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第2章:兄と妹の関係《断章1》

【村雲明彦】


 パティシエになりたいという夢を持つ妹の夏姫。

 彼女が親と意見が衝突して家出をした。

 その夏姫が落ち着いて色々と考えるために2週間だけ俺のマンションの部屋に滞在させるということになった。


「……何で、アンタが私に協力なんてしてくれるわけ?」


 ふたり暮らしが嫌だと騒いでた夏姫がようやく落ち着いた。

 昨日、買ったプリンを食べながら彼女は俺に問う。


「別に、深い理由があるというわけじゃない。あえて言うなら兄妹だから?」

「?がついてる時点でどうなのよ」

「と、言われてもな。お前自身が分かっている通りに俺達って特別に仲のいい兄妹じゃない。どこにでもある普通に仲が悪い兄妹だ」


 顔を見合わせれば口喧嘩する間柄、どこの兄妹でも同じだろう。

 ただ、だからこそ兄妹として何かしてやりたい時もある。


「俺は夏姫の将来は自分で決めろと言いたいだけだ」

「私が決める……?」


 夏姫はそう声に出して呟く。

 彼女は今、決断の時に来ているのだ。


「人間ってのは都合が悪くなると誰かのせいにしたがるんだよ。例えば、世の中が悪いのは政治家のせいだ、自分の今が悪いのは親のせいだ。誰かのせいにして、自分は何も悪くないという不満をどこかにぶつけてしまう」

「思い通りにいかないと誰だって嫌でしょ」

「そうだ。誰かが悪いんじゃない、自分が悪いとは思えないんだろう。それが人の弱さ。今のお前にはパティシエになりたいと言う夢がある。けれど、その夢は親と言う壁によって果たせずにいる。お前がもし、このまま夢を諦めたらどうする?」

「一生をかけて親を憎むわ。私の人生の邪魔をするなってね」


 そう、誰かが不満を抱くと大抵は誰か別の人間のせいにするのだ。

 思い通りにいかない世の中で、諦めると言う事は自分の決断だ。


「その夢を自らの意思で諦めたのなら諦めがつく。けれど、今のお前はそうじゃない。お前はこれから大人になってもずっと思い続けるぜ。こんなはずじゃなかったと思った時に、夢を邪魔した親を恨む。アイツらのせいだってな」

「……それの何が悪いの?」

「恨む前になぜ、最後まで抵抗しなかったとは思わないのか?」

「それは……だって、最初から理解なんてしてくれないじゃないっ!」


 後悔はいくらしたって時間は戻らない。

 人の決断はその時、その時にこそ意味がある。


「今のお前はまだ後悔するには早すぎるって言ってるんだよ。親を説得するなり、色々と自分で考えて行動しろ。誰のせいでもない、自分の責任でも物事を考えろ。自分の将来の道筋くらい誰かのせいにするな」


 いい大人になって後悔して、親のせいで夢を諦めたなんて文句は通用しない。


「やれることをやりきった後でなら言えるが、今のお前はそれをしていない。だからこそ、やれる時に精一杯のことをして欲しいって話だよ」


 俺は厳しい口調で言うと彼女は頬を膨らませる。


「な、何よ、真面目な顔をして。そんなのアンタのキャラじゃないじゃん」

「……俺はそう考えているだけだ。別にお前のこれからの人生、どうなるかなんて知らないけどな。家出して、自分の人生諦めるよりもするべき事があるだろ」


 夏姫は俺の言葉を受け取り、考えているようだ。

 これから先、どうするかは彼女次第。


「……ふんっ」


 彼女は拗ねると食べ終わったスプーンと容器を片付ける。


「アンタに説教なんてされなくたって……頑張るわよ」

「そうか。それなら、この2週間を無駄にせずに頑張れ」

「あのさ、そう言う事を言うって事はアンタはホントに自分の事を後悔してないの?」

「してないよ。悩んで出した俺の答えだ。親とか関係なく、自分で決めた」


 俺の決断、それは大学進学の時の問題だった。

 受験失敗により、俺には二つの選択ができた。

 ひとつは親が反対する、浪人を経ての第1志望の大学への挑戦。

 もうひとつは滑り止めで受かっていたランクの下がる大学への進学だ。

 どちらが俺の未来にとっていいのか悩んだ末に俺は大学進学を決断した。

 無理をしてでも第1志望の一流大学を目指す、そういう人間もいるだろう。

 どうしてもそこに入りたい、強い意志があるのなら何浪だってする人もいる。

 それはそれでその人が決めたことだ、俺は違った、それだけのこと。


「何か、アンタっていつのまにか大人になってるね」

「そりゃどうも。で、前から気になってたんだが、アンタって言うのはやめろ。俺はお前の兄なわけだし。いい加減、兄と呼べ」

「嫌だ。アンタなんてアンタで十分でしょ。どうしてもって言うなら、明彦でいい?」

「……年下の妹に呼び捨てされるのは非常に不愉快だが、お前の性格的に無理か」


 お兄ちゃんと呼べと言って呼ぶ可愛げのある妹ではない。

 せめて、兄と呼んでくれと言いたいが、ここが妥協のしどころだろう。


「それでいい。せめて、さん付けしてくれ」

「アンタなんて、明彦でいいの」

「……頬をつねってやろうか?ったく、何でこんな生意気なんだろうね」


 俺は呆れながらもこれが俺と夏姫の兄妹関係なのだと諦めた。

 いくら言った所でこいつに変える意思がないのなら呼び名は変わらない。


「まぁいい。好きにしろ。それじゃ、これからの生活の事を話そうじゃないか」


 俺は再び椅子に座る夏姫に話す。


「これがこの部屋の合鍵だ。基本的にあるものは使って構わない。鍵を閉めて出かけるのも許可する。ただし、危ない真似はするなよ」

「……明彦は大学生でしょ。普段は大学なの?」

「あぁ、基本的には夕方までは大学。その後はバイトで遅くま帰る事はない。平日だと大体、夜の11時過ぎがいつもの帰宅時間だ」


 特に、最近はアルバイト先にも人が少ないので、シフト通りにいかず、いつもよりも帰る時間が遅いのが現状だった。

 妹のために、シフト変更させてくれと店長に頼んでも、泣きつかれるだけで無理だろうと安易に予想できる。


「ふーん。そうなんだ?休日はどうなの?」

「土日はバイトもいれていない。平日は水曜日以外、アルバイトだ」

「なんで?水曜日は何かあるの?」

「大学生の事情……色々と大学の付き合いがあるんだよ」


 友人が行う合コンがこの水曜日辺りに集中しているとは妹には言えない。

 いわゆる大人の事情って奴で誤魔化しておく。


「そっか。大体、分かった。私は適当にしてる」

「ちゃんと自分の未来を考える時間だって分かってるか?」

「分かってるってば。無駄にはしないよ」


 学校を休んでまで作っている時間だ。

 東京で遊んで暮らして終わり、だと強制的に家へと送り出すことになる。

 この僅かな時間は彼女には自分の将来を決断する大変な時間でもある。


「ねぇ、明彦?言いにくいんだけど、お金の話。ちょっと相談したいことが……」


 彼女は言いづらそうに、俺に自分の財布を見せた。


「なんだよ?」


 俺はそれを受け取り、中を確認すると予想通りの金額が入っている。


「あー、全部で1255円。これでどうするつもりだったんだ?帰りのお金すら入ってないじゃないか。マジでどうしようもないな」


 背水の陣も良い所、もはや帰るためのお金すらない。

 通帳のカードもないようだし、本気で追い込まれてたようだ。


「……そ、それは、何とかなるって思ってたのよ。最初は数万円くらいあったけど、東京に出てきて、ホテルに泊まったりしてなくなったわ」

「計画性がないにもほどがある。大体、家出した人間がホテルなんて泊まるか?ネットカフェとか、安めのところを利用するだろ」

「だって、今の時代、女の子が安全に泊まれる場所って限られているのよ。私は未成年でもあるし、今はネカフェも身分証明もあるでしょ」


 それくらいの覚悟を持って家出したわけじゃないのか?


「……東京に出てきて、どうにかなると思うなよ。まったく」


 俺はここから逃亡するには少ない金額だけ補充してやる。

 

「えーっ、たったの5000円?」

「十分だろ。これだけあれば当分は何かするなりできる」

「こんなの1日、2日でなくなるよ」

「お前はどれだけいい生活をするつもりだ!?とりあえず、無駄遣いはするな」


 夏姫には家出をする覚悟がないからそもそも向いていない。

 良くも悪くも、家から出る事が少ない世間を知らないお嬢さまなのだ。


「甘やかされて育ってるお嬢様くせに」


 金銭感覚も疎い、節約とか考えた事もないんだろうな。


「これでいいや。ありがとう。追加はいつの予定?」

「なくなってから言え。お前に大金を渡すと逃亡するかもしれないからな」

「たかがちょっとお金で住みかを出て行くほどバカじゃないわよ。私だって実際に出てお金の大切さを知ったもの。お金って大事だね」

「当たり前のことを言うな。自分で稼いでみれば大切さが分かる」


 これも両親が言ってたことだが、本当に夏姫は社会を甘く見ている。

 親が心配するのもよく分かるよ。


「……明彦だって実家にいた頃は同じようなものだったくせに」

「この半年で俺も学んだんだよ。アルバイトもして稼いでる」


 人間、自分で金を稼いでみて大切さを分かる。

 その経験がない子供はすぐに無駄使いをするのだ。

 

「それじゃ、お昼御飯をかねてこの辺りを案内してよ?繁華街の場所とか確認しておきたいの。ほら、さっさと準備して」


 そう言って彼女は部屋と戻る。

 ここに連れてきた昨日よりは顔色もいい。

 少しは元気が出たと見るべきか。

 

「ったく、どこまでも生意気な妹だ」


 それでも、俺にとっては妹であり、家族なのだ。

 

「……夏姫がここにいる間くらいは面倒をみて、兄貴らしい事でもしてやるか」


 これ以上、問題が大きく広がらないためにも逃亡と言う選択肢は排除させよう。

 アイツがこれから先の事を考えるためにもな。

 何だかんだで俺も一人の兄だったと言う事だろうか。

 困った妹を助けてやる、それは別に特別なことではない。


「……ていうか、アイツ、俺と一緒にいる時は全部、俺に奢らせる気じゃないか」


 俺は自分の財布の中身を確認しながら、小さくため息をついていた。

 今月のアルバイト分くらいは赤字になりそうだ。


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