13話 キャタピラー界のイケメン
オークの町から逃げ出した俺たちは、無事に峠を越えてナンヴァー王国領に入ったらしい。
これでお尋ね者として逮捕されることはなくなった。
普通の感覚だと、犯罪をやったのは王様のほうなんだけどな。王がルールの世界だから、どうしようもない。
しかし、ナンヴァー王国側に入ったとはいえ、なかなか森が深く、すぐには町にたどりつけなかった。
さすがに森の中を時速何十キロという速度を出して疾走するわけにはいかない。木にぶつかったら即死する恐れもある。
「もう、夜も遅いので一度ここで眠ろう」
「そうですね、私も眠くなってきました」
俺は近くの木から葉っぱをもりもり食べてから就寝した。
この日も俺の体の上でフィーナは眠った。
眠り心地がいいのだろうか?
早朝、俺は「ねえ、ねえ」という声で目を覚ました。
すぐに違和感を覚えた。
その声はフィーナのものではなかったのだ。
フィーナ以外で巨大キャタピラーに話しかける奴などいるだろうか?
しかも、その声は、耳ではなく頭に直接語りかけてくるようなのだ。
まさか、森の精霊みたいな存在がメッセージでも告げようとしているのだろうか。
不思議に思い、周囲に目をやる。
そこには人間らしい姿はない。
見たところ、オークもドワーフもいない。
本当に精霊にでも話しかけられたのだろうか。
エルフがいる世界だから精霊がいてもそんなに驚きはしないが。
――ここにいますよ。
そして、俺は自分の体に何かがくっついているのに気づいた。
白と黒のストライプ模様のキャタピラーだ。俺の半分ぐらいの大きさだが。
やはり俺はキャタピラーの中でも大きいのだろう。これまでもデカさにびっくりしてる奴がいた。
ところで、まさか、このキャタピラーが話しかけてきたのか?
――あれ、知らないんですか。キャタピラー同士はテレパシーで会話ができるんですよ。
なるほど、そんなことができるのか。
そういえば、ほかのキャタピラーと交流することなどなかったので、気づかないままだった。
――こんな巨大なキャタピラーは初めて見たから話しかけてみたんです。
自分が大きいことをキャタピラー側からも教えられた。
テレパシーのコツなどわからんが、心の中で相手に伝われと念じてみる。
――俺は遠くの国から来た。一種の流れ者だ。
――へえ、私はずっとこの森に住んでいました。それは出会わないはずですね。
やけになごやかな空気になっている。
まあ、キャタピラーがキャタピラーを攻撃することはないか。
――この森はいいですよ。天敵の鳥型モンスターなんかもほとんどいませんし。安心して暮らしていけます。あと、なにより食べる物が豊富です。葉っぱだけでなく、水も豊富でいろんな動物やモンスターが暮らしてますよ。
――自然が豊かなのは俺も感じている。峠を抜けるまであまり木も生えてなくて困った。
――あの、おいしい葉っぱのところまでご案内します。いらっしゃいませんか?
――上に人が乗ってるんで、落とさないようにゆっくり進むのでいいなら。
俺とそのストライプのキャタピラーは森を這っていく。
同族間の友情っていうのもあるものなんだな。
しばらく行くとあまり見たことのない種類の木が生えていた。
――この葉っぱはほっぺたが落ちるほどおいしいですよ。
そこまで言われると食べないわけにはいかない。
かじりつくと、本当に美味い!
思わず笑顔になりそうな、そんな味だ!
――喜んでくれたようですね。よかったです。
――いやあ、いい場所に案内してくれてありがとう。
そこで、なぜかストライプのキャタピラーがもじもじしだした。
――あの、ここの場所は大切な人にしか教えないことになってるんです。
――えっ、じゃあ、初対面の俺に教えちゃダメなんじゃ……?
――その……私と一緒に暮らしませんか……?
こ、告白された!?
そう解釈して問題ないよな。これは告白だよな?
そうか、キャタピラーだから、キャタピラーから告白されることもあるのか。
――もちろん、お互い、幼虫なわけですし、あくまで清い関係なんですが……。あなたとなら楽しく暮らしていけると直感的に思ったんです……。
まあ、一目ぼれなんて言葉もあるから、おかしくはないのか。
そして、幼虫と言っているから、やはりこのキャタピラーというのは蝶だか蛾だかの何かになる前身であるらしい。
どうせならきれいな蝶がいいが、巨大すぎて気味悪がられる未来しか想像できない。
いや、それより前に告白の返答だ。
気持ちはうれしいけど、付き合うわけにはいかない。
悪いけど、俺には旅の目的がある。
あと、あんまりキャタピラーと付き合いたくない。
キャタピラーのくせに生意気なと思ったけど、そこはしょうがない。
だが、俺が答えるより前に――
ふと視線を感じた。
しかも一つや二つではない。
無数の視線がこちらを見ている。
まさか、敵なのか!?
次回は夜11時の更新予定です。