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ニ、浮かれる俺久しからず

 心の中での宣言通り、俺は自分のところにまわってきたボールをありったけの鬱憤をこめてケンにぶつけまくったが、ケンは毎回それを難なくキャッチするとゴールに叩き込んだ。


「ワッキーナイスパース」

 毎回俺の頭をハイタッチよろしく後ろからスコーンとはたくおまけつきだ。


 俺はもうこいつと高校生活仲良くやっていける自信がない。

「ワッキー、諦めたらそこで試合終了だぜ?」

「うっせーばーか!あとそのあだ名やめろ!」


 そのあとの時間は驚くほど早く過ぎていった。ミコリンと会議に参加するというお楽しみが待っているからだ。


 念のため言わせてもらうと、俺は別にこれを機にミコリンとお近づきになってどうこうしようとか思っているわけじゃない。そういう不埒な考えは一切ない。第一俺は頭で考えても口にも出さなければ行動にも移さない、無言不実行の男だ。ただ、毎週水曜日に彼女が委員会に参加する真剣な表情が近くで見られて、それをこのクラスの中で自分だけが知っているということがささやかに嬉しいのだ。


 そんな俺の内面をつゆとも知らないクラスメートたちは休み時間の度に代わる代わるねぎらいの言葉をかけてきた。


「輪島、災難だったな。まだ半年も先の体育祭のために毎週時間とられるなんて」

「ううっ、輪島。すまねえ、俺たちのために……。お前の尊い犠牲は無駄にはしねえ」

「輪島、俺を大島さんと同じ競技にしてくれ」


「いやもうほんとまじで勘弁してくれーって感じだけど、まあ仕方ねーよ。引き受けちまったもんはどうしようもないからな」

 ちょっと格好つけてしまうのはご愛嬌だ。しかしいくら格好つけたところで「キャー」と言ってくれるファンはいないので、そこは脳内で補完しておく。ただ、隣のケンがしたり顔でにやにや笑っているのは本当に殴りたい。


 驚いたのは、俺が密かに目の敵にしているクラス一の秀才イケメン杉田までもが、たまたまトイレで横に並んだときに話しかけてきたことだった。


「輪島、今朝は悪かったな。なんかお前に押し付けてしまったみたいになってさ」

 俺はふいに話しかけられた動揺のために、パッと横の杉田の顔を見て、それから無意識に、そう、無意識にそのまま視線を下げて杉田の股間を目撃してしまった。


 こいつは本当につま先から頭のてっぺんまでイケメンなんだな。


 俺たちは用を足すと言葉少なに洗面台に並んで手を洗った。


「いや、そんな言うほど嫌じゃないから大丈夫だって。」

「そうか、さんきゅーな。俺が立候補すれば良かったんだろうけど、実は文化祭実行委員の方をやりたくってさ。」


 確かに才色兼備、文武両道といった四字熟語が制服を着て歩いてるという風情の杉田には、より華やかなイメージの文化祭実行委員の方が似合っている。だけどそれがなんだ。ミコリンがいる方が、俺の中のウィナーだ。


 6限目の終業チャイムが鳴り響くと、担任のしみっちゃんが短いホームルームで簡単な事務連絡をして、みんなは各々帰宅したり部活に向かったりするための準備を始める。


 教科書やら筆箱やらを指定カバンに無造作に突っ込んでいると、誰かが軽い足取りで俺の机の傍らに立った。同時にふわりと女の子らしい甘い石けんの香りが鼻先をかすめる。


「輪島君、体育準備室までいっしょに行こ?」


 スタッカートのように小さくはねる語尾が可愛い。

 軽いめまいを覚えつつ俺が顔を上げると、そこには天使ミコリンが立っていた。俺の大好きなあの笑顔で。


 うわー、うわー、ミコリンの席教室の入り口側の前の方なのに、わざわざ出席番号ラストで窓際後方の俺の席まで来てくれたんだー。


 些細なミコリンの優しさに俺の頭はもう真っ白だ。

「ワッキーさすがに気持ち悪いぜ」

 いちいち俺の病状を的確に分析してくれるケン君には頼むから黙っていてほしい。


「あのー、輪島君?」

 ミコリンまで俺の尋常ならざる様子に不安になってしまったのか、首をかしげて覗き込んでくる。これは直撃したらやばすぎる!


「いや、ごめん。体育祭のやつだよね?おっけい行こう!ケン今日は俺遅くなるかも知れないし先帰ってていいよ」

「おう、じゃーな、ワッキー」


 天使のキラキラ攻撃を間一髪回避した俺は、ケンの挨拶を背に勇ましく歩き出した。

 

 体育準備室はグラウンドに行きやすいよう一階に設けられているので、俺たち一年生の教室のある三階からはちょっと距離がある。その間もミコリンはニコニコしながら俺に話しかけてくれる。


「なんかさ、この組み合わせって珍しいよね。出席番号1番と30番の組み合わせ。席なんかほぼ点対称だもんねえ」


 さすがミコリン、さりげなく数学を盛り込んでくる話術スキルの高さには脱帽だ。俺は自分のクラスの座席表がX軸とY軸で区切られて脳裏に浮かんでくるのが見えた。ミコリンは阿部さんだから、『あいかわ』みたいな五十音順無双の名字がいないうちのクラスでは出席番号トップで右端最前列だ。逆に俺は輪島だから問答無用で出席番号ラストの左側後列の座席。つまり俺とミコリンの座席は45度の直線上にあって原点に対称なんだ。俺はその直線が赤い糸に思えて一人高ぶるのだった。


「だな。けどなんか阿部って目立つからあんま端っこにいる感じしないよな」

「えー、それもしかしてあたしの声が大きいってことかなあ?」


 リノリウムのきいた床に、二人分の上履きのこすれる音が響く。俺、憧れのミコリンといい感じで喋ってる。感動だ。


「そうかもね。阿部が日直で号令かけるときとか、俺居眠りしてても飛び起きるもんね」

「あはは!でも輪島君もマエケン君とセットで目立ってるよー。今朝の委員決めの時とか、夫婦漫才みたいで笑っちゃった」

「ブーーーッ!?」


 ミコリンの唐突な暴投に思わずむせこんでしまった。


「ちょ、ちょっと夫婦漫才って。俺たち夫婦どころか両方男だからね」

「え、あ、そっかあ。じゃあ友達漫才だねー、あはは!」


 天真爛漫なミコリンにタジタジだ。


「阿部はさあ、なんで体育祭実行委員やろうと思ったの?」

「うーん、あたしは体育も好きだし、お祭りも好きだからかな。それに輪島君となら普通に楽しそうだと思ったし。輪島くんは?なんで断らなかったの?」

「俺?俺も体育嫌いじゃないからかな」


 俺が急遽体育大好き男子に転向したところで、俺たちは目的の部屋に到着した。


「失礼しまーす」

 他のメンバーは大半が先輩であるはずなので、若干緊張しつつも挨拶とともにとびらを開ける。

 中には5、6名の生徒しかおらず、結構な広さのあるスペースはすかすかだ。でも黄色の上履きが俺たちだけというところを見ると、他の人たちはみんな年上なのだろう。


「君ら一年生だよね?今日は顔合わせだけだからまあ座ってよ」

 奥で机に腰掛けていた運動部っぽい上級生が振り向いて言った。窓から差し込む夕焼けが彼の焼けた肌に当たって黄金色に見せていた。小柄だけど全身が筋肉で引き締まっている。テニス部の田原先輩かな、となんとなく思った。クラスの女子が噂していたような気がする。


 やっぱり体育祭実行委員長はテニス部のエース、田原先輩その人だった。順繰りに自己紹介をしていって、その日の委員会は無事閉幕。来週からは種目に関して意見を出し合うという予定を共有して解散となった。

 

 俺は自転車通学のミコリンと下駄箱のところで別れた。また来週ね、と笑顔で手を振ってくれる姿を脳裏にぐりぐり焼き付ける。委員会は来週だけど、明日も同じクラスだから会うよ、ミコリン!


 校舎入り口から校門までは桜の木がずらりと植えられている。一ヶ月と少し前に満開の桜並木の下を新品の制服を身につけて歩いたことが昨日のことのようだ。今ではすっかり葉桜になって、その向こうのグラウンドで部活動に勤しむ運動部員たちがよく見えるが、俺の頭の中ではいまこそ盛りの八部咲きだ。ミコリンと過ごした時間の余韻に包まれて、俺はまだふわふわしていた。


 夢うつつのまま校門の目の前まで来て、俺は視界の右端に見知った人物が映り込んでいるのに気づいた。校舎の裏、中庭と呼ばれる場所にしゃがみ込んでいる人物。それは学年のマドンナ、藤宮寺エミリだった。


 あんなところで、なにやってるんだろ。


 俺はそちらに向き直ってみたが、藤宮寺の背中に隠れてその向こうはよく見えない。


 しかし、その少女のシルエットからふいに何かが飛び出した。その小さな黒いものは目にも止まらぬ速さで少女から離れたが、俺の視界から消える前に少し立ち止まった。その妙に光る一対の目が、俺を射抜く。


 あれは……、猫?


 俺は目をすがめてその影を追ったが、同時に藤宮寺が立ち上がったので慌てて前に向き返った。学園の話題の人物と接点など持てば面倒事に巻き込まれかねない。


 俺の今日一日のハイライトはミコリンとの委員会活動。それで十分だ。


*感想、誤字脱字のご指摘などございましたら何でもお寄せ下さい。お待ちしております!

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