第13章:愛のケーキ《断章3》
【村雲夏姫】
小桃さんの初恋の相手、幼馴染の悠さんがお店に来店した。
そして、彼女に衝撃の言葉を告げる。
「実は俺、恋人と結婚することになったんだ」
「え?」
小桃さんが動揺するのを私は傍目に見ているだけしかできない。
そんな彼女の様子に気づいていないのか、悠さんは照れくさそうに言う。
「俺も海外に行く事になったら、彼女との関係も形にしておこうと決めたんだよ」
「へぇ、プロポーズしたんだ?受け入れてくれたの」
「……あぁ。婚姻届はまだだけど、今月中にはすませるつもりだ」
「ふーん。よかったじゃない、おめでとう。悠ちゃん」
精一杯の平静をよそおう小桃さん。
その横顔は何か辛いものを我慢しているように見えたの。
「おめでとうございます、悠さん」
「夏姫ちゃんもありがと。高校時代から付き合ってる恋人がいてね、彼女と結婚することになったんだ。ここまで長かったけどな」
「サッカー選手としても生活が安定してきたんだもの。良い時期なんじゃない?」
悠さんは嬉しそうに笑いながら、
「結婚式も半年後に日取りを決めている最中なんだ。それでさ、小桃さんに頼みたい事があって、今日はここに来たんだよ」
「頼みたいこと?」
「結婚式の時に小桃さんにケーキを作って欲しい」
小桃さんはパティシエなんだから頼まれる事もある。
だからって、初恋の人の結婚式にケーキを作ってなんて……。
「……ウェディングケーキ?」
「そう。ダメかな?小桃さんに頼みたいんだけど」
「悠ちゃんのお父さんに頼めばいいじゃない」
「うちの親父には頼めないだろ。それに俺は小桃さんだから、頼みたいっていうか。まぁ、仕事も忙しいだろうし、ダメって言うなら仕方ないけどな」
「……少しだけ考えさせてくれない?」
「いいよ。こっちもまだプランを立てている所だから」
小桃さんは頷くけれども、顔色は曇ったままだった。
そして、悠さんは「また来るよ」と言ってお店を立ち去って行く。
ふたりっきりになった事務所は静まり返っていた。
小桃さんは俯いたまま何を言わない。
私も何も言えずに、時計の針がゆっくりと進んでいく。
本当に長く感じた10分後、部屋をノックする音が聞こえた。
「姉さん?小桃姉さん、いる?」
ドアを開けると、そこにいたのは小桃さんの妹の凛子さんだった。
慌てた様子でここにきたみたい。
「あら、凛子ちゃん?どうしたの、そんなに息を切らせて?」
「何がどうしたの、よ。さっき、悠クンから連絡をもらったの」
「あぁ、結婚の話ね?私もさっき聞いたわ」
もしかしたら、凛子さんは小桃さんを心配してお店にまできたのかもしれない。
「夏姫さんもこんにちは」
「こんにちは。今日は留衣ちゃんは……?」
「あの子はお母さんに預けてきたの。それよりも、姉さん。悠クンの結婚式のウエディングケーキを頼まれって本当なの?」
そうか、その話を彼から聞いたから凛子さんも心配になったんだ。
「ただいま、検討中よ」
「……悠クンは姉さんの想いに気づいていないから、そんな事を頼んだりするの。姉さんが悠クンを想っているっていうのに、なんてひどい」
「ひどくなんてない。悠ちゃんは私をそれだけ慕って、信頼してくれている証拠じゃない。彼はお父さんじゃなくて、プロのパティシエとしての仕事を私に頼んできたの」
「小桃さん……」
辛そうな顔を見せて言うからこそ、私や凛子さんは心配になる。
「夏姫ちゃんも変な所に居合わせて悪いわね。これは私の問題よ。ウェディングケーキは初めてじゃないし。夏姫ちゃんも、凛子ちゃんも気にしないでいいから。私ができそうなら引き受けるし、ダメそうなら断る。ただ、それだけの話だもの」
少し一人になりたいと、私と凛子さんは部屋から出ることにした。
とりあえず、キッチンで作りかけのケーキを作ることする。
「あとはデコレーションだけ?私もお手伝いしてもいいかな」
と言うワケで、凛子さんもお手伝いをしてくれる。
凛子さんは小桃さんのお手伝いをする事はあるけども、自分では作らないみたい。
私はケーキにデコレーションをしながら尋ねる。
「悠さんと小桃さんってどういう関係だったんですか?」
「仲のいい幼馴染だったの。悠ちゃんだって、小桃姉さんに惹かれていたもの。姉と弟みたいな居心地のいい関係だった。けれど、高校生の時にアルバイト先で悠ちゃんは恋人ができて……姉さん自身、自分の恋心に気づいたのはその時じゃないかな」
好きな人を好きだと気づいたのが、相手に恋人が出来てからじゃ遅すぎる。
生クリームを使いデコレーションは終了、ケーキは綺麗にできた。
ちなみに今日のケーキは食べきれる小さなもののために、凛子さんと食べる。
小桃さんも誘ったけど、「凛子ちゃん達で食べて」とだけ小さく返答があっただけ。
「やっぱり、ショックだよね……」
もうすぐお店がまた忙しくなるので邪魔しないようにふたりでキッチンの端の方でティータイムにする。
私が作ったケーキを口に入れると凛子さんは褒めてくれた。
「美味しいね。夏姫さんってパティシエになりたいだけあって、ケーキを作るのも本当に上手なんだ。美味しいよ」
「ありがとうございます。小桃さんに教えてもらったんですよ」
「……姉さんも昔からお菓子作りが好きで、今の職業についたから。小さい頃から、私や悠クンのためにお菓子を作ってくれたわ」
私は以前に小桃さんから言われた言葉を思い出していた。
『自分の作ったお菓子を食べてくれる人が喜んでくれたら嬉しいわよね』
『食べる人の事を考えて作る。その心が大事なんだよ』
小桃さんにとって、食べてくれる相手と言うのが悠さんと凛子さんだったんだ。
私も明彦が美味しいって、喜んでくれたら嬉しいもん。
「まさか、悠クンの結婚式のウェディングケーキを作る事になるなんて、姉さんも思ってなかったでしょうね。そんな事を知らずに頼む、悠クンも悠クンだけど」
「凛子さんは結婚の話は聞いてたんですか?」
「ちょっと前にね。悠クンとは旦那が友達同士で今でも月に数回会ってるから。近いうちに姉さんにも報告しに行きたいって言ってたの」
それで昨日、このお店にきたんだ。
「というか、私の旦那は悠クンのお嫁さんの弟だし」
「それじゃ、親戚関係なんですか」
「一応ね。私の旦那もサッカー選手なんだ」
意外な事実、というか、凛子さんも立場的に困るだろう。
妹として、小桃さんの事を凛子さんは心配している。
「悠クンに恋人ができた時に、小桃姉さんも一時期落ち込んでいた時期があったの。でも、頑張って乗り越えて、パティシエとして仕事に没頭して、未だに次の恋もしていない。……姉さんにとっても、今回の事は試練なのかも」
「試練ですか?」
「うん。失恋をふっきるために、姉さんが悠クン達のウェディングケーキを作るってこと。心の整理ができないと、姉さんも次の恋愛なんてできないし。前に進めないのはダメ。さすがにあの年齢で恋人もいないのは……妹として心配だもの」
さり気に凛子さんって毒があるっていうか。
……う、ううん、心配なだけだけだよね?
「ウェディングケーキは私の時も作ってくれたのよ。愛情を形にしたケーキだって」
「思い出に残る大切なケーキですからね」
「それゆえに、想いを吹っ切るためにも必要なこと。いい機会だわ」
小桃さん……どうするのかな?
私は気になりながらも、心の中で応援することしかできなかったの。