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第8章:恋わずらい《断章1》

【村雲夏姫】


 ザーッ。

 シャワーからお湯が流れる音。

 温かなお湯を髪から浴びながら私はよく分からない感情に悩まされていた。


「ワケ分かんないし」


 本当に意味が分からない。

 明彦に女の子の影があったとしてもそれは私に関係ない。

 そう思っていたはずなのに。


「ふんっ。あんな可愛い子だったなんてね」


 明彦に知り合いの女の子がいるのは知っていたけど、予想以上に、可愛い女の子だった。

 そりゃ、アイツも惚れるわよ。


「仲よさそうに、デートまでしてさ」


 私はお風呂場に響く自分の言葉にハッとする。


「何よ、今の……。妬いてる女の子みたいな台詞」


 自分で自分のセリフに文句をいう。


「どうしちゃったのよ、私……」


 私はお風呂場の床にへたり込む。

 こんなにも胸が苦しくなるほどにアイツを意識させられる。

 

「くっ、嫌な感じ……自分で自分の気持ちが分からないとか、最悪」


 私の中に悶々としたものがあふれる。

 分かっているんだ。

 本当は自分がモヤモヤとしている理由。


「認めたくないわ。私がアイツに……してるなんて」


 シャワーの音で自分の言葉をかき消す。


「……ぁっ……」


 鏡の前に写る私の顔は今にも泣きそうな顔をしていた――。





「ふぅ」


 シャワーを終えてお風呂場から出た私は髪をバスタオルで拭う。

 時計を見ると、5時過ぎ。

 アイツも帰ってくるし、夕食の準備をしなくちゃ……。


「……約束だからサボれない」


 ここに滞在する間は食事を作る。

 それが私にとってアイツに借りを返すことでもある。

 ここに泊めてもらっている間は私も出来る事をする。


「もう1週間もないんだ」


 気がつけば既に私がここに来て1週間以上も経っていた。

 その1週間、私はパティシエになりたい夢を現実的に強く抱くようになった。


「小桃さんにも出会えたし、いろんなお菓子も食べられた」


 そのきっかけをくれたのは明彦だ。

 アイツが親を説得してくれた2週間の猶予。


「こんなことで悩んでる場合じゃない」


 今の私に大事なのはパティシエになる夢の事だ。

 それを最優先に考えなきゃ、この時間の意味がない。


「明彦の事なんて考えてちゃダメなんだから」

 

 私はキッチンに立つとさっさと料理を始める。

 それはしばらくしてのことだった。

 私の携帯電話が鳴っていたのに気付き、表示された名前に驚く。


「実家からの電話?」


 多分、お母さんだと思うけど、今の私は話したくない相手だ。


「無視なんてできないか。面倒くさい」


 すぐに出て、相手の反応をうかがうことにする。


「……もしもし」

『夏姫?私よ、今日はすぐに出てくれたのね?』

「切っていいならすぐに切る」

『待って、切らないで。……今日で1週間よ。貴方なりに答えは見つかったかしら?』

「その事で電話してきたんだ。私は夢を本物にしたいって気持ちがより強くなってる所よ。本当のパティシエさんと知り合いになって、お菓子作りを教わったり、大変さを知ったりしてる。でも、パティシエになりたいって気持ちは今までより強くなった」


 大学に行って普通のOLなんて私にはできない。

 両親が望む未来なんて私はいらない。

 私は自分のしたいことを、自分のしたいようにしたい。


『……そう。夏姫の夢、パティシエになりたいって本気なのね』

「当たり前じゃない。前からずっとそう言ってるし」

『貴方の作るお菓子、私も好きよ。……明彦も、小さい頃から貴方の作ってくれたお菓子をよく食べてくれてたわよね。そっちでも作ってあげたりしてる?』

「別に。必要ないし」


 アップルパイ作りの時に協力してもらっただけ。

 それ以外はお菓子を作ってあげようとはしていない。


『……前から聞きたかったんだけど、どうして夏姫は明彦を嫌うの?』

「は?今さら?」

『貴方達、中学生くらいまで仲のいい兄妹だったじゃない。それなのに……』


 お母さんからその事を尋ねられたのは初めてかもしれない。

 私にとっては何を今さら言ってるのって感じだけどね。


「誰のせいだと思ってるの」

『え?私達のせいなの?』

「……明彦は、私の実の兄じゃないんでしょう?」


 自分が明彦のことで悩んでいたせいもあって言うつもりもなかったことを口にした。

 それに気づいた私はすぐに「何でもない」と否定する。

 けれど、お母さんは長い沈黙をしてしまう。


「もう、電話を切るから……」

『夏姫は……』

「え?」

『夏姫はその事を知っていたから、明彦にあんな態度をとっていたの?』


 その事を、という言葉に私は確信する。

 はっきりとお母さんが認めたことはなかった。

 けれど、今、この瞬間、兄妹じゃないと言うことをお母さんが認めたの。


「ホントに……違うんだ?」

『こんなこと、電話で言う事じゃないけども』


 そう前置きをしてお母さんは事実を語りだす。


『夏姫と明彦は確かに兄妹じゃないわ』

「そう、なんだ……?」


 私の声が震えている。

 兄妹じゃないと分かっていたのに、事実だと言われると怖いものがある。


「……この話はいいわ。今の私には関係ないし」

『いいえ。大事な事だから言わせて。貴方達の本当の関係を……』


 そして、お母さんは私にある真実を告げたんだ――。


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