第10章:好きすぎて《断章1》
【村雲明彦】
ただ今の時刻は深夜の1時過ぎ。
明日は大学があるので早めに寝たいのだが……。
「明彦、まだ起きてる?寝てる?どっち?」
なぜか、同じベッドで夏姫と眠ることになった。
俺の真横で寝転がる妹が話しかけてくる。
「うぅ、明彦が隣にいて眠れないよ」
早く寝ろ、夏姫……お願いだから。
誰のせいで眠れずにいると思っているんだ。
巻き添えでこっちも眠れてないっての。
俺は壁に顔を向けて、夏姫には背を向け続けている。
なぜか可愛くなった夏姫を直視すると、何かしちゃいそうで怖いのだ。
今までの生意気な彼女なら抱く事のなかった感情。
別に同じ家にふたりで暮らしても、特に何も感じなかったのに。
「……ねぇ? まだ起きてるよね」
そして、夏姫も俺が寝てるとは思っていないようだ。
下手に返事するのをためらっていると、
「明彦が無視する。私のこと、嫌ってるから?」
今度はしくしくと拗ね始めた。
……もう勘弁してくれ。
「無視してない、嫌ってない。だから、俺を寝かせてくれ」
「あっ、返事してくれた。大人しくしてるから寝ていいよっ」
「……ふぅ。頼むからお前も早く寝ろ」
俺の反応ひとつでこの喜びようは何なんだ?
「くすっ。嫌われてなくてよかった」
多分、笑顔であろう夏姫が嬉しそうに言う。
マジで恋する乙女状態の妹。
その恋の相手が俺だと言う現実をいまだに信じられない。
でも、ひとつだけ言いたいことがある。
背中に当たってるような、当たっていないような胸の感触。
夏姫、せめてそこだけは成長して欲しい。
……お兄ちゃんとして切なる願いだ。
Befor。
『こんな変態と一緒なんて無理だって。襲われたらどうするのよ!?』
After。
「私は明彦が好き。大好きなのっ。兄妹だったら、一緒に寝るのが普通だよね」
改めて、ビフォーとアフターを比べると別人にしか思えない。
ツンデレのデレ期が来た……いやいや、これデレ過ぎでしょう?
そんな妹の変わりように驚きつつも、人間の本質は変わらない事が多い。
そう簡単には変われないものなのだ。
朝、目覚めた俺はベッドから落ちて床で寝ていた。
「……身体が痛い」
危うく床とキスの状態、なぜ、こんな情けない格好で起きたのか。
理由はひとつ、寝相の悪い夏姫と一緒にいればこんなことになるのは想像できたはずだ。
さすがに寝相の悪さまでは変わらなかったようです。
「今、何時だ……朝の6時過ぎか」
俺は起き上がるとシャワーを浴びることにする。
寝起きの悪い妹の傍には出来れば近づきたくない。
いくら可愛くなった補正があっても、修正しきれているか不安だ。
俺はさっさと風呂場に入るとシャワーを頭から浴びる。
「あー、こんなところに変なあとが……カッコ悪い」
頬にくっきりとついた床のカーペット模様にショック。
そりゃ、あんなところで寝ればこうなるわな。
昨日、夏姫のおかげで夜遅くまで眠れなかったせいで、明け方には爆睡してた。
落ちた事にも気づかなかったようだ。
「残り数日、これは勘弁して欲しい。もう俺はソファーでいいや」
夏姫が可愛くなったのは良いと思う。
素直な昔の彼女に戻ってくれた、以前よりも反動のせいか甘え度が半端ないが。
あのまま成長していたら、きっとこんな風になるんだろう、とかろうじて理解する。
俺は温かなシャワーで、冷静さを取り戻しつつあった。
あの子なりにこれまでの事で俺への罪悪感があった。
それに押しつぶされないように、今は甘えているのかもしれない。
「ふぅ、シャワー浴びたら頭がすっきりした。そろそろ、出るか」
着替えを終わり、リビングに出ると、夏姫が朝食作りをしていた。
「おはようっ。明彦、もうすぐできるよ」
「今日は早いな?」
「え、そう?最近はこの時間帯に起きてるよ」
朝の6時半過ぎ。
「……嘘つけ、さすがにこの時間に起きてる所を俺は見た事がない」
毎朝、こいつが起きるのは7時過ぎと決まっている。
「ホントだよ。……ふわぁ。少し眠い」
「昨日、夜遅くまで起きてるからだ。さっさと寝ろ」
俺まで巻き込まれるのは正直、勘弁して欲しい。
「でも、久しぶりに明彦の寝顔を見られたから嬉しくて」
まさか、そのためにずっと起きてたのか。
「……今日は早く寝なさい」
「だって、あと5日間だよ?一緒にいられるの」
それが夏姫を不安にさせているんだろうか?
焦りに似たようなものを感じると思っていたが。
「そうしたら、遠距離恋愛になるし」
「遠距離片思いね。恋愛になってないから」
「……だから、あと5日で恋愛関係になるんだって。ね?」
ね?って言われても……。
ていうか、あの夏姫と恋愛トークしてる俺って何だ?
「はい、できあがり。もう食べるよね?」
「あー、うん。いただき……ますって、なんじゃこりゃ!?」
目玉焼きがハート型だったのでうかつにも驚いてしまった。
こんな卵用の型ってあるんだな。
「恥ずかしいけど、頑張ってみました(はぁと)」
「が、頑張らないで良いです」
「もう頑張らなくても、明彦の心は私に夢中?」
にっこりと可愛く笑顔で夏姫が俺にそう言った。
「……あの生意気だった夏姫は本当にどこに行ってしまったんだろうか」
「ただの幻想。もう忘れて。心を入れ替えて、明彦に夢中な私なのです」
「さっさとご飯を食べよう」
急激な変化に心が置いてけぼりをくらってる状態だ。
何事も変化には時間をかけてもらいたい。
「ふふっ。明彦ってアレだよね?つんでれってやつなんだ」
「それだけは違うっ!?」
「……料理、美味しい?私、明彦の好みを頑張って覚えるからね」
まぁ、今の方が以前に比べたら圧倒的に可愛いけどさ。
夏姫の急激な変化に戸惑うだけの俺だった。




