第17章:お兄ちゃん《断章2》
【村雲夏姫】
幸せな時間ほど、失いたくないと思ってしまう。
時間よ、とまれって。
子供みたいなことを思う自分が少し恥ずかしいけれど。
でも、今の私にはそれが本音だった。
明彦と一緒に暮らせるのはあと今日を入れて2日。
明日にはもう電車で実家に帰るので、実際には今日1日しかない。
デートできるのは楽しみだけどね。
「……ふわぁ」
小さくあくびをすると、時計は8時過ぎ。
ベッドにはすでに明彦の姿は見当たらない。
「もう、起きてるのかな?」
私は起き上がると、お風呂場の方からシャワーの音が聞こえる。
「明彦?」
「ん。夏姫か。起きたのか」
「うん。リビングで待ってるね」
私は顔を洗い、キッチンで朝食を作りながら彼を待つ。
テレビを見ていると今日の天気は晴れ。
雨の心配はないみたい。
「せっかくのデートが雨だと嫌だもん」
明彦とのデートを楽しみにしている。
そう言えば、今日はどこに連れて行ってくれるのかな?
「……昨日は昨日で、アレだったからなぁ」
朱里さんの宣言があったり、小桃さんのお別れがあったり。
結局、明彦からはどこに行くとは聞いてない。
「今日でしばらく会えなくなるんだから、楽しまなくちゃ」
思いっきり甘えるんだって決めているの。
「よしっ、朝ごはん、できあがりっ」
昨日の余り物で作ってるから手間はかからない。
しばらくして、明彦がお風呂場から出てくる。
「待たせたな。おっ、もうご飯はできたのか」
「できたよ。早く食べて、今日はデート♪」
「そうだな」
明彦はなんだか考えるそぶりを見せる。
「……?」
よく分からないけども、明彦に任せようっと。
「ねぇ、明彦?これって、どういうこと?」
「たまにはいいだろ、こういうのも」
彼に連れてこられたのはショッピングモールだった。
なんか分からないけど、私は明彦についていくしかない。
「これって、なに?」
店内はすごい賑わい、たくさんの人がいる。
「夏姫はあまり人の多いところは苦手だって知ってるけど我慢してくれ。有名店のお菓子が集まるフェアがあるらしい。夏姫の好きそうな感じだなって思ってさ」
あちらこちらでいい匂いがする。
お菓子の甘い香り、すごくいい。
モール内に屋台のたくさんのお店が立ち並んでいた。
「あっ、あのシュークリームって関西のお店の奴じゃないの?」
「知ってるのか?」
「だって、名前だけならかなり有名なお店だし。食べたいなぁ」
「それじゃ並ぶか?」
私はさっそくそのお店のシュークリームを購入して食べることに。
お店の名前は知っていても、そんなに簡単に食べられない。
「美味しいっ。このクリーム、ホントにすごい」
思わず感嘆、こんなに美味しいシュークリームははじめてかも。
「夏姫が喜んでくれて何よりだ。お前とのデートってこういうのがいいかなって」
「うん、すごくいいよ。次はどのお店にいこうかな」
私はデートっぽく、彼の腕につかまりながら次々とお店を回っていく。
大きいものは明彦と半分ずつにして食べたりする。
こういうのって恋人っぽくていいよね。
「へぇ、エクレアって変わった形のものもあるんだな」
「細長くて変わってるよね。でも、美味しそう。食べる?」
「あぁ、少しだけな」
明彦は私に自由にさせてくれるので、こちらは遠慮なく動く。
お店を回ったり、パティシエさんとお話をしたり。
とても有意義な時間が過ぎていく。
「……それにしても、夏姫はよくお腹に入るな」
「お菓子は別だもんっ」
「楽しそうに食べている夏姫を見てるのはいいけど。俺はちょっと限界だ」
甘いものは男の子ってそんなに食べられない。
「美味しいのにもったいない。今度はあのお店のマドレーヌにしようかな」
そんな感じで私は思う存分にこのひと時を楽しんでいた。
モールを出てから私たちは適当に繁華街を歩く。
彼の腕に寄り添いながら、アクセサリーとかを眺める。
「明彦、ありがとう。さっきのはかなりグッドチョイスだったよ」
「喜んでくれて何より。ホントにお菓子が好きなんだな」
「大好き。パティシエというお仕事もだけど、お菓子が好きなの」
スイーツには無限の可能性がある。
いつか誰にも真似できない美味しいスイーツを作れるパティシエになるのが夢なの。
「……ねぇ、明彦。この2週間、明彦のおかげで私はすっごく充実していたよ。明彦の事が好きだって気持ちも知れたし、明彦の優しさも知ることができた」
「この2週間で夏姫がずいぶんと変わったことに驚きだ。でも、お前の夢の実現はホントに応援しているから。必ず、夢をかなえてくれ」
「うんっ。頑張るよ」
あの日、明彦に出会えていなかったら、私はこの都会でどうなっていたんだろう?
……なんて考えてみるけれど、結果は同じだったのかもしれない。
なんだかんだで私は明彦を頼ってしまったに違いない。
今のように恋人関係になれたかどうかは別としてね。
明彦は私の特別な存在。
兄としてではなく、恋人として。
これから待つ試練を一緒に乗り越えていきたいんだ。
「このアクセサリー、夏姫に似合いそうだな。どうだ?」
ブレスレット、赤と青の綺麗な石がついているデザインのものだ。
あまりアクセはつけない主義だけど、それはとても気に入った。
「可愛くて私は好き」
「よし。なら、これを買ってやる」
「いいの?」
「プレゼントくらいさせてくれよ」
明彦からのプレゼントは嬉しくて、私は思わず顔がにやけそうになる。
「あ、ありがとう。大事にするねっ」
「おぅ。これからはそういうものにも興味を持ってもらいたいし」
私はプレゼントしてもらったブレスレットをさっそく腕につけてみる。
「可愛いブレスレット……似合う?」
「あぁ。よく似合っているよ」
些細なことが楽しくて、嬉しくて、喜びに、幸せに変わる。
明彦と恋人になって知ったこと。
恋って気持ちは自分の心を満たしてくれるものだってこと。
大好きな明彦と一緒にいることが幸せ。
明彦とすごす時間のひとつひとつが私の想い出。
「……もっと、明彦と一緒にいたいよ」
私は腕に寄り添う力を強くする。
離れたくない。
もっと一緒にいたいと思ってしまう。
限られた時間、残された時間はあとわずか。
まだ私たちのデートは終わらない――。




