第15章:明日への翼《断章2》
【村雲明彦】
「恋に悩むなんて、夏姫さんも案外可愛い所があるじゃない」
朱里は「初恋は大変だもんね」とくすっと笑った。
大学の講義中、俺たちはいつものように隣同士の席に座っていた。
俺がそれとなく女心を知るために朱里に事情を話した。
夏姫が恋に悩んだりすることもあるんだ、と。
「夏姫も女の子だってことかな」
「女の子だから、恋をする?それは違うなぁ。男の子だって恋はする、けれど、男の子は恋に悩んだりする所をあんまり見せないし」
「男のプライドがあるからか」
「というより、恋に悩む男なんて見ていても楽しくないじゃない?むしろ、気持ち悪い。恋に悩んで、うだうだとヘタレる男も嫌い。ヘタレな男に魅力を感じる女の子は少ないわ。個人的にヘタレな男の子は苦手ね」
おー、ばっさりと切り捨てる言い方をするな。
全国で恋に悩める男が泣くぞ。
「アッキーは……まぁ、頑張ってるヘタレだから認めてあげるけど」
「誰が頑張ってるヘタレだ。ヘタレ言うな」
「あははっ。冗談だよ、アッキーはヘタレじゃない。だって、ちゃんと夏姫ちゃんの想いを受け入れたじゃない。それはヘタレさんには簡単にできないことだもの」
あんまりヘタレを連呼されると悲しくなる。
俺は断じてヘタレではないぞ(男のプライド)。
朱里は口元に指先をそっとあてながら微笑する。
「女の子は恋をして可愛くなれる。恋に悩めるのは女の子だけの特権でしょ?」
「言うねぇ。朱里も恋に悩んだりするわけだ」
「……悩んでも、意味がない事を知ってるけどね。恋に悩み、苦しんでも報われるとは限らない。だけど、どんなに苦しくても、やめられないのが恋なんだよ」
少しだけ気まずそうに視線をそらす彼女は教授の方を向く。
うーむ……やっぱり、朱里は俺の事を、好きだったんじゃないのかな、と自惚れてると分かっていながらも思うことがある。
この子の場合は冗談か本気がよく分からないし、俺も普段通りに対応しているのだが。
告白もどきをされた事も、冗談ですませているからこそ今の関係を続けているわけだ。
恋愛に限らず、男女の友情関係とは微妙なバランスが必要なのだな。
「……」
「……」
少しの沈黙、互いにノートに黒板の文字を書き写す。
先に口を開いたのは朱里だった。
「アッキーは恋をしてる?」
「まぁ、それなりに」
「義妹と恋をする、それって背徳感が楽しめそうだよね」
「……背徳感とかないだろ?俺と夏姫は……言葉は悪いが他人同士だ。妹として愛しているわけじゃないし、禁じられた恋というわけでもない」
夏姫がどう思ってるのか知らないが、俺達は兄妹同士の恋愛ではないと思っている。
実際に夏姫は俺の事を「お兄ちゃん」なんて呼ばない。
アイツから兄扱いされたのは数年前が最後だからな。
それゆえに、俺も下手な事を意識せずに夏姫と付き合えているわけだが。
「なるほどねぇ。もったいない。兄妹の背徳感に酔いしれる恋の方が楽しめるでしょ」
「少女漫画の読みすぎだ。現実の恋にそんなものはありません」
「えーっ。つまらない。妹なのに手を出しちゃったっとか、そんな気持ちはないの?」
世間的に見れば、俺と夏姫の関係は声を大きくしているものではない。
両親だって認めてくれるかどうかは微妙なことだ。
それでも俺達が恋をしている現実は変わらない。
「俺は妹だから夏姫を好きになったわけじゃない」
「妹シチュが恋の要因ではないと言い切れる?」
「ずっと傍にいたと言う意味では微妙だけど、少なくとも、俺達の関係が恋に繋がったわけじゃないから。だから、兄妹で恋をしたとかじゃない」
大事なの俺と夏姫の気持ち、兄妹だからどうとかは関係ない。
夏姫はどう思っているかは分からないけども、俺はそう考えている。
「ふーん。妹萌えの危ない趣味ではないんだ」
「違います。ていうか、朱里は俺をシスコンにしたいのか」
「ううん。そういうわけじゃないけども。そっか。それなら……」
彼女は薄い桃色の唇をとがらせながら俺に囁く。
「浮気とか、してみたいと思わない?」
「は、はぁ!?い、いきなり何だ!?」
「アッキー。声が大きいよ?」
「すまん……って、そうじゃなくて。はい?」
混乱気味に呟く俺を彼女は笑う。
「もうっ、アッキーってホントに面白いよ。あははっ」
「笑うな。いきなり真顔で変な発言をした朱里のせいだ」
「別に?私は浮気とか、興味あるのって聞いただけ」
「それが問題だ!……誰が浮気などするか」
俺は夏姫が好きで他の子に心が移ることはない。
それだけは断言してもいいね。
「しないの?浮気?」
「何を当たり前みたいな顔をして言うかね、朱里は」
「してみたいとかは思わない?」
「思いません。付き合い始めてまだ数日で浮気ってどれだけ浮気性なんだよ」
それなら最初から付き合ってないっての。
「ふーん。しないんだ、浮気。例えば、私とならどう?」
「……の、ノーコメントでお願いします」
待て、朱里!?
それはどういう意味ですか?
意味深過ぎて、反応しづらいわ!?
朱里には告白もどきのせいで今でも微妙に触れづらい話題がある。
それをさらっと自分から言い出してくるあたり……俺はどうすればいいのやら。
「つまらないの」
「つまらないでいい。俺は平穏な生活が欲しいんだ」
「刺激な毎日はいらない、と?」
そっと朱里が悪戯っぽい表情を浮かべながら俺の手に触れてくる。
女の子の手の感触ってどうして心地いいんだろう。
……って、だから、俺には夏姫がいるんだってば!!
「やめいっ、変な真似をしないでくれ」
「うわぁ、ひどい。私の想いを踏みにじるのね、アッキー」
「面白半分で事態を混乱させようとするなぁ!?」
「あははっ。アッキーってからかうと面白いんだもん。まぁ、アッキーに浮気心が芽生えたら私が相手をしてあげてもいいよ?」
さらっと問題発言をされて、俺は固まる。
朱里ってどこが本気で、どれが冗談なのだろう?
俺、マジで戸惑うんですが。
「あっ、そうだ。今日、この後のご都合は?」
もうすぐ講義が終わるのを時計で確認しながら、
「俺はバイトがあるけど。それまでに少しは時間があるぞ」
「だったら、ケーキを食べに行こうよ。アッキーのおごりの話、忘れていないよね?」
「……了解。そう言う事なら付き合うよ」
朱里との約束を果たすために俺は頷く。
まさか、朱里がとんでもない企みを抱いているとも知らずに――。




