第11章:嫉妬する妹《断章1》
【村雲夏姫】
思わぬ展開、到来。
家に帰った私を待っていたのは、朱里という明彦の友人だった。
「どうして、朱里さんが家にいるんですか?」
女友達というけれど、見た目はすごく美人だし、スタイルもいい。
明彦自身も夢に見るほど気に入っている相手。
「どうしてもアッキーが私の料理を食べたいって言うからね」
「夏姫もとりあえず、座れって」
「うん……って座れるかぁ!?」
私はいきなり目の前に現れた敵に対して、
「そこは私の居場所なんです。取らないでくださいっ!」
「あ、アッキー。私、食べられそうなんだけど」
「夏姫、クマさんみたいな威嚇はやめれ」
軽く震える彼女は料理をする手を止めずに、
「もうすぐ完成です」
「おー、ついに朱里の手料理が……」
「アッキーに食べさせる日が来るなんてね」
「噂によると朱里は料理は上手だと聞いてるぞ」
明彦ってば楽しそうに朱里さんと会話をしている。
「むぅ、料理なんていつも作ってあげてるのに、その子の料理が食べたいの?」
私は不満たっぷりに彼らを睨みつける。
ちょっと前の私なら文句の一つでも言えたけど。
今、私は明彦に嫌われたくないから……我慢する。
「今日は『エビとホタテのマリネ』『オニオングラタンスープ』『サーモンのムニエル』。フランス料理仕立てにしてみました」
「へぇ、ホントに料理が上手なんだな?」
テーブルに並ぶ料理はどれも美味しそうに見える。
綺麗で色鮮やかな料理の数々。
「へぇ、フランス料理も作れるんだ?」
「本を見たら誰でもできるよ。ここにあったから作ってみたの」
「あー。それは私が用意してた本なのに!?」
明彦のために用意してたのレシピ本だったのに。
……簡単なものばかりだけども。
不満だらけの夕食、私達は険悪な雰囲気のまま食事を始める。
「それじゃ、朱里。いただきます」
「……いただきます」
料理を食べて……正直、悔しいと思った。
美味しい、それもすごく美味しい。
「どう?」
「美味しいな。このマリネも、スープもいい味だぞ。ムニエルも食べたことない味がする。これだけおいしいモノが作れるとは正直、驚きました」
「夏姫さんは?美味しい?」
「……美味しいです」
わ、私だって……頑張れば、このくらい作れるもん。
何か格の違いを見せつけられた感が半端ない。
明彦が食事の後片付けの皿洗いをしている。
「……朱里さん、どういうつもりですか」
私はテーブルで朱里さんに向き合いながら、本題を切り出す。
「明彦と付き合ってるんですか?」
「そうだとしたら、妹である夏姫さんに関係があるの?」
「あります。大ありです」
「アッキーと夏姫さんって兄妹でしょ?それなのに、どう関係あるって言うの?」
朱里さんの口調は悪戯する子供のような感じ。
本当に付き合ってるのかどうか、口調からは分からない。
「私達は血が繋がってないです。だから、問題はありません」
「あれぇ?血が繋がらない兄妹って結婚できたっけ?」
「法律上はできます。……そんなことより、朱里さんは明彦をどう思ってるんですか?」
彼女が本当に付き合っていると言うの?
「私がアッキーを好きかどうかってこと?」
「そうです。それが大事でしょう?」
「さぁ、どうでしょう?アッキーからはよく告白されてるけどね?私と付き合って欲しいって……私、アッキーから好かれてるみたいだし」
「え……?」
私は洗い物をしている明彦を睨みつける。
何で、そんな事を言うの?
こちらと目が合うと彼は気まずそうに皿に視線を戻した。
私じゃない……好きな人がいるの?
「普段は男前のクール系なくせに。何度も告白されたらびっくりだよ」
明彦が好きな人が朱里さんだってこと?
目の前が真っ暗になるほどにショックを受ける。
「夏姫さんって、ホントにアッキーが好きなんだ?」
「……好きです」
いつの間にか明彦が私の傍にいる。
「好きだよ、明彦?私を選んでくれるんだよね?こんな知らない人じゃないよね?」
不安に押しつぶされてしまいそうになる。
「好きか嫌いか。恋をしているか、恋をしていないか。それはアッキーが決めること。それがすべてってことでしょ?」
朱里さんは私を見つめてくすっと唇の端をあげる。
そんなのウソだよ、信じないもん。
「……明彦、嘘だよね?嘘だって……ひっく……言ってよ」
私は明彦に抱きつくと、涙がこぼれてくる。
「あ~あ、泣いちゃった。アッキー。どうする?」
「俺は……」
「まだ分からないの?自分の気持ち……?」
明彦は何も言わずに私の事に戸惑っているだけ。
「私は……明彦が本気で好きなのに……」
「……っ……」
彼は触れようとするのを迷う、そんな表情だった。
「何か……言ってよ?」
「女の子にこれだけ言わせて、何も言わない男の子はいないよね?」
「朱里さん?」
「くすっ。ごめんね、ちょっと意地悪しすぎたかな?」
朱里さんは微笑を浮かべている。
「どういうことなの、明彦?」
返事の代わりにふわっと私は彼に抱きしめられる。
「あき、ひこ?」
「……ごめん、夏姫。ちょっとだけ待ってくれ。……答えは出たからもういいよ、朱里」
「はいはい。まったく、答えを出すのが遅いのよ」
いきなり帰り支度を始める朱里さん。
「明彦?朱里さん?」
「悪い、少しだけ時間が欲しい。すぐに戻ってくるから」
「というわけらしいよ?まったく、茶番もいいところだよね?」
「え?え?ど、どういうこと?」
戸惑い、ワケの分からない私は焦るだけ。
「夏姫。全部、あとで話すから……」
そう言ってふたりは家から出て行ってしまう。
「何なの?」
残された私は?と思うことしかできなくて。
「……どういうこと?」
朱里さんは明彦の恋人じゃないの?
私は涙をぬぐいながら、考えても意味が分からない。
でも、分かっている事は一つだけ。
「待ってるよ、明彦……」
明彦が待ってろって言ったんだから、大人しく待ってることにする。
答えが出た、そう言っていていた彼を……信じたいの。
「もしかして、朱里さんって……?」
私を嫉妬させて楽しんでたわけじゃないのかもしれない。
大人しく彼が戻ってくるのを私は待つことにしたの。




