第3章:月夜のキス《断章1》
【村雲夏姫】
私は自分の夢を諦めたくない。
親と進路をめぐる大喧嘩をして私は荷物をまとめて家出をした。
彼らに理解してもらえるとは思っていない。
パティシエになりたい。
お菓子作りが得意だから、と言う単純な理由じゃない。
私はスイーツが持つ特別な魅力が好きなの。
それは人を笑顔にさせること。
私自身、あまり笑うと言う事がないけども、美味しいスイーツを食べると笑顔になる。
そう言う人々の笑顔を与えられる職業、それがパティシエだ。
幼い頃から憧れてた夢。
それなのに、親から反対されて嫌になったの。
だけど、家を出て、どうすればいいのか分からなくなる。
どこにも行き場もなく、持っているお金もなくなり始めていた。
自分で言うのもなんだけども、私は無計画すぎるのかも。
そもそも、今回の家出も何とかなると甘い考えだった。
現実的に甘くないと感じ始めた家出から5日目。
夜行バスに乗り、東京までやってきた私は警察に補導されかけていた。
見た目が童顔のせいで中学生扱いされている事に腹が立つ。
私は怒りながらも、内心はどうすればいいか不安だったの。
こんなこと、経験もなくて……。
そんな私の前を通りすぎていく男と目があった。
お互いに予想していなかった相手だったので驚きの声をあげる。
私をその窮地から助けたのは私の兄、村雲明彦だった。
彼は大学進学でこの東京に出ていた。
どこに住んでいるか知らなかったけども、偶然にも再会してしまった。
その後は家出の事を問い詰められて彼の家に連れて行かれる。
翌日には両親と電話で家出理由を問い詰められて、ピンチになった私を明彦は説得してくれて、彼のおかげで私は2週間の時間をもらえた。
……彼と私はある時を境に仲がよくない。
それなのに、彼がここまでしてくれるなんてどうして?
アンタを“兄”として嫌うこの私に優しくすることなんてないのに。
……。
明彦の家で暮らし始めて2日目。
朝から彼に東京の街を案内してもらい大満足。
嫌なお店で揉めた事もあったけど、美味しいスイーツ専門店がたくさんあって、 何度も通いたいと思うくらいに本当に楽しかった。
やっぱり都会は違うわ。
私は真夜中に目が覚めて、時計を見てみる。
「んぅ。まだ3時か、眠い。……喉乾いた」
眠さはあるけど、私は水が飲みたくて立ち上がる。
「……ん?」
ふと視線を向けた窓から差し込む明かり。
今日は綺麗な満月で月明かりがとても魅力的だ。
あまりに綺麗なので思わず魅入ってしまう。
「月が綺麗でも星は見えず。都会じゃ他の中々、星は見えないね」
分かってはいたけども、都会は街全体が夜でも灯りにともされている。
夜でも人の通りも多いので、実家の街とは比べ物にならない。
さすが都会、と納得しながら私はベッドから起き上がった。
こっそりとドアをあけて水道の水を飲む。
「……ふぅ」
一息ついて私はリビングで眠る明彦に視線を向けた。
私が部屋を追いだしてからソファーをベッドのようにして眠っている。
ぐっすりと寝ているせいか、起きる気配はない。
「……アンタに感謝はしているのよ」
寝ているからこそ、私は彼にそう告げた。
起きてる時には言えない台詞。
「夢を諦めるな、自分の未来くらい自分で決めろ。確かにアンタの言うとおり。私は今度こそ自分で決めてやるわよ。……アンタなんかに言われなくてもね」
明彦の言葉はなぜかいつも胸に残る。
「それが、本気でムカつくのよ」
素直になれない、そう言われればそれまでな気がするけどね。
「小さな頃はブラコンレベルで慕っていた時期もあったのに」
それがとても懐かしく思えて私は苦笑する。
「あの頃は何も知らなかったものね」
だけど、今は違う。
私は知ってしまったの。
私と彼には“血縁関係”がないことを――。