今夜猫の日、猫の時間
「またお前か! 何度言ったらわかるんだ」
上司の怒号が室内に響く。これを聞くのは何度目だろうか。
大学を出てすぐ、憧れていた有名企業に入社したまでは良かったが、毎日ミスばかり。おまけに売り上げ成績は伸びず、毎日上司に雷を落とされる毎日だった。
「おい見ろよ。 佐藤のやつまた怒られてるぜ」
「馬鹿だよなあいつ。 実はわざとじゃないのか?」
周りにいる社員たちの目がチクチクと僕を刺す。
この会社に入ってからはどうも交友関係が上手くいかず、ついには孤立してしまった。
「今度やったら本当に知らんからな!」
上司の決め台詞と共に僕は長い説教から開放された。
その後は至って通常通り仕事をこなしていった。担当している客先へ足を運び、会社に戻れば書類をまとめ、コピーをとり、メールの確認。
丁度西日が差し込んで来た頃、終業のベルが鳴り出した。さて、今日は帰って久々にゲームでもしようかな。それとも・・・。
「佐藤、ちょっといいか?」
「はい?」
呼びかけたのは上司だった。明らかに午前中の態度とは違い、笑顔でこちらに視線を送っている。嫌な予感が漂う。
「実はだな、この資料を今日中にまとめて欲しいんだ。 今日の失敗を取り返すと思って頼まれてくれるか?」
「あっ、はい。わかりました」
「すまんな。じゃあ、よろしく頼むよ」
やってしまった。後悔の念が込み上げるがもう遅い。引き受けてしまった以上ちゃんとやって終わらそう。早くやって帰ればいいことだ。
ところが思った通りには行かなかった。途中パソコンがフリーズしてしまったり、見たことのないエラーメッセージに悪戦苦闘したりと作業は難航した。
作業開始から4時間。やっと終わった。 気づいたときには他の社員は誰もおらず、自分だけだった。同僚の女の子が「お疲れ様」とコーヒーを持ってきてくれるのではないかと淡い期待をしていたがそんな夢物語はなかった。今の自分ではなくて当然か。
会社を出て帰路に向かう。電車に乗り終点の2つ前の駅で降りる。そこから10分とぼとぼ歩くと、アパートが見えてくる。そこが僕の住まいだ。
家に入るや否や、僕は居間にうつ伏せで倒れこんだ。布団を敷くのも面倒だからこのまま寝てしまおう。いっそこのまま死んでもいいじゃないのか。もうなにもかもがどうでもよくなった。どうせ、明日も上司に怒られるんだろう。同僚には後ろ指を刺されるんだろう。いっそのこと本当に死んでしまおうかな。
「にゃあ」
僕の背中に何かが乗ってきた。りんごだな。
僕の家にはペットにメス猫のりんごが居る。大学生活が終わりに差し掛かってきた頃、たまたま公園で見つけた子猫を拾ってきたのだ。この頃に付き合っていた彼女と別れ、寂しい思いをしていたので心の穴を塞ぐためにと思って飼い始めた。住んでたアパートがペット可だったのも忘れてはいけない。
主人の帰りを待ちわびていたのだろう。 だが、今日はあいにくお前と遊んでられないんだ。頼むからこのまま寝かせてくれよ。
「にゃあ、にゃあ。 遊ぼうよ~」
聞き違いか。鳴き声とは違う声が聞こえたようだったが・・・。
「遊んでよ~」
驚いて僕は飛び起きた。
「痛い! いきなり起きないでよ 」
そこに居たのはかわいらしい少女だった。なぜか、黒のセーラー服を着ている。
「誰だお前。どこから入った」
「え? どこからって、ここが私の家なんじゃない。裕太の頭おかしくなちゃった?」
ますます訳がわからなくなってきた。なにかのドッキリなのだろうか。
「そんなことより裕太。 遊んでよ~」
女の子は僕に抱きついてくる。突然の女の子の感触に僕はどうしていいのかわからなくなったが、彼女の異常な温もりに心が和んでいく。
「まず、お前は誰なんだ」
ふと我に返った僕は彼女に言った。
「誰って、私だよ。 りんごだよ」
名前を聞いてさらに訳がわからなくなった。なんで猫のりんごが人間の姿をしているのだ? そうか、これはきっと夢なんだ。よくある夢なんだな。
そう思い僕は思いっきりほっぺたをつねる。 痛い。とても痛い。
「夢だと思ってるの? これは現実だよ。 私は今にも死にそうな裕太を癒すためにこんな格好になったんだよ。 今夜だけ特別なんだから」
「ところで、なんで黒のセーラー服なんだ」
落ち着きを取り戻すためどうでもいい質問を投げかけた。
「だって、裕太がいつも見てるエッチなビデオの人が着てるのと一緒の服装なら喜んでくれるかなと思って。 あ、ちゃんと隠し場所知ってるんだから」
僕が制服好きということをバッチリ見抜かれている。やはりこの子はりんごなのだろうか。あまり信じられないが、手で顔をこするしぐさを見ていると猫そのものにしか思えない。
「で、どうやって癒してくれるんだ」
今の状況を受け入れ難いが、僕は彼女の言う癒しに賭けることにした。痛みを感じる夢もあると何かで聞いたことがあった。きっとこれもそうなんだろう。飼い猫であろうが、可愛い女の子が癒してくれると言ってくれてるんだから悪いことはないだろう。
「じゃあ、これ持って」
おもむろに渡されたのは猫じゃらしだった。
「はい。 これで遊んで」
「遊んでって、いつもやってるじゃないか」
「いいの。 早く早く」
渡された猫じゃらしを僕はいつもりんごと遊ぶように振った。 すると彼女は猫と同じようにじゃれだした。 いつもやっていることと変わりはないのだが、猫ではなく、女の子がじゃれている姿はちょっと新鮮だった。
「猫じゃらし飽きた。 次はこれね」
と、持ってきたのはマタタビだった。
僕はまたさっきのようにマタタビを使う。
「ふにゃぁ~」
彼女は猫の如くマタタビに魅了される。やっぱりこの子はりんごなのか?
「マタタビも飽きた。 今度は裕太で遊ぶ~」
彼女は僕に抱きついてきた。あまり女の子に体勢がない僕はまたもどうしていいかわからない。とりあえず、彼女に身をゆだねることにした。
その後、のしかかられたり、また持ってきたマタタビを使ったりして彼女と遊んだ。そういえば、ここ最近りんごとこんなに遊んだのは久しぶりかもしれない。
「ちょっと元気でた?」
遊びつかれ床に座り込んだ彼女が僕に言う。
「まぁ、ちょっとは出たかな」
正直元気が出たというより疲れがさらに溜まったような気がした。
「よかった。帰って来たときの裕太の顔、本当に死にそうだったんだよ?」
「そうだったか?」
「でもよかった。 裕太が元気になってくれて。自殺なんてしちゃだめなんだからね。一人ぼっちはもう嫌なんだから」
そういえばそんなことも考えていたか。僕が死んだら誰がりんごの面倒を見るんだ。やはりまだ死ねないな。
「じゃあ、私はもうすぐ戻るね」
「え?」
「最初に言ったでしょ? 今夜だけの特別だって。もうすぐ朝が来るからね」
気がつくと日の出の時間までもう少しといったところを時計は指していた。
「じゃあ、最後のプレゼント!」
そう言った彼女は僕の唇に唇を重ねてきた。
「裕太、これからもよろしくね! バイバイ」
彼女は薄暗い廊下に走っていってしまった。僕はすぐさま追いかけていったが、そこには一匹の猫が「にゃあ」と鳴いていた。
あれは夢だったのか。ただ、徹夜で遊んでいたというのに体に疲れが溜まっていない。
「にゃあ」
りんごが僕のひざの上に乗ってきた。僕にはりんごという大切に思ってくれている猫が居る。
「ありがとう、りんご。 仕事頑張ってくるな」
昨晩の恩猫の頭をなで、僕は家を出た。
ご覧頂き、ありがとうございました。
会社と家の往復ばかりで、特に何もせずゲームばっかりやっていました。ある日、友人と飲みに行った際に、「お前の訳のわからん小説のようなもの。ここに投稿したらいいいんじゃないか?」 と、言われ初掲載させて頂きました。
頭の中に残っているストーリーを吐き出すまでは、頑張っていきたいです。宜しくお願いします。