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第1章:妹と暮らす?《断章3》

【村雲明彦】


 朝から騒がしかったが、それも落ち着いて家族会議の時間になった。


「まさにオンライン会議風」


 カッコいい事を言ってみたかっただけで、ただの携帯電話での会話による家族会議だ。

 リビングに不機嫌な雰囲気が漂う。

 夏姫は無理やり椅子に座らせて、携帯電話を妹に握らせた。


「夏姫に変わって欲しいって」


 電話の向こうには父さんと母さんが夏姫との会話を望んでいた。

 今回の家で騒動は二人にとっても衝撃的だったらしくすごく心配していたのだ。


『夏姫、何でこんな事をしたの?』

「それを話してどうなるの?私は何度も言ったのに、話を聞いてくれなかった。だから、そんな家なら出て行ってやると思って家を出たのよ」

『もしかして、大学の件?それはちゃんと話し合って決めたことじゃない』

「話しあって!?最初から結果ありきで無理やり決めたくせにっ!!」


 言い争うふたり、理由は進路を含めた事なのだろうか?

 俺はこっそりと彼女の背後で俺自身の携帯電話で父さんと会話する。

 父さんも今回の件には怒ると言うより動揺してる様子だ。


「……どういう事なんだ?」

『夏姫がお嬢さま学校に通ってるのは知っているな?』

「あぁ、私立の有名どころだろ?それが何か?」


 中高一体の私立高校で、金持ちお嬢さまの集まる学校だ。

 俺達の父親は大手企業ではないとはいえ、それなりの規模を誇る会社の社長である。

 それゆえに、普段の暮らしにも何の不自由もない。


『実は僕達の強い勧めで、ある大学の推薦を受けさせようとした。女子大であり、あの学校からも卒業生が多く通う大学だ』

「まぁ、名前くらいは聞いたことがある大学だな」


 別に女子高に通っていたら、女子大へと進む事は特別なことではない。

 むしろ、普通の流れのようなものだ。


『それが受験前になって、このありさまだ。もうすぐ、受験だと言うのに。今になっていきなり嫌だと文句を言うなんて。話し合って決めたはずなのに我が侭を言うなと叱ったら、次の日には家出をしていたわけだ』


 父さんもその一言に責任を感じているのだろうか。

 いつもよりも声も大人しい気がする。

 そりゃ、夏姫が我が侭姫だとはいえ、こんな風になる事は初めてだからな。

 目の前では母さんと言い争いを過熱させていく夏姫。


「私には私のやりたいこと、夢があるの!それを邪魔しないでっ」

『……やりたいことって、お菓子職人になるってこと?子供じゃないんだから、いつまでもそんな夢なんて見てないで。現実を見なさい』

「パティシエになるのが私の小さな頃からの夢だったの。それを勝手に一流企業に入ってOLになれって言われても嫌に決まってるでしょ」


 夢と現実、この選択肢はかなり重要なことだ。

 夢を追い続けるのも人生、妥協して現実を求めるのも人生。

 どちらを選んでもいいが、そこは“自己責任”にすべきだと思う。

 自分で決めた事じゃないと、何かあっても納得なんてできないんだ。


「……父さん、これは夏姫に選ばせる問題じゃないか?下手に決めつけると一生、アイツは後悔して文句を言い続けるぞ?」

『とはいえ、僕もぱてぃ何とかには反対だ。そんなよく分からない職業よりも夏姫には普通の職業について欲しいと考えている』

「パティシエ。お菓子職人か。悪い夢じゃないと俺は思うよ。あの子の人生、好きなようにやらせてあげるわけにはいかないのか?」

『好きなように?あの子はまだ子供で社会と言うものをまるで分かっていない。現実など甘くはない。これから先、あの子の人生を幸せに過ごして欲しいと思うのは僕らの願いだ。それに間違ないなどない』


 父さんたちの言い分も分からなくもない。

 しっかりとした職に就くのも大事だ。

 しかし、彼らはパティシエなどの職業を軽視している部分がある。

 俺も居酒屋でバイトをする時も文句を言われたからな。

 そんな事をするくらいならもっと勉強をしろ、とか。

 俺にとっては人生経験を高める上でも接客業はいい経験なんだけどさ。


『母さんが僕に代われと言っている。悪いがこちらの電話は切るぞ』

「了解。あんまり言いすぎないようにしてくれ。一応、アイツはある程度の覚悟を持って家を出た。それを忘れないでくれよ」


 俺は電話を切ると、夏姫の隣に戻る。

 不機嫌度はMAX、これは大荒れになる気配だ。

 

「……占いの結果がここで出やがった」


 父さんへと電話を代わった事により、夏姫はさらに怒りをエスカレートさせる。


「何が自分の未来をもっと考えろよっ!私だって考えての結果だってのに、どうして理解してくれないわけ?人が資料を請求したら、見せる前にゴミ箱に捨てたり、初めから私の未来なんて考えてもくれないわけ!?」

『考えている。だからこそ、そのような不安定な職業よりもお前には普通の職について欲しいと思うんだ。何なら、うちの会社でもいい。それの何が不満だ?』

「私にやりたい事があるのっ。それを勝手に決めないで。勝手に決めるなら私はもう二度とそっちに戻ったりしない。私を理解してくれないなら、もういい。さよなら」


 彼女は乱暴に電話を切る。

 そして、俺の方を睨みつけた。


「……やっぱり、最低だ。うちの親は私の事なんて微塵も考えてない。私の夢をバカにして、何なのよ。あの人達の言う素晴らしい未来って何?ワケが分からないわ」


 これまでも実家では相当、その話題で衝突してきたらしい。

 大学入試と言う現実味を帯び始めて、夏姫も焦っているのだ。

 パティシエになりたいと言う夢を諦めたくない。

 夢を挑戦する前から諦めることなどしたくはないだろう。

 誰だって子供の頃は夢くらいは持っていたものだ。

 それがあまりにも現実的ではないと諦めることもよくある話。

 実際に夢を現実に出来る人間がこの世の中にどれほどいるか。


「……もういい。話しあいなんて意味がない」

「そんな事を言わずにお前の口から説得してみろよ。話して分からない人間じゃない。相手は親だぞ?話あえば理解しあえるはずだ」

「はぁっ?あんなの相手にするわけないじゃんっ。そもそも、お嬢さま学校だって行きたくて行ったわけじゃないしっ。あんな女ばかりの息が詰まる場所に押し込められたのも、あの人達のせいだ。理解しようとしない人間にいくら何を言っても無駄っ」


 今回の事に相当、頭に来ているようだ。

 夏姫は怒りを隠さずにぶつけてくる。

 俺は何とかしようと妹を説得する。


「将来のことなんだ。もっとよく話し合えよ。そうしなきゃお前が後悔する」

「何を偉そうに言うの?アンタだって、そうじゃないっ。ずっと目指していた1流大学を受験したのに落ちて、浪人するのが世間的にカッコ悪いからって、親に無理やり、滑り止めで受かってた2流大学に通わされているじゃない。そんな奴が人の事をどうこう言わないでよっ!……あっ」


 そこまで言って口元を押さえる夏姫。

 言いすぎだと珍しく反省したのか、俯き加減だ。

 

「ごめん。今のは普通に私が悪かったわ」

「別に。それが事実だしな。だが、勘違いするなよ。俺は確かに1流大学に入れず、今の大学に妥協して入ったのは事実だ。けれど、俺は後悔はしていない。自分で決めたんだよ、俺の意思で、この大学に入ると決めた」

 

 あのまま、浪人して目指す道もあった。

 それをやめて、今の大学に通うことを決めたのは親の事もあるが、最終的には自分の意思で決めたことで、後悔はない。

 あるとするのなら、受かることができなかった自分自身に対しての悔しさだけだ。

 夢を抱いても破れる事もあるが、挑戦した事は無意味ではない。


「……私だって自分で決めた。なりたい夢がある、それを望んで何が悪いの?」

「悪くはない。夏姫が自分の人生をどう生きたいか。そう決めた道があるのなら、それを貫けばいいさ。俺は別に反対はしない」


 夏姫は「反対しないんだ?」と何だか意外そうに呟いて、部屋へと戻っていく。

 俺は切れた電話の続きを話し合うために母さんの携帯にかける。

 向こうも思わぬ夏姫の反抗に驚きを受けていた。


『そんな夢が夏姫が家出してまで決めた事なの?』

「そうみたいだ。彼女は自分の人生は自分で決めたいと言っている。受け入れられないなら、家を出て行くってさ。まったく、極端過ぎる。母さん達もそうだ。ちゃんと娘の言う事くらい真剣に受け止めてやってくれよ」

『そう言われても、あの子の未来のためを思って私達は言ってるのよ?』


 これは平行線、どこかで誰かが歩み寄らないと近づけない。

 夢を追い続ける夏姫、現実を見て欲しいと願う両親。

 どちらが正しいと俺は言えないけれど、ここはひとつある提案をしてみた。


「2週間くらいでいい。時間をあげてあげられないか?考える時間をあげて欲しい」


 俺が夏姫のために何かしてやる気持ちなんてなかった。

 生意気な妹にどうこうする気もないが、それでも……こいつは俺の妹だ。

 どんなに生意気で可愛くなくても、困ってる妹を見捨てるわけには兄としてはいけない。


「これ以上、心配させないように夏姫はうちで預かるからさ」

『そんなの無理よ。学校だって休むことになるし、あの子の我が侭に……』

「夏姫のこれからの人生の話だよ、母さん。どんな未来を選ぶのであれ、自分で決めさせてやりたい。時間をあげてくれないか。そうじゃないと、きっとあの子は俺達の前から姿を消す。今度こそ、確実に……いなくなるかもしれない」


 一度、彼女が家を出て行ったという事実が母さんにもショックだったはずだ。

 しばらく考えていて、父さんと話し合った結果は……。


『分かったわ。その代わりに、答えが出たら家に戻ること。これが条件よ』

「あぁ。必ずそうさせるから……」

『……明彦、貴方が夏姫をそこまで気にかけてあげるなんて思わなかったわ』


 俺は苦笑しながら母さんに答えていた。


「――俺もだよ。全く持って、何でわざわざ面倒をしょい込むかな」


 それでも、俺には後悔などない。

 俺が彼女をしばらく預かると決めた。

 押しつけられたわけじゃない、自分が決めた事ならある程度は受け入れる。

 俺はその事を夏姫に告げるために部屋へと向かう。

 拗ねてベッドに寝転がる彼女。

 まだ怒りがおさまらないのか、「出て行ってやる」とか「もう二度と会わない」とか声に出して怒りを見せていた。

 かわいそうに俺のまくらが犠牲になって、叩かれ続けていた。

 これは提案した譲歩案が正解かもしれない。


「おい、家出娘。金もないのに次はどこへ行くつもりだ?」

「どこかに行くわ。気にしなくても、アンタにはこれ以上、迷惑はかけない」

「……そう自暴自棄になるな。母さんに話はつけておいた。2週間だけ、受験までにお前に考える時間をあげる、とさ。その間はどこにも行くな。ここにいろ」

「は?何を今さら……私は考える時間なんていらないっ!」


 声を荒げる妹に、俺は落ち着いた声で言うんだ。


「誰も言葉通りに受け止めろとは言ってない。母さん達にはそう告げたが、逆を考えろ。その2週間で相手を説得する事もできるはずだ。お前の人生、お前の意思で決めるのが一番いいんだ。なりたいものがあるなら、貫けばいい」


 今、両親と夏姫に必要なのは考える時間なのだ。

 自分のこれからの人生がかかっているんだ、ギリギリまで考えて何が悪い?


「……それ、アンタがあの人達に言ってくれたの?」

「お前みたいな妹を家に置いておくのは不満だが、家出されてどこかで事件に巻き込まれるのも兄として気分がいいものでもない」

「って、アンタと一緒に2週間もふたりだけで暮らすの!?」

「驚くのはそこかよ……別に気にするなよ。兄妹だし」


 夏姫は両手で自分の顔を押さえながら、顔を真っ赤にさせていた。


「そ、そんなの無理~っ!?」

「……それは俺のセリフだっての」

「やだ、無理。ホント、ありえないしっ」


 期間限定で妹との二人暮らしをする事になった。

 色々と言いたいことはあるが、仕方ないと思う。

 それが夏姫にとって有意義な時間になるのなら……。


「こんな変態と一緒なんて無理だって。襲われたらどうするのよ!?」

……こいつ、ホントに家から追い出してやろうか?

「どうせ襲うのならもっとお淑やかで可愛い子にするから心配するな」

「……それはそれでムカつく」


 だから、どっちなんだよ。

 妹の我がままに振り回される2週間が始まろうとしていた。


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