12話 食われる!
日本というか地球にいた頃の記憶がよみがえる。
そういえば、イモムシ系を食べる地域って全然珍しくないのだ。
だから、オークがキャタピラーを食事とみなしてもなんらおかしくない。
ああ、俺って、オークの町に入った時からずっと食材だと思われていたのだ。
いわば、鮮度のいいマグロが日本の町中を歩いているようなものだった。
「エルフの子には悪いけど、こんな活きのいい、しかもデッカいキャタピラーはそうはいないよ。しかも体にも張りがあった。軽くゆでてから、ステーキにしたら、さぞかしおいしいだろうね!」
本当に食べる気だ!
「これだけのキャタピラー、戦って勝つことは難しいけど、熱湯にダイヴさせればさすがに死ぬだろうよ!」
うわあ! それはそうかもしれん! 槍や剣をちょっと喰らうよりはるかに恐ろしい!
熱湯を見ると、体がすくんだ。
やめろ、ビビるな! かえって落ちやすくなる!
ていうか、葉っぱのついてる枝はそんなに太くないから、俺を支えられずに折れるかもしれんぞ……。
俺は慎重に回転を試みる。
このキャタピラーは足の構造上、バックすることができんのだ。
だが、当然、回転するためのスペースなんてないので、枝の裏側に回り込むようにして、上手く一周するしかない。
頭を下にして、ちょうど枝にぶら下がるような格好になる。
ぐっぐぐぐぐ……。
俺の体が枝の下になったことで、枝がかなり激しくたわんだ。
ヤバい! 折れる! 死ぬ! 食われる!
人間なら真っ青になっているだろうが、もともと全身が緑色なので変化はないと思う。
ど、どうにか折れずにはすんでいるらしい……。
オークが下で「落ちそうで落ちないね!」などと言ってるのが聞こえた。
しかし、ここからうかつに動くと、それで枝がボキっといく危険は依然として高い。
怖くて動けん。
もう食欲も何もない。
「ちっ、意外としぶといねー」
くそ!、このオークめ、こっちをただのキャタピラーだと思いやがって!
こんな時、俺に翼でも生えていたら、飛んで離脱できるのに……。
なんで、キャタピラーには翼が生えてないんだ! サナギから成虫になってからとかそんなケチなこと言わないで今から生えてくれ!
大空を自由に飛びたい!
「なかなか粘るねえ。さあ、落ちな!」
オークが石をぶつけてくる。
なんて残虐な奴なんだ! こっちは何の罪もないキャタピラーなんだぞ!
「このままじっと持ちこたえようってのかい。そうはいかないよ!」
オークが木を揺さ振ってきた。
やめろ! 後生だからやめてくれ!
ダメだ……このままではいつか落とされてしまう……。
これはお湯の煮えたぎった鍋をどけてもらうしか助かる方法はないな……。
「ちょっと! 何をしてるんですか!」
そこにフィーナが走って入ってきた。
よかった! ご主人様が助けに来た!
ただ、手にはパンが握られているが。
「もぐもぐ、窓から、グレゴールがひどい目に遭っているのが見えたのであわててやってふぃたんです。もぐもぐ、罠にはめまふぃたね!」
ピンチってわかったんだったら、食べるのやめろよ……。
「ちっ! 気づかれちまったかい!」
よし、オークもこれで悪事をやめてくれるかな。
「その前に落としてやるさ!」
両手でデカい石を抱えだした。
こいつ、力技で実力行使に出る気か!
「そんなことさせません!」
フィーナが両手を前に突き出す。
「私、高レベルになって魔法も使えるようになったんですよ! 竜巻を食らいなさい!」
その手から、小さな空気の渦が生まれたかと思うと――
すぐにそれが巨大な流れに変わる。
すごいぞっ! フィーナはガチの冒険者になってる!
そして、オークを巻きこんでいく。
「うああああああっ!!!」
オークは石を持ったまま、町の彼方へ飛ばされていった。
フィーナ、さすがLv36だけのことはあるな。
ただ、竜巻はすべてのものに平等に影響を与える。
鍋の湯もまき散らしていたのだ。
俺の体にぺしぺし当たる。
「熱い! 熱い! 落ちる!」
それで体を動かした反動で――枝が折れた。
ついに折れた!
くそっ! ちょっとでも遠くへ!
俺は全身の筋肉に動けと命じた。
キャタピラーの筋肉構造など知らんが、動いてもらうしかないのだ。
かろうじて鍋を通り過ぎたところで、俺は着地した。
「危うくゆであがるところだった……」
顔面蒼白になっている気分だが、くどいようだが、もともと緑色の顔をしているのでよくわからない。
「グレゴール、怖かったですか……?」
フィーナが抱き着いてきた。
やっぱり、キャタピラーでも人に触れるとほっとするものだな。
「私の言ったとおり、オークはとんでもない奴らでしたね!」
「いや、言ってること違うだろ!」
お前、オーク差別なんてするなって俺に言ってきたぞ!
「やっぱりオークはクズですね。私の思っていたとおりでした」
「すごく腑に落ちない……」
とはいえ、そんなことで時間をとっているわけにはいかなかった。
「とっとと逃げるぞ、乗れ」
「食事はすみましたか?」
よく見たら、フィーナのやつ、いまだにパンを手に持っていた。
「そのパンをくれ。雑食だから食える」
「え~、これ、私のですよ~」
「食い意地張ってるな!」
「ウソですよ。ちゃんとあげますよ」
フィーナが俺の頭を撫でて、口にパンを入れてくれた。
「怖かったですか? やっぱり私がいないとダメですね」
「別に俺は子供みたいなものじゃないけど、たしかに今回はお前が来てくれないと危なかった」
まあ、悪い気はしなかった。
そのあと、俺たちはオークの町を抜けて、峠へと向かっていった。
もちろんフィーナの食事代は払ってない。
損害賠償しないだけありがたいと思え。
次回は昼12時の更新予定です。