第13章:愛のケーキ《断章1》
【村雲明彦】
夏姫に告白をした翌日。
俺は大学の昼休憩にオープンテラスにいた朱里に声をかけた。
「よぅ、朱里」
朱里からは告白もどきを受けた事を思い出す。
昨日の今日だ、少し緊張はするが……。
「今から、昼食か?」
「あっ、アッキーだ。そうだよ、今日はお手軽なサンドイッチにしてみました」
既に食事を終えていた俺は前の席に座ると、朱里に問う。
こういう事は勢いで言った方が良いよな。
「あのな、朱里。昨日の事なんだけどさ」
「そう言えば、アッキーと夏姫さんは無事に結ばれたわけ?」
「それは……まぁ、それなりにうまくはいったけど」
「そっか。よかったじゃない。これで、アッキーにも無事に恋人ができたわけだ」
朱里は気にする事もなく笑顔で答える。
告白もどきをされた俺としてはその辺が気になる所だったのだが。
朱里の反応はいつもと何も変わらないものだった。
「えっと、朱里?」
「昨日の事なら気にしなくていいよ?別に雰囲気でしただけ」
「はい?」
「だって、アッキーってばヘタレてたから。私が後押しをしてあげただけ」
待て、待ってくれ。
だとしたら、あの頬にキスは?
「……あ、あのですね。例の件は?」
「チュー?」
「ストレートに言われると照れるぞ」
「あははっ。あんなの冗談に決まってるし。アッキーは私にとって恋愛対象外。最初から最後まで、男の子として興味はありません」
ガーンッ。
はっきりと言われたら言われたでものすごく傷ついた。
「え、あ、あの、朱里?でも、キス……」
「今時、キスくらいで、反応するなんてアッキーってば純情だね?」
「ノー!?俺の純情を弄んでいたのか、朱里」
「あははっ。アッキーの反応が面白かったからね。でも、そのおかげで覚悟は決まったでしょ?私のおかげで夏姫さんに告白できたんだから感謝してよね」
そう言われると、何も文句など言えず。
昨夜のキスはからかわれていたのか。
「美人女子大生に男の純情を弄ばれたわ」
「……アッキー、今何歳よ。その程度で弄ばれてどうするの」
「ひどいっ」
思いっきり、実は朱里も俺の事を……なんていう勘違いをしてました。
ちくしょー、女の子って……女の子って……。
「朱里には感謝してるけどさ」
「だったら、そのお礼に私に缶の紅茶を買ってきて。喉が渇いたの」
「うぐっ。はい、おごらさせていただきます」
昨日の事に関しては感謝の言葉しかないわけで。
缶紅茶ひとつですむなら、何も言えない。
「ありがとう、アッキー。たまには人助けして見るものね」
「男の純情を弄ばない方向でお願いします」
「えー?ただのキスだけで何を期待してるの?」
「うぉー、最近の女の子って……女に夢を見過ぎな男が悪いのか」
大学生にもなって、キスひとつでどうこう反応してしまうのが悪いのか。
そうだよな、朱里だって過去には恋愛でいろいろあったみたいだし。
「なぁに?アッキー?もしかして、本気にした?私ラブ?」
「な、な、何を言ってるのだ。冗談だって分かってましたよ?」
「ホントかなぁ?それとも、今からでもキスしたい?」
にやけた顔を近づけてくる朱里。
薄桃色の唇を尖らせながら、
「夏姫さんがいるのに浮気するの?チュー?」
「しません、しないから。こっちに顔を近づけないで!?」
「あははっ。冗談に決まってるじゃん。照れて可愛いねぇ、アッキー」
完全にからかわれていたようだ。
「あんな状況だったら本気だって思うじゃんかよ」
「本気だったかもしれないよ」
「どっちなんだよ」
「さぁ?どちらでしょう?」
ケラケラと笑う彼女には俺は肩をすくめて、
「朱里はネタで人様にキスする乙女なのね」
「……アッキーは女の子に夢を見過ぎだと思うの」
「はっきりと言わんといて」
女の子って不思議な生き物だ。
結局、俺ってば遊ばれただけなのか。
ガックリとうなだれながら俺は缶紅茶を買いに自販機へと向かう。
「アッキー。私達は友達だよ。だから、何も変わらないんだってば」
「……友達、か。いい意味でも悪い意味でも、俺と朱里は友達ってことか」
「そーいうこと。それじゃ、紅茶はレモンティーでお願いね」
「はいはい。分かりましたよ」
俺は仕方なく席を立つ。
「……はぁ、さっさと行ってくるか」
朱里が気にしていない様子なのはホッとしたが、からかわれていただけとは……。
いや、どうなんだろう?
朱里の話を聞いた時、あの子なりに恋愛にはトラウマがあるのは分かった。
「……複雑で謎の多い乙女心は理解できないな」
女の子って本気なのか冗談なのか。
その境がよく分からないから怖いわ。




