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第6章:誰を思うか《断章2》

【村雲明彦】


 バイトを終えて家に帰ると妹の夏姫が俺を待ち構えていた。


「――帰ってきたわね、遅いのよ。どれだけ待たせる気?」


 帰って来た早々、ひどい言い草だな。

 この生意気な妹の口のきき方を今さらどうこうする気はないが。


「何だよ。今日は機嫌が悪いな」

「いいから、黙ってこれを食べなさい」

「……あのな、夏姫。俺の夕食がアップルパイってどういうことだ」


 テーブルに所狭しと並べられているのはアップルパイだった。

 どうやら、試作に試作を重ねている最中らしい。


「いいから、黙って、それを食べて。味の評価をして」

「今日、パティシエの人に何か言われたのか?」


 図星だったのか表情を曇らせる。


「う、うるさいなぁ。もう、それはいいからとりあえず、食べて」

「……これだけ食べたら太りそうだぞ」


 夕食がアップルパイ尽くしってのはマジでこれっきりにしてもらいたい。

 俺は仕方なく、端から順に食べ始めることにした。

 サクッとしたパイの触感に程良い甘さのリンゴ味。

 アップルパイとしてはお店に出してもいいレベルだ。


「これ、夏姫が作ったのか?」

「そうよ。私が作ったの」

「へぇ、昔よりも全然美味しいじゃん」


 いつのまにか、お菓子作りの腕前もずいぶんと向上している。


「当たり前でしょ?私だってそれくらい成長してるわよ」


 昔に作ってくれたら以来だったからな。


「そりゃ、成長していて当然か」


 俺は美味しいアップルパイを食べ進める。

 こういう夕食も案外、悪くない。

 ……とはいえ、物事には限度と言うものがあるわけで。


「ぐふっ。さすがにこれ以上は、厳しい」


 俺が10個目のアップルパイを完食するとそこで限界だった。


「ふんっ。まだあと3つ、食べ終わってないわよ」

「どれだけ試作品を作ってるんだよ!?」

「だって、これじゃダメだって言われたんだもん」


 唇を尖らせて拗ねる彼女。

 どうやらパティシエのお姉さんにはずいぶんとキツイ事を言われた様子。

 

「私のお菓子には何かが足りないから。それを考えろって言われた」

「何かって何さ?」

「それを考えるのが宿題だって。ワケが分からないわ」


 自信があっただけにショックだったのかもな。

 彼女は深いため息をつきながら、


「私の味のどこが悪いか言ってみて」

「素直に言うとお前、怒るだろ?」

「いいから言って。今日は怒らないから」


 俺に味の評価を求めてくる時点で追い詰められているようだ。


「味ねぇ。基本的にどれも美味しかったぞ?」

「他には?」

「あとは……このシナモンがキツかったのは美味しくなかった」

「……ほぅ、他には?」


 今、怒らないって言ったじゃないか!?

 こちらを睨みつける妹に兄としては情けないが怯えてしまう。


「全体的にはいいと思う。けれど、何かが足りないって言えばそうかも」


 言われてみれば、そう言うモノがあるかもしれない。


「どこがよ?」

「まぁ、待て。俺もよく考えてみる」

「もうひとつ食べて、考えて」

「さすがにそれは勘弁してくださいっ!?」


 これ以上は無理っ!?

 兄を苛めるのが楽しくて仕方ないのか?

 夏姫の理不尽なアップルパイ攻めに耐えながら俺は考えた。

 味は美味しいのに、なぜダメなのか?


「……何て言うか、市販品と同じ味がする?」

「はぁ?ワケが分からない事を言うわね。潰すわよ」

「ち、違うって。怒るな、落ち着け」


 今にも俺に噛みつきそうな妹を制止する。

 この妹はお菓子の事になると容赦がないからな。


「ほら、市販品と同じってのは、手作り感がないって感じだよ」

「さらに意味が分からないわ。市販のパイ生地がダメってこと?」

「そうじゃないと思う。そのパティシエさんが言いたかったのは……」

「言いたかったのは?」


 ぐいっと俺に可愛い顔を近づけてくる夏姫。

 ホント、黙ってれば美少女なんだけどな。

 なんて、妹に言うセリフではないか。


「お前、誰かを思ってお菓子作りしてるか?」

「はぁ……アンタに期待した私がバカだったわ」

「待て、呆れるな。ほら、よく言うじゃないか。誰のためを思うかって」


 料理をするための心のようなもの。

 

「食べてもらう人の事を考えて作れ、ってその人は言いたかったんじゃないのか?」

「……あっ」


 彼女は小さく声をあげる。

 

「最近はずっと技術ばかりあげて、そんなの考えてなかったかも」

「実際にどう影響するかなんて俺には分からないけど、本職になるってのはそう言うことは考えて当然なんだろ?市販品なら工場でもできるってな」

「……そうね。そうかもしれない」


 大人しくなった妹はひとり、キッチンのお菓子作りの道具を眺めていた。


「そっか。それかぁ……昔は食べてくれる人がいたもんね」


 独り言のように呟くと、彼女は俺の方を向いた。


「これが最後よ。30分時間をあげる。あとひとつアップルパイが食べれるくらいに運動でもしてきて。いいわね?」

「……はいはい。分かったよ」


 俺はため息をつきながらも、やる気のあがった妹のために頑張ることにした。


「食べてもらう人のためを思うこと。そんな基本的な事すら私は忘れてたのね」


 夏姫が楽しそうに料理を始める姿に俺はホッとする。

 あれがアイツらしさだからな。

 パティシエになりたいと夢を抱く妹。

 それをずっと見てきただけに応援したいと思った。

 だから、アイツは今、その夢を必死に追い求めている。


「……俺も俺にできる応援をしてやるか」


 何だかんだ言いつも、夏姫のために何かしたいって思うのは嘘じゃない。

 いつしか俺もそう言う風に思えるようになっていたんだ。


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