが木の幹を登るのなんて日常茶飯事だ。
それと意味合い的には違いはない。
違いがあるとしたら、重さだな。
圧倒的にこの巨大キャタピラーのほうが重い。
しかし、仮に途中で落ちても、寝室から落ちてケガがないのだ。
かなりの高確率で無傷ですむ。
つまり、挑戦するリスクは何もない。
だったら、どこかに逃げ出せるまで挑戦してやるよ!
ゆっくりと俺は壁伝いに上に登っていく。
数メートル上に上がったが、落下はしない。
よし、このまま行くぞ。
やがて通気口か何かと思われる横穴にたどりついた。
ひとまず、ここで休憩だ。
この横穴から城へ侵入するか?
大泥棒のアニメならそうするだろうが、俺はやらない。
なにせ、キャタピラーだ。目立ちすぎる。もちろん変装だってできない。
だいたい、フィーナのいる場所から離れすぎている危険がある。
ならば、多少の無理をしてでもフィーナが眠っていた場所まで上がるべきだ。
そのまま地上に出ていけるかは謎だが、やらないよりはやったほうがいい。
再び、俺は壁を登りだす。
そのまま床の真下には来たが――
俺が押すぐらいでは床板は動かない。
尻尾を力強くぶつければ破壊できるだろうが、そんなことができる体勢でもない。
意外とこういう時、頭が冴える。
落とし穴になってるぐらいだ。床板も薄いだろう。
方向を変えて尻を上に向けた。
糸と溶解液が混ざったものをぶつける。
俺にも溶解液がかかりそうで怖いのだが、まあ、そこはしょうがない。
何度か繰り返すと、じゅう~という音とともに穴が空いたのがわかった。
重さで落ちないように気をつけながら、穴から部屋に這い上がった。
フィーナの声がしないからわかってはいたが、あいつの姿はない。
どこかに連れていかれたか、自分から抗議に出ていったか。
どちらにしても、あまりいい展開にはならなそうだな。
俺は壁伝いに廊下の天井にへばりつく。
そのまま天井をうねうねと進む。
ばれそうなものだが、天井が高いのか、途中で兵士2人とすれ違ったが、気づかれなかった。
どうも、あっちから声がするんだよな。
もうちょっと耳のいいモンスターに転生したかった。
そして、廊下の行き止まりの部屋。
フィーナが王たちと何やら言い合いしていた。
前言撤回。フィーナが一方的にしゃべっていた。
「だから! グレゴールを返してください! グレゴールは私の友達なんです!」
「何度も言っているだろう。あのキャタピラーのことは知らん。眠っている間にどこかに出ていったのだ。こちらも全力で探している」
兵士の男が言っていた。
よくもまあ堂々とそんな大ウソがつけるものだな。
王がフィーナの前に出る。
「ひとまず、今日は寝室に戻りたまえ。見つけ次第、君の友達を送り返そう」
王もよく口がまわるよ。
さて、俺も友達を助けに戻るか。
「それでは、無事に見つかったので、一緒に帰らせてもらってよろしいですか?」
俺は大きめの声で、むしろ叫ぶぐらいの勢いで言った。
どこから声が来たかわかってない連中がきょろきょろ周囲を探す。
やっと、視線が俺のほうに向く。
「うわあっ!」
兵士が驚きの声をあげる。
常識的なキャタピラーのサイズではないだろうから、天井にいたら不気味だろう。
「広いお城で少しばかり迷いました。せっかくですがフィーナもこういう豪華なところは慣れないようですし、おいとましようかと」
これで外に出してもらえるなら万々歳だ。
そのまま、全力で城から離れる。
もしも、出してもらえないなら、どうするか。
決まっている。実力行使だ。
俺はキャタピラーというモンスターなんだからな。
王の表情が変わった。
いかにも小物の悪党って感じのものに。
「そのキャタピラーを捕まえろ! キャタピラーは私のコレクションに加えるのだ!」
本性を現したな。
だったら、俺も容赦しないぞ。
俺は天井からどさっと落下。
真下にいた兵士をちょっとつぶしてしまった。
おそらく、骨折ぐらいですんでるだろう。
さて、今のレベルの毒ガスだと穏便にすまないかもしれないので――
「フィーナ、羊だ!」
「わかりました!」
この羊というのは何か。
催眠ガスを出すぞというパスワードだ。
眠る時に羊を数えるから、こんな名前にした。
口をふさげと直接言ったら、敵もふさいじゃうからな。
俺は全力で催眠ガスを吐く。
兵士も王様も意識が薄れていく。
しかし、離れたところにいた兵士は効く前に手を打ってきた。
「であえ! であえ! モンスターが逃げるぞ!」
敵は声を限りに叫んで、眠りに耐える。
これだと兵士を突破する必要があるかもしれない。
別にいいさ。
全力で乗り越えてやる。
「フィーナ、乗れ!」
口を押さえたまま、こくこくとうなずくフィーナ。
よし! キャタピラーの破壊力を見せてやる!
次回は本日夜11時更新の予定です。