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第15章:明日への翼《断章3》

【村雲夏姫】


 今日は小桃さんのお店でお世話になる最後の日。

 いつものお昼の時間にお店を訪れる。

 他のパティシエさんに挨拶をして、私は小桃さんに声をかけた。


「小桃さん、こんにちは」

「夏姫ちゃん。今日は最後なんだっけ?貴方がいなくなると寂しくなるわね」

「お世話になりました。いい経験をさせてもらいましたから」


 このお店でお世話になったおかげで私の夢にグッと近づけたもの。


「夏姫ちゃんがまたこっちに来るのを楽しみにしてるわ。専門学校に入ったら、うちにきてね。今度はアルバイトとして雇ってあげるから。それじゃ、今日は最後だし、いろいろと教えてあげるわ」


 こうして彼女に教えてもらうのも今日が最後だと思うと寂しい。

 でも、何とか親を説得して、私はここに戻ってきたいな。

 せっかくお店の人達とも仲良くなれたんだもの。


「あの、小桃さん。聞いてもいいですか?」

「何かな?夏姫ちゃん?」


 私はミルフィーユの生地を作りながら、小桃さんに尋ねる。

 それは昨日から気になっていたことだ。


「悠さんの件はどうするんですか?」


 初恋の相手の結婚式のウエディングケーキを作る。

 そんなお仕事の依頼をされた彼女は昨日、すごく落ち込んでいた。

 今日は昨日とは違い、いつもの雰囲気に戻ってるので不思議に感じたの。


「あー、そのことか。いろいろと昨日、考えたの」


 生地をこねる手を止めて彼女は苦笑いをする。


「初恋自体、自分でも諦めていたの。悠ちゃんは私を好きじゃなかったってね。でも、心のどこかでまだ諦められていなかったのかな」

「……初恋だから仕方ないじゃないですか」


 すぐに諦められるほどの小さな想いじゃない。

 初めての恋だもん。

 誰だって、最初の恋は色々と引きずる。


「だけど、昨日、いろいろと考えて私の中で気持ちの整理ができたかな。だから、今はすっきりとした気持ちで、向き合えている。これは私にしかできなことなんだって」

「小桃さん……」

「それに、断っても何か事態が進展するわけでもない。それなら、最後くらい綺麗な思い出のままでいたいじゃない。そのためにも私はケーキを作るわ」


 お菓子は想いを込めて作るもの。

 その意味では、小桃さんが一番適任で、それを悠さんも望んでいる。


「このケーキは私じゃないとできない。だから、彼のために、作りたいって思えたの」


 彼女は強いと私は思ったの。


「プロのパティシエとして、とびっきり美味しくて見た目の綺麗なのを作るわ。これは職人としての腕前を見せるチャンスね」


 前向きに考える彼女の発言。

 私なら、無理かな……。

 初恋相手の幸せを願うために。

 自分じゃない相手を祝福なんてできそうにないから。


「というわけで、私の事は気にしなくていいから。心配かけてごめんね?」


 小桃さんの強さ、私には真似できない。


「頑張ってください」

「うん、頑張る。さぁて、続きを始めよっか。ミルフィーユはパイ生地を重ねていくんだけど、コツがあるの。それは……」


 パティシエとしての矜持と誇り。

 食べてくれる人の事を考えて作るということ。

 その事を改めて私は実感させられたの。





 私がミルフィーユの焼き上がりを待っていた。

 小桃さんはお仕事中なので邪魔をしないように作業を見つめる。

 こんなにも近くで本物のパティシエを見られるのはいい経験だもん。

 これが最後だから、と私はジッと見つめていた。

 

「あれ?夏姫さん?」

「はい?」


 他のパティシエさんが私の姿に気づくと驚いた声をあげる。


「お兄さんがお店の方に来ていたから夏姫さんが相手をしてたって思ってたのに」

「はい?兄って、明彦が来てるんですか?」


 何度か明彦もこのお店に来てるので、顔を覚えていたらしい。

 彼女の話では明彦がお店のカフェスペースにいるらしい。

 

「女の子と楽しそうに笑っていたから、てっきり夏姫さんかなって……?」

「お、女の子と?」


 まさか、女の子って……?

 思い当たるのは一人しかいない。

 私は小桃さんに断りをいれてから、お店の方へと出る。


「あっ、明彦だ」


 カフェスペースでケーキを食べながら話をする明彦。

 そして、彼の前にいる女性は……私にとっては因縁の相手(勝手に自分が思ってる)。

 そう、朱里さんが笑いながら明彦とケーキを食べていた。


「んー、美味しい。さすが、人のおごりのケーキは美味しいよね?」

「そうかい。まぁ、存分に食べてくれ」


 明彦はコーヒーを飲みながら朱里さんにそう答える。

 デート風に見えるのは気のせいじゃない。

 ていうか、私に声もかけず、何をやってるの?


「明彦っ!」

「夏姫か。ようやく、来たな?」

「は?」

「さっき、この店に来る時にメールをしていおいただろ?」


 言われて初めて携帯電話を見ると、確かにメールが来ていた。


『4時半ごろにお店に行くから。朱里も一緒だけど、変な誤解をしないように』


 うぐっ……これは私のミスだってこと?

 朱里さんも一緒だとメールには書かれているので、怒れない。

 私は文句を言おうとしていただけに、複雑な気持ちになる。


「何で朱里さんが一緒なの?」

「アッキーが私と一緒にケーキを食べたいって言ってくれたの」

「……何ですって?」

「い、言ってないし。待て、夏姫。だから、変な誤解をするな」


 朱里さんはメロンSPと呼ばれる人気のケーキを食べている。


「美味しいよ、ケーキ。アッキーも食べれば?夏姫さんも一緒に食べる?」


 私をからかうような口調で言うの。

 この余裕は大人の余裕って奴なんですか?


「……遠慮しておきます」

「今日はアッキーが私に借りを返しているだけだから気にしないでいいんだよ?」

「借りってなんです?」

「それは、ひ・み・つ♪」

 

 何か気になる発言をさらっとされた。

 もうっ、ホントに私はこの人が苦手だ。

 掴みどころのない相手と言う感じ。


「ねぇ、アッキー。明日は暇?暇なら私とデートでもする?」

「なぁっ!?あ、明日はダメぇ!」


 明日は私と明彦がデートする日なんだからぁ!

 勝手に変な事を言いださないで!

 明彦もちゃんとそれは分かってくれているようで、


「明日はダメだな。夏姫との先約があるんだ」

「えー?そうなの?それじゃ、来週でいいや。私には時間はいつでもあるもの」


 にこっと笑いながら言う彼女。

 ……ね、狙われている、私の明彦がこの人に狙われてる!?

 やっぱり、朱里さんって明彦の事が好きなんでしょ?

 むぅ、不安だよ。


「ねぇ、明彦。ちょっと、小桃さんに挨拶でもしてきなさいよ」

「はい?あぁ、店長さんにか。そうだな、それは必要だろうな」

「ほら、早く行く。妹がお世話になってたんだから兄として行ってきなさい」

「それを自分で言うなよ。ていうか、何か夏姫が怖いし。えっと……」


 彼は朱里さんを見ると彼女は気にするそぶりもなく、


「いってらっしゃい」


 と私の方に視線を向けて言ったの。


「……俺、お邪魔っすか?」


 彼なりに空気を読んだらしい。

 明彦は小さくため息をつきながら、


「そう言う事なら行ってくるけど、店で騒ぐなよ。夏姫」

「騒がないし。そこまで子供じゃないってば」

「はいはい。それじゃ」


 明彦をカフェスペースから追い出して私と朱里さんは向き合う。

 初めて会った時から、明彦抜きで話をする機会はなかった。


「アッキーを追い出してどうしたの?私とお話がしたいのかな?」

「えぇ、ぜひしたいです」

「そうなんだぁ?いいよ、私も夏姫さんに言いたい事もあるし」


 紅茶のカップを口づけながら彼女はゆっくりと私の瞳を見た。

 とても真っすぐな瞳をしている。


「前から興味があったんだよね」

「私に対してですか?」

「そりゃ、そうでしょ。アッキーが好きな女の子なんだもん」


 朱里さんは明彦をどう思ってるのか。

 朱里さんが何を考えているのか。

 私はそれが知りたいの。

 そして、私は彼女と初めて本音をぶつけあうことに――。


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