第17章:お兄ちゃん《断章1》
【村雲明彦】
「むぅ……」
俺の態度に不満なのか唸る夏姫。
「そんな顔をするなよ。」
自室に戻り、お風呂に上がってきた俺を夏姫は拗ねた口調で責める。
彼女が部屋にいた時に、俺が先に風呂に入っただけなのだが。
出てきた俺を真っ先に夏姫は責めてきた。
「もうっ、一緒にお風呂に入りたかったのに。一人で入るのはずるい」
「だから、それは勘弁してくれ」
妹として、恋人として。
どちらの立場だろうが、夏姫と一緒にお風呂というシチュは俺にとって試練でしかない。
「ほら、夏姫もさっさとお風呂に入ってこい」
「はーい。あっ、まだ寝ちゃダメだからね?寝るのは一緒じゃないとダメなんだから!」
「……はいはい、分かったよ」
ちょっと諦めが入りながらも俺は言葉を返した。
一緒に寝るのも数日目でようやく、少しずつ慣れてきたのだが……。
夏姫がお風呂場に入ったのを確認して、俺は小さい声でつぶやく。
「そろそろ、俺も耐えられるか自信ない」
問題はひとつだ。
俺は別に夏姫を避けてるわけではないし、彼女が嫌いなわけではない。
むしろ、夏姫は大好きな女の子であり、いられることなら、お風呂だってベッド だって一緒に同じ時間を過ごすことを望んでいる。
ただ、それはあくまでも、俺の望みであり、現実的ではない。
「こういうとき、俺と夏姫がただの男と女の子ではないことを恨むな」
兄と妹、世間的な目と現実を考えてしまう。
変なところで真面目な自分に少し呆れた。
夏姫はそういうことをおかまいなしに、自分の思うがままに行動する。
「無自覚なのも困ってるよ。俺も自分に素直になりたい」
もう、あと少し……理性のギリギリで頑張ってるところだ。
いつ手をだしてしまうのか、それが怖いけど。
明日のデートを終えたら、明後日は夏姫も実家へと戻る。
それが寂しくないというわけじゃないが、とりあえず、妹という立場の今、彼女に手を出すのは本当にまずいことなのだ。
だが、そんな俺の心の葛藤を知らずか、わざとか夏姫は俺を翻弄する。
まったく持って、手を出したい相手に手を出せないのは辛いものだぞ。
「それにしても、アイツも甘えたがりだな」
昔からそうだったけれど、ここ数年はすっかりと忘れていた感覚。
ほんの数日前までは顔を見れば言い合う、そんな関係だったのだから。
「夏姫は可愛いよなぁ……」
夏姫を好意の対象として見始めてから気づいたことがある。
俺は夏姫の素直だった時期、つまり中学の初めの頃の彼女しか知らないということ。
それからは顔を見合わせては喧嘩、お互いに避けていた時期もある。
だからなのか、夏姫がずいぶんと見た目的に成長していたのだと気付き始めた。
今も童顔ではあるけれど、昔よりも女の子らしさを感じる。
可愛さという意味では、本当に彼女は可愛くなった。
「成長してるってことなのか。一部をのぞいて」
残念ながらスタイルの方は……たいして変わったようには感じない。
本人が気にしているので絶対に目の前では言えないけどさ。
個人的な要望としてはもう少しだけ夏姫には頑張ってもらいたいものだ。
「たった数年だけど、本当に女の子は変わるものだな」
中学から高校にかけての数年は女の子はめまぐるしく成長する。
そんなことを19歳で実感するのもアレなのだが。
「これから、夏姫がどうなっていくのか楽しみだな」
そんなことを思いながら俺は手元の携帯電話を手にする。
「さぁて、と。明日のことも考えますか」
適当に検索をはじめて、俺はデートプランを考え始めていた。
俺にとっては『デート』という意味合いで遊びに行くのはほとんど経験がない。
「デートねぇ……。どういうところに行こうかな」
デートのイメージを考えてみる。
一緒に買い物……デートの定番で、一番普通だよな。
でも、夏姫の場合は洋服やアクセサリーなどよりも、スイーツが大好きだ。
つまり、今までとたいして変わらないのでこの案は却下。
「うーん。映画でも見に行くか?」
一緒に映画……やめておこう。
考える前に却下する、だって……夏姫は映画館が苦手なのだ。
ああ見えて、夏姫は人見知りをするタイプだ。
実際に友達も少ないし、強気に見えておとなしい子でもある。
「人が過度に多いところは苦手だって言ってたからな」
ただし、今もそうだとは言い切れないので確認くらいはしておいた方がいいかもしれん。
「あー、どうしよう。何か案はないのか」
夏姫がお風呂から出てくる前に何か手を考えないと。
俺は適当に携帯で検索をかけていくと、あるところに気がついた。
「……おっ、これは?」
ふむふむ、なるほど……。
これなら、夏姫も気にいるかもしれない。
いや、でもなぁ……。
「あれぇ、何を見てるの?」
いろいろと考えていると、夏姫の声にハッとする。
お風呂上がりの彼女はパジャマ姿に着替えていた。
まだ濡れた髪をタオルで拭きながら俺の方に近づいてくる。
「なんでもないよ」
俺はそっと携帯を隠そうとするが、それを夏姫に見つかる。
「待って、今、何を隠したの」
「え?い、いや、たいしたことでは」
「……怪しい。まさか、朱里さんとこそこそ連絡を取り合ってるとか」
なぜかそんなことを疑われてしまった。
朱里と連絡なんて取り合っていないっての。
それどころか、アイツにはどんな顔をして会えばいいのか悩んでるし。
「違うって、そんなのじゃない」
「だったら、何を見てたの?見せてよ」
「待て、落ち着くんだ、俺は何も怪しいことをしてるわけでは」
だからと言って、明日のデートプランを見られるもマズイ。
こういうのは驚かせた方がいいからな。
黙っておくことにしよう。
「なんでもないから気にするな」
「なんでもないなら、見せてくれてもいいじゃん。ていっ」
夏姫が俺の上に乗りかかって、携帯電話を奪おうとしてくる。
「怪しいことをしないの。ほら、見せなさい」
「怪しくはないが……見られては困るっていうか、あっ」
ふにょんっと俺の手が夏姫のお腹に触れる。
くすぐったそうに「んっ」と色っぽい声をあげる彼女。
やばい、不用意に触れると変なところを触ってしまう体勢だ。
特にお風呂あがりというだけあって、シャンプーの匂いや濡れた髪やら男の俺には刺激的だというのに……さらに密着されると、俺、大ピンチ。
「今がチャンスっ」
「……あっ、しまった」
「ふふっ。携帯ゲット。何を見てたのかな?」
俺がためらう隙に夏姫に奪われてしまう。
まぁ、いいか。
適当に操作したので、目的のページの画面ではないはず。
夏姫はゆっくりと携帯の画面を見て……なぜか顔を赤らめた。
「……あ、明彦のエッチ!」
「ぐはっ!?」
だが、いきなりの夏姫のパンチに俺はソファーからひっくり返る。
痛い、落ちた時の方が痛いけど……なぜに?
「な、何をするんだ!?」
「それは私のセリフだよ。明彦ってば、な、何を見てるのよ」
「え?何をって?」
俺は突きつけられた携帯の画面を直視する。
そこには18歳未満の子には見せられないよ的なサイトの画面が……。
「ま、待て、それは……えー、なんで?」
いや、俺も健全な男だからこういうサイトも見ますけどね。
さすがに夏姫がいる前でみるわけがない。
適当に操作してお気に入りのサイトを呼び出してしまったらしい。
俺は自分の運のなさとタイミングの悪さに嘆く。
当然のことながら、それを見た夏姫は不機嫌になるわけで。
「明彦がエッチなのは知ってるけど、堂々とそういうサイトを見ないで!!」
「ご、誤解だ、これは……誤解なんだよ?」
「うるさい~っ。言い訳禁止!」
ソファーの上においてあるクッションを投げつけてくる。
危機回避したつもりが思わぬ展開に……ぐはっ!?
「うぅ~っ。そういうの、私がいるんだから見ないでよ」
「だから、俺もそういうつもりはなくて。これは操作ミスというか、アクシデントだ」
「でも、そんなサイトをお気に入りサイトに入れてるのは認めるよね?」
拗ねる夏姫に深々と頭を下げて「すみません」と謝るしかない俺。
「仕方ないじゃないか、俺だって男の子だから」
「開き直るなぁ!」
その夜はずっと夏姫のご機嫌取りに必死になるしかなかった。
おかげで、夏姫の要望で普段はしない腕枕なんてするはめに。
夏姫の可愛い寝顔を傍目で見られるのはいいんだけどさ。
……寝相の悪い彼女と同じ朝を迎えるのは心配なのだ。




