第7章:兄と妹《断章2》
【村雲夏姫】
パティシエになりたい。
その夢を確実に私は前進している。
小桃さんにアップルパイを認めてもらい、翌日からは彼女にお菓子作りを教えてもらったり、実際のパティシエの作業を見せてもらったりと勉強になることばかり。
やっぱり、直接この目で見るっていうのは大切なことだと思うの。
今日も小桃さんのお店の厨房で私はお菓子作りを学んでいた。
暇な時間に私に色々と教えてくれる小桃さんには感謝している。
私が東京にいられる日は残り1週間くらいしかないから。
「夏姫ちゃんってパティシエになれる素質はあるわね」
「本当ですか!?」
「えぇ、手先も器用だし、センスもいい。覚えも早いから、貴方には向いてると思う」
本職のパティシエさんに褒められた。
それってすごく嬉しい事なんだ。
私は喜びを感じながら、作業を続ける。
「……どうしたの、夏姫ちゃん?」
「これって、何ですか?」
ふと、気になったのは一枚の写真だった。
パティシエの仲間と思われる人達が集まって写真に写っている。
「これは、私がパティシエの専門学校の時の写真よ。あの頃の友達は皆、それぞれのお店に行って活躍しているわ。私は最初に自分のお店を持てたけど」
「すごいんですね」
「運もよかったのよ。私の幼馴染のお父さんが有名なケーキ屋さんで、相談に乗ってもらったりして……。何とか自分のお店を持てるようになったのよ」
「それって、小桃さんが片思いしていた男の子の?」
「余計な事は思い出さないでいいから」
慌てる様子が小桃さんらしくなくて、私はつい踏み込みたくなった。
「小桃さんの幼馴染って今、どうしてるんですか?」
「もう、その話やめて欲しんだけどなぁ」
と言いつつも、何かを思い出すように彼女は話してくれた。
「高校を卒業してからプロのサッカー選手になったわよ」
「プロ!?すごいじゃないですか」
「うん。でもねぇ、あの子の恋人の応援あって、というのが……」
「……小桃さん、ショックでした?」
「まぁね。けれど、それが私達の運命だった。そう思えば、仕方ないじゃない?今の私にはこうしてパティシエとしての立場とお店がある。別々の道を進んでる。気持ち的に割りきってるわ」
小桃さんってこんなに美人なのに、初恋を引きずってるのかも。
恋の話題はNG、と。
「そういう夏姫ちゃんは気になる男の子とかいないの?」
「いません」
「……現役女子高生なのに断言しちゃうんだ?」
「うちは女子高ですし。興味ないので。恋愛とか、したことないです」
同世代の男の誰かに興味なんて持った事がない。
「恋愛感情なんて……」
明彦の顔がちょっと思い浮かんで私は必死にそれを否定する。
アイツは……ただの家族で、それ以上の存在じゃないのに。
「あぁ、なるほど。この前のお兄さんとはラブラブ?」
「ち、違いますっ」
「えーっ。あのアップルパイもお兄さんに食べてもらったから上手にできたんじゃないの?食べてもらう人の気持ち、考えなきゃアレはできないからね」
小桃さんの課題だったアップルパイ。
確かにそれをクリア出来たのは明彦のおかげではある。
「あんなの、別に……」
「仲よくない兄と妹?それとも、仲良くできない兄と妹?」
「――っ!?」
見抜かれた。
その事に私はドキッとしてしまう。
「なるほど。後者なのね、夏姫ちゃん。事情があるんだったら聞かないけど、もしも、後者だったらさ。後悔しないように仲良くした方がいいって思うな」
「後悔とか関係ありません」
「……相手に他に好きな子ができちゃっても?私はそれで後悔している。自分の気持ちを素直に言えなかった事。幼馴染だ、弟だって誤魔化して、本当の気持ちを言えずにいたことは今でも自分の中で後悔として残ってるの」
後悔なんてしない。
だって、明彦は私の兄だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
例え、他人である可能性があったとしても……。
小桃さんがお店の方へと出ていってしまい、私は後片付けをしながら考える。
「アイツのこと、別に好きじゃないし」
気になる相手、特別な異性。
そんな風に考えて、キスしてしまった夜を思い出す。
血の繋がりのない兄と言う名の異性。
私は明彦をどう思ってるんだろう?
分からない。
どう考えても、今の私には判断なんてつかなかった。
「もうすぐ時間だし、帰ろう」
時計を見ると、またこのお店が賑やかになる時間帯。
邪魔しないように私は帰ることにした。
荷物をまとめて、厨房から出てお店にいる小桃さんに声をかける。
「小桃さん、そろそろ時間なので帰ります……ね?」
けれど、そこで私は思わぬ人物に出くわす。
ケーキを選ぶケースの前にいる男。
「はぁ?明彦?何でアンタがここに……?」
思わぬ所で思わぬ人間を見かけた。
明彦がこんなところにいる理由って?
「夏姫こそ、こんなところにいたとは」
「私がどこにいてもいいでしょうが。あれ?」
そこで私はきづいてしまった。
彼の真横に可愛らしい女性が立っている事に。
「……っ……」
胸が小さく痛む。
何で、こいつの横に女の子がいるのよ。
「……あっ。この前、アッキーと一緒にいた女の子じゃない」
「アンタが女連れなんて良い御身分ね?誰、その人?」
「アッキー?この子、誰なの?」
その子も私を見て疑問に思う様子。
「もしかして、明彦の彼女?」
ううん、そんなのいるはずがない。
今まで、そんな素振りなんて見せたことなかったもの。
でも、私はそれを言い切れる自信はなかった。
明彦と同じ部屋で生活し始めて1週間。
でも、私は自分の事で精一杯で……。
明彦の現状なんてほとんど知らないんだ。
私はただ、複雑な気持ちを抱きながら明彦を睨みつけるしかできなかった――。




