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第7章:兄と妹《断章3》

【村雲明彦】


 妹がお世話になっているケーキ屋で、ばったり出くわしてしまった。

 しかも、俺の横には可愛い女の子の同級生、朱里がいる。

 どうする、ここで俺はどうすればいい?

 とりあえず、見栄でも張って朱里を彼女だと言ってみるか?

 いや、恋愛度ゼロ、糖分オフの朱里にこの手の冗談が通じるのか?

 そして、夏姫にこの手の見栄を張っても後が怖いだけではないか。

 色々と考えがめぐったわずか5秒間。

 俺はひとつのアクションを起こす。


「実は……この子、俺の恋人なんだ」


 とか言ってみたりして。

 ダメ元でいい、一度言ってみたかった台詞を言ってみる。

 朱里は「えー?」と内心、嫌がってそうだが。


「どうも。朱里って言うの。キミは、アッキーの何なの?」


 おおっ、朱里が空気を読んで否定せずにいてくれた。

 これには夏姫はすごく嫌そうな顔をする。

 

「アンタに彼女、ね?マジでいたんだ?」

「……あははっ、俺も大学生だしな」

「ふーん。別にどーでもいいけどね」

「朱里。この子は俺の……」


 俺の妹だって言おうとしたら、夏姫が朱里に言い放つ。


「……明彦の関係者。それ以上でもそれ以下でもない」

「関係者?元カノとかそういうこと?」

「違います。そんなわけない」

「違うんだ?てっきり、それっぽい感じだったんだけど」


 朱里よ、その勘違いはして欲しくないぞ。

 何が悲しくて妹を元カノだ、恋人だと言わなければいけない。


「妹だよ、妹。俺の妹の夏姫だ」

「妹……?何だ、アッキーが見栄を張るからそっちだと思ったら」

「やばっ」

「……見栄?はーん、やっぱり、ただの女友達か」


 何でバラしちゃうかね、朱里ちゃん。

 俺は軽くため息をついてこほんっと咳をする。


「悪かったな。うちで今、預かってる妹。こっちは大学の友達だ」

「アンタに女友達がいたのも驚いたけど」

「そこで驚かれるとすごく悲しいんだが」

「で、アッキーと夏姫さんは兄妹なんだ?……全然、似てないね」


 さりげなく発した朱里の言葉に夏姫がなぜか表情が凍りつく。


「……そうか?似てないってことはないだろ」

「えー?だって、夏姫さんってモデルみたいに可愛いじゃない。アッキーとは大違い」

「そういう意味かい。余計なお世話だっての」

「あははっ。でも、ホント、似てないってのは感じるけど。アッキーは父親似?」

「一応、そうじゃないのか。よく、親戚からそう言われるけどさ」


 少なくとも母親似だとは人生で言われた事はない。

 親父に似ている感じはあるらしくてよく言われるけどな。

 なんて会話をしているとひとり、夏姫は俯いたままだった。


「アンタは本当に何も知らないのね?」

「はい?何が?」

「別に。何でもない。小桃さん、私、もう帰ります」


 小桃さん、と呼ばれたお姉さんが例のパティシエの店長さんだろうか。


「あ、うん。お疲れ様。お兄さんと一緒に帰らないの?」

「……女の子と楽しくデートしている邪魔をする気はないので」

「別に私とアッキーはデートじゃないんだけどなぁ」

「朱里、そこは否定しないでくれ」


 男としてものすごく悲しくなるじゃないか。


「おい、夏姫?帰るのか?」

「ふんっ。アンタなんて気持ち悪くニヤニヤしておけばいいのよ」


 そっぽを向いて、足早にお店を出ていく夏姫。

 俺はその後ろ姿を眺めながら疑問に思うしかなかった。


「なんだったんだ、アイツ?」

「お兄さんの彼女、見たくなかったんじゃない?」


 そう話しかけてきたのは店員のお姉さんだった。


「あ、はじめまして。夏姫の兄です。妹がいつもお世話になってるみたいで」

「話は聞いているわ。ここの店長の小桃って言うの。夏姫ちゃん、パティシエになりたいんだっていつも頑張ってるわよね」

「えぇ、そのためだけに家出同然で上京してきたので」

「なるほど。夏姫ちゃんは私に任せてくれたら嬉しいな。可愛がりがいがあって楽しいから。あ、お客様なのに待たせちゃ悪いわ。何にする?」


 ……そうだ、俺達はここにケーキを食べに来たんだ。


「忘れてた、朱里。お前が食べたいのってどれだよ?」

「私はこのメロンスペシャル。これにただいま、ハマり中なの」

「……やっぱり、メロンSPはどこでも人気なのねぇ」


 と、どこか他人事のように言う小桃さん。


「この店のお勧めじゃないんですか?」

「それのオリジナルは私のお世話になったパティスリーの味だから」

「あー、なるほど」

「私のお勧めはこちらのフルーツのタルトかな。ただいま、期間限定発売中です」


 朱里はメロンSP、俺はフルーツのタルトにして、店内で食べることにした。

 ちょうど、俺達が入ってきたのを境にお店が賑やかになりはじめてきたようだ。

 俺達はふたり、テーブルで向き合いながら食事をする。


「うむ。この甘さは美味だな」

「メロンSP、最高。触感といい、クリームの甘さも抜群なの」

「よくこのお店に来るのか?」

「週1くらいかな?」


 朱里も夏姫と同じようにケーキ屋めぐりをよくしているようだ。


「そういえば、アッキーにあんな可愛い妹がいたなんて初耳だよ?」

「親と喧嘩して考えもせず家出して、それを偶然見つけて保護しただけだ」

「うわっ。ホントに?それって、アッキーを頼ってきたんじゃなくて?」

「そうらしい。まったく、東京をなめるな。女の子一人、家出同然で出てきて無事だったのが奇跡ってものだ。危ない場所なんだからさ」


 過保護と言う意味ではない。

 俺が肌で感じている空気があるんだ。


「高校生なの?」

「今年で18歳。見た目は中学生くらいに見えるけどな」

「童顔で可愛い子なんだ。いいじゃない、あんな可愛い妹がいて」

「妹なんて最近は感じた事がないよ」


 本当にここで再会する前までの俺達の関係は最悪だったからな。

 兄妹なんて言葉、使えるような関係じゃなかった。


「ふむ……女を感じていた、と」

「余計に違うっ!?何で夏姫に女を感じなきゃいけない」

「えーっ。禁断の兄妹愛じゃないの?」

「そんなのは朱里の妄想だけにしておけ。違うっての」


 今さら夏姫に女だ、異性だって思う気持ちはないさ。


「……何か、アッキーってば大変そう?」

「文字通りに大変なんだよ」

「それで妹がいる事を隠してたわけだ?」

「そういうこと。夏姫も素直じゃないから扱いづらいしさ」


 あれで素直さが戻ってくれれば俺も、兄として立場を振る舞えるんだが。


「……でも、向こうの方はどうかな?」

「はい?」

「私、すっごく睨まれたから。お兄ちゃん大好き~っていうタイプなのかと」

「ありえん。それはない」


 そんなブラコン妹なら俺は何一つ苦労してません。

 俺はタルトを食べ終わり、コーヒーを飲み干す。


「そうかなぁ?これは女の子の勘だよ。女の勘って当たりやすいんだから」

「……恋愛度数ゼロ、糖分大幅カットの朱里の勘だろ?」

「あっ、ひどすぎ。私が女の子じゃないって感じのいい方するし」

「朱里がちゃんとした恋愛に目覚めたら認めてやるけどな」

「本当にそう思ったんだってば」


 夏姫がねぇ?

 そんな都合のいい想像なんてしてもな。


「ていうか、朱里も最後まで話を合わせてくれないし。ひどいや」

「……彼氏でもない相手のふりをするのは無理」

「もうそろそろ、俺になびいてもいいはずだ」

「え?何その無駄な自信?私、アッキーに恋なんてしないよ?」


 いつものように繊細な俺の心を傷つける。

 

「朱里……」

「見つめられても無理?」

「愛してるぞ」

「……今の発言を妹さんにしてあげてもいい」


 鬼っすね、朱里さん。

 

「アッキーの事はお話して、一緒にケーキを食べるくらいは好きかな」

「……恋愛の好きになる可能性は?」

「どうでしょう?アッキーに口説かれるのは嫌じゃないけどねぇ。あははっ」


 悪戯っぽく笑う彼女。

 そんな他愛のない会話をしつつ俺は夏姫の事を考えていた。

 朱里に対して変な感情を抱く夏姫、か。

 まったく想像できない自分。

 これが今の俺達の関係なんだよな。

 仲良くできない兄と妹。

 いつかは改善できたらいいんだが、まだまだ先になりそうだ。

 

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