6話 能力確認
さて、大幅に強くなった俺たちだが――
普段の生活はそんなに変わらなかった。
そりゃ、毎日魔物使いの大会があるわけじゃないからな。
それまでは力を発揮する環境自体が存在しない。
むしろ、デメリットも出てきた。
「食べすぎですよ! こんなに食べられたら集落の木が禿げ上がります!」
フィーナに怒られた。
そう、Lv36の食べっぷりとなると、相当のものなのだ。
体も明らかに前より大きくなってる気がするし、そのへんも関係しているのかもしれない。
「もっと食べないと体を維持できない。贅沢で言ってるんじゃなくて、生存に必要なんだ」
フィーナもこれには頭を抱えていた。
魔物使いとして強くなっても、餌を入手するスキルが上がるわけではないからな。
「わかりました。じゃあ、特訓と食事を兼ねて、森に出ましょう」
たしかに森自体は周囲に広がっているので、食べる物にも事欠かなかった。
「はい、どんどん食べてくださいね。吐くぐらい食べてもいいですよ」
「吐くほどは食わん」
植物性のものばかり食べているせいか、葉っぱの味の違いもわかってきた。
これは美味い。これはクセがある。これは独特の渋みがある、などなど。
酒がまったく飲めない人間は酒の味の違いをなかなか言語化できないだろうが、おそらく葉っぱばかり食べるキャタピラーにだけわかる味の違いなんてものもあるのだろう。
「さてと、森に来たのは別に餌のためだけではないですよ」
フィーナが胸を張る。
たしかにLv36なら胸も張っても許される。
なお、フィーナは見た目の年齢はせいぜい15歳ぐらいなので胸はない。
いや、15歳でも胸がある人もいるから、こいつは貧乳なのだろう。
「なんか、失礼なこと考えてましたよね? Lv36だから、それぐらいわかりますよ。モンスターの考えてることはなんとなく読めるんです!」
「レベルが上がった弊害がこんなところに!」
「いいですか、今から新たに増えた技能などを試していきます」
想像以上に真面目な理由だった。
「これから先、目指すは最強の魔物使いになることです。そのためにはグレゴールが何をできるか知らないと話になりません」
うむ、正論、正論。
「まずはガスから試してみましょう」
ちょうど鹿が歩いているのを見かけたので、催眠ガスをかけてみた。
効きすぎても悪いので、威力は弱める。
すぐに鹿はすやすやと眠りに落ちた。
筋弛緩ガスもほかの鹿にかけたが、これもしばらく動けなくなった。
「いいですね、かなり強力です。攻撃を制限するというイヤガラセ技なのも好感度が高いです」
こいつ、レベルが上がっても人格的な成長は皆無か。
年齢的に俺が教育するべきかもしれんが、キャタピラーが人生訓を言っても絶対聞いてもらえないだろう。
次に適当な木を相手に「突撃」を試す。
ズドオオオオン!
あっさりと木は倒れた、というか折れた。
「おお、いいですね。バッファローも真っ青の破壊力です!」
「お前、エルフなのに木を雑に扱っていいのか?」
「黙っていればばれませんよ」
やっぱり、どっかで教育したほうがいいかな……。
さらにその倒れた木で「食いちぎり」を試す。
かなり硬い樹木のはずだが、文字通り食いちぎれた。
とてつもなく強力なアゴだと言っていい。
「よし、これで攻撃力は大幅アップですね! むしろ凶悪すぎて困るぐらいです」
ある意味、やっとモンスターらしくなったとも言えるだろう。
脱皮は時間がかかりそうなので、集落に戻ってから試すとして――
その次は、これだ。
「懸案の『糸吐き』と『溶解液』をやりますよ」
俺もうなずく。うなずいたかわからんが、うなずいたつもりだ。
「とくに上手く『糸吐き』が使えれば空中の敵を攻撃できます。上級の魔物使いはドラゴンとかマンティコアとか空を飛ぶ種族を使役しているので、これを攻撃できるかどうかは極めて重要ですよ」
たしかに地上でしか戦えないというのでは空を飛ぶ奴と当たった途端、無力なイモムシに逆戻りだ。
「じゃあ、糸吐きからやってみようと思う」
俺はフィーナから距離をおく。
それから、一回転してフィーナの真後ろに移動した。
「糸がかかると、ねばねばしていた場合、取るのに厄介だからな」
「グレゴール、おりこうですね。私の生き方を見て、勉強しましたか」
「むしろ、お前を反面教師にしている」
とはいえ、以前よりは魔物使いとしてのカリスマ性をフィーナから感じるのも事実だ。
俺にしてもフィーナにしてもレベルが上がった分、サマになっているように見える。
「では、行きなさい! グレゴール、糸を吐くのです!」
俺は糸を吐けと体に命令を送った。
なにせ、どこから糸が出るのか自分も知らないのだ。
糸は無事に出た。
尻から。
あれ、そういえば真後ろには、フィーナがいたような……。
「ふぇ? ああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
これまで聞いたことないような絶叫がした。
耳をふさぎたいぐらいだが、耳がどこにあるのかわからない。
「だ、大丈夫か? フィーナ……?」
俺はその場でぐるっと180度回転するように動いて向きを変えた。
糸自体に殺傷能力はないと思うので、大丈夫だと信じたいが……。
「げ、下剋上です、ひどいです……」
フィーナが糸でがんじがらめになっていた。
そりゃ、糸を受けたのだから、そうなるか。
どうやら、クモの糸みたいに敵の動きを止めるための糸らしいな。
あるいは蚕の繭を作る糸みたいな意味合いがあるのかもしれないが、少なくとも戦闘にも使えることは確かなようだ。
「ねばねばして大変気持ち悪いです……。どうにかしてください……」
「そう言われても、こっちもキャタピラーだしな……」
しかし、悲劇はまだ終わりではなかった。
フィーナの着ていた麻の服が煙を出して、溶けていった。
そのせいで、フィーナの肌が少しあらわになる。
「きゃーーーーーっ!!! これ、どうなってるんですか!!!」
「そうか! 溶解液と糸が混ざって出たらしい!」
おそらく、分離がまだ上手くできていないのだろう。あるいは同じようなところを通って分泌されるのかもしれん。
「ほ、本当に下剋上です! 部下にやらしいことをされますっ! 貞操の危機です!」
フィーナが胸を押さえて叫んだ。
「おい、それは名誉棄損だぞ!」
「だ、だって、服を溶かしたじゃないですか! さすがモンスター! 色欲魔っ!」
「落ち着け! そもそもキャタピラーが貞操を奪えるわけない!」
少し、間が開いた。
「…………そ、それもそうですね」
納得はしてもらえたらしい。
「むしろ、キャタピラーに裸を見られて、恥ずかしがるほうがおかしい気がしてきました。ドラゴンに肌を隠す女魔物使いなんて想像しづらいですし」
フィーナ的にどうでもよくなってきたらしい。
一応、もともと人間の男が入っているんだけど、前世的なところは別にいいのか。
どちらかというと、俺が恥ずかしくなってきて、ちょっと横を向いた。
「それと、俺に見られてよくても、そのまま帰るのはまずいだろ。その前に糸をどけるのが先だけど」
「そうですね……。あれ、この糸」
何かフィーナが気づいたらしい。
「この糸、しばらく時間が経つと、ねばねばしなくなってきますね」
「あ、そうなんだ。それはよかったな」
じゃあ、やっぱり繭用の糸かもしれんな。
むしろ、この体って繭になって、蝶になれたりするのだろうか。
でも、蝶になったら寿命近そうだし、しばらくこのままでいい気もする。
中身が人間なんで、あまり蝶と結婚したいとも思えんし。
「ふふふ、サラーフ族の女子なら必ず、裁縫セットを持っているんですよ」
小さな裁縫箱からフィーナは針を取り出す。
「せっかくだから、この糸を使いましょう」
結局、葉っぱを俺の糸で縫い合わせて即席の服を作って、急場はしのげた。
糸吐き自体は敵に尻を向けて使う技として、採用されることになった。
次回は本日夜11時の更新予定です。