3話 異臭騒ぎ
しばらくすると、フィーナがあわてて走ってきた。
「ちょっと! 勝手に出歩いたらダメですって! 私の監督不行き届きになっちゃうじゃないですか!」
「心配するな。俺はエルフにかじりついたりはしない。中身は人間だ」
「それでもダメなんです! ほかの人は人間が転生してきただなんて知らないんですし! それに勝手に行動されるとしつけができてないって、また笑われます!」
そうか、たしかに。
俺までフィーナの評判を悪くしてはいけない。
「悪かった。でも、お前を鼻で笑う連中に一泡ふかす方法は見つかったぞ」
俺はその案をフィーナに話す。
「なるほど……。いけるかもしれないですね。でも、それ、あなたにも危険が伴いませんか?」
リスクはたしかにあるが――
「この村って回復魔法使える奴とかいないのか?」
「家族はみんな回復魔法が使えます」
「じゃあ、別にいい。無茶苦茶体力はあるから多分いけるだろ」
そのあと、作戦が上手くいきそうか、綿密な予行演習をした。
「たしかにイヤガラセにはなりそうです。くっくっく……」
「お前、イヤガラセができるとわかった途端、いい顔になったな」
なんか、いじめられてるの、こいつの性格にも問題がある気がしてきた。
「大丈夫です! これは報復ですから! 義はこちらにあります!」
よし、それでは作戦決行だ。
◇ ◇ ◇
俺はフィーナを載せて、いじめてくる奴の一人が住んでいる家に向かった。
ちなみにエルフの家は草葺きの屋根が多いが、屋内はけっこうこぎれいのようだ。
まあ、この体では太すぎて中に入れないから、よくわからんけどね。
「あっ? おちこぼれのフィーナがどうしたんだ?」
まだ少年の雰囲気が残るエルフが出てきた。
「さっき、バカにされたから、それを晴らしたいと思ってきました。モンスター同士で決闘を申し込みたいです」
フィーナが決然とした顔で言った。
「はぁ? こっちが飼ってるのは子供ワイヴァーンだぞ。キャタピラーで勝てるわけないだろ!」
「そんなの、やってみなくちゃわかりません!」
少年は不敵な笑みを浮かべた。
「わかった。でも、それでそいつが死んでも知らないからな!」
少年は体長1メートル20センチほどのワイヴァーンを出してきた。
たしかに小型とはいえ、かなりかっこいい。
これはこいつがフィーナをバカにするのもわかるわ……。
「先に言っとくぞ、フィーナ! このワイヴァーンのリチャードは凶暴で一回戦うとなかなか攻撃を止めないんだ。それでそのキャタピラーが大ケガをしても知らないからな」
「いいんですよ。その代わり、このキャタピラーも私の言うことを常に聞くわけじゃないですからね」
お互いが納得したところで試合開始だ。
「さあ、行け、リチャード!」
ワイヴァーンが俺を後ろ足で蹴ってきた。
ガシッ! バグッ!
ちょっと痛い。ただし、あくまでもちょっとだ。
それにダメージが来ないとこちらも困る。
俺のほうはひたすら耐える。
防御しているのですらない。ただ、耐えている。
「おいおい! これじゃ、キャタピラーを一方的に攻撃してるだけだぞ!」
少年が笑う。まあ、笑いたくもなるよな。
「ふ、ふん! いいんですよ! そのうち、ええと……グレゴールが本領を発揮しますから!」
こいつ、俺の名前をあんまり覚えてないな……。
ワイヴァーンも反撃を受けることなどないと思ったのか、ばしばし翼やら前足やらをぶつけてくる。
こちらは相変わらず、攻撃され続ける。
さてと。
そろそろ、この体が生命の危機を感じだすはずだ。
俺の体が一瞬、赤く発光する。
次の瞬間――
ブシューーーーーーッッッ!
俺の体から毒ガスが噴射された。
といっても、毒性はそこまで強くない(はずだ。なにせLv1だ)から、毒自体は問題じゃない。
重要なのは――――
「くせえっ!」
少年が叫んだ。
そう、俺の出す毒ガスは猛烈な臭気を放っているのだ。
なにせ、ガスを出している俺すら、かなりくさいと思うぐらいなのだ。
卵の腐ったものとくさやをドブに入れて一年ふたをしたあとみたいなにおいがする。
「ギャーーーッ! グワーーッ!」
ワイヴァーンが臭気をモロに顔に受けて、のたうちまわった挙句、
「ウグ…………」
くさすぎて意識を失った。
「リチャードが! リチャードがにおいで負けたーっ!」
少年が悲しんでいる。
これは人生でもトップレベルの屈辱だろう。
俺が少年だったら、かなりのトラウマになる。
しかし、勝負は終わったとしても――
戦いはまだ終わっていない。
俺はそのまま少年に近づく。
「やめろ! 来るな! くさすぎるんだって! 今もガスみたいなの出てるし!」
「あらら、もしかして攻撃された復讐をする気なんですかね」
にやにや笑いながらフィーナが言った。
「おい! 魔物使い自体を攻撃するのは反則だぞ! もう俺の負けだから止めてくれ!」
「そう言われましても、私はおちこぼれなのでフェルナンデスを止めることができません」
「さっき、グレゴールって言ってたじゃないか! お前、名前も覚えてないのかよ!」
少年のほうが正論だった。
やっぱり、フィーナの人格にも多大な問題があるな……。
まあ、でも、俺も心のやさしい元公務員だ。
少年本人に危害を加えるほどゲスではない。
奥の少年が住んでる家に入っていく。
入口が狭いが、強引に顔だけでも突っ込む。
「や、やめろ! においがついたらどうするんだよ!」
少年が事態に気づいた。
そうだよ。においをつけるんだよ。
フィーナをバカにすると、キャタピラーが変なにおいを家につけるとわかったら、誰もバカになどできなくなる。代償が重すぎるからだ。
そして、あとから文句を言おうとしても、バカにしていた事実はきっと知られているだろうから、強くは出られまい。
「あー! 大変です! 私の命令を聞かないキャタピラーが屋敷に入っていきますー! どうしましょう!」
すごく棒読みでフィーナが言った。
「やめてくれよ! 父ちゃんに怒られるよ! 俺が悪かったよー!」
少年が俺を抱えて止めようとする。だが――
「くさっ! 近づくと、さらにくさっ!」
「ははは! 触るとにおいがしみついてなかなかとれませんよ!」
少年よ、人を貶める悪い心ごと、この家をにおいで消毒してやろう。
むしろ、このにおいのほうが毒かもしれんが。
「ありがとうございます、グレゴール! これで復讐を遂げることができました! ありがとうございます! グレゴールはキャタピラー界のエースです!」
フィーナが俺を褒めてくれた。俺もご主人様を救えてうれしい。
フィーナも鼻つまんでたけど。
◇ ◇ ◇
――結局、部屋にはしばらくにおいがこびりつき、数日間、少年の一家はほかの家に居候して暮らすことになった。
原因が俺なのは明らかだったが、少年がフィーナをからかっていたことは向こうの家族も知っていたらしく、少年のほうが怒られていた。
モンスターペアレントみたいな人じゃなくてよかった。
むしろ、俺がモンスターなんだけどな。
その後、危機を察知したフィーナを舐めていた連中が続々と謝罪に来て、フィーナの株が少しだけ上がったのだった。
めでたし、めでたし。
――と言いたいところだが。
「あっ、くさいガスを出すキャタピラーだ……」
「速く走れるらしいけど、においが怖いわよね……」
「あんまりバカにするとガスを出されるぞ……」
迷惑なモンスターとして、一部で本気で忌避されることになった。
とくに、フィーナは――
くさいモンスターを飼ってる子、という知識が集落に定着した。
「ちょっと! これじゃ、『おちこぼれ』が『くさいモンスター飼ってる子』にスライドしただけじゃないですか!」
フィーナがある晩、文句を言ってきた。
俺はフィーナの家の横に雨よけのひさしを作って、その下で眠るようにしている。
ガレージに車が停まっているようなものだな。
「モンスターを飼えなかったわけだから、それよりはランクアップだろ」
「もっと、普通にランクアップしたかったです!」
とはいえ――
「あなたがご主人様のために自分の傷も顧みずに戦う勇士ということはわかりました」
フィーナが俺の体に抱き着く。
エルフの少女に抱き着かれる人生か。
いいか悪いで言ったら、いいな。
公務員時代に少女に抱き着かれたら、最悪新聞沙汰だしね。
「これからもよろしくですよ、グレゴール」
次回は本日夜11時頃更新の予定です! 明日も3回更新予定です。