表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/53

第6章:誰を思うか《断章1》

【村雲夏姫】


 私は朝から緊張をしていた。

 今日のお昼過ぎ、私はパティシエの小桃さんの前でお菓子作りをする。

 ケーキにしようか迷ったんだけど、ここは勝負に出てみた。

 作るメニューはアップルパイ、私の得意なお菓子の一つ。

 子供の頃はよく味見を明彦にしてもらったっけ。

 美味しいと言ってもらえた事が嬉しかった。

 そんな可愛げがまだ私にあった頃の思い出。


「今は昔と違って、もっとマシにできるけどね」


 それでも、食べさせてあげる機会はない。

 ……たまには、アイツにも作ってあげようかな。

 最近の私は微妙に明彦に対して距離が縮まりつつある気がする。

 過去のわだかまりがこの件で少しずつ改善しているから。

 私も少しは大人になったと言う事かな。


「待たせたわね、夏姫ちゃん」

「い、いえ、大丈夫です」


 小桃さんのお店の厨房を借りて、私はお菓子作りをする。

 本物のパティシエに通用するかどうか。

 ものすごく緊張してしまう。


「そんなに緊張しなくてもいいのに」

「は、はい」


 私は彼女の前でアップルパイ作りを始めた。

 今回は冷凍パイシートを使う。

 リンゴとバター、砂糖を鍋にいれて煮込んでいく。


「さすがに手際はいいのね。慣れている感じがするわ」


 小桃さんは特に口出しせずに見ているだけ。

 それが逆に緊張してしまうんだけど、これも経験だ。

 水分が少なくなってきたら、しばらく冷蔵庫で冷ます。


「よしっ、これであとは型にいれて……」


 型にパイシートを敷いて、冷やしたリンゴを流し込む。

 ここまではOK、あとはこれを焼けば完成だ。


「……パイシートを使ったらダメでしたか?」

「別にいいわよ?私が気になるのは味だもの。夏姫ちゃんはどういう味で私を楽しませてくれるのかなってね」


 オーブンで焼き上がるのを待ちながら私は小桃さんに尋ねていた。


「小桃さんの得意なモノって何ですか?」

「私はケーキかな。特にモンブランとか、ショコラとかは作ってると楽しいじゃない」


 ごめんなさい、私は少し作るのが面倒なので苦手です。

 だって、ひと手間、ふた手間かかるんだもの。


「今、面倒だと思ったでしょ?」

「い、いえ、そんなことは……」


 思いました。 


「ふふっ。でも、面倒だから楽しんじゃない?そう私は思うけどね」


 作りがいがあるってことなのかな。

 

「お店に出すレベルまで仕上げるのは面倒だけども。趣味として作るのなら好き。……そろそろ、焼き上がりね」


 ドキドキする瞬間が迫る中で、私は出来あがりのアップルパイをオーブンから取り出す。

 こんがりと焼けたアップルパイは失敗せずにできた。


「……小桃さん、どうぞ」


 本職の人に自分の作ったものを食べてもらう。

 今まで想像もしていなかった事が現実になる。


「いただくわ。あむっ……」


 小桃さんはアップルパイを食べ始めてから無言になった。

 思わぬ反応に美味しくなかったのかと不安になる。


「だ、ダメですか?」

「ダメじゃないんだけどね。うーん」


 微妙そうな表情のまま、もう一口、食べて彼女は言うんだ。


「技術はいいのよ?センスもある。けれど、何かが足りないの」

「何かって何ですか?」

「一度、自分の物を食べてみれば分かるかもよ?」


 彼女に促されて私は自分の作ったアップルパイを食べ始める。

 甘すぎない味、リンゴの甘みがいい感じに残ってる。

 パイの焼き加減も悪くない、自分としては中々の出来だ。

 これでダメっていうのなら、何がダメなのか。


「悪くない、と自分では思います」

「うん。味自体が問題あるわけじゃないの。でも、ただ美味しい。それだけなのよね」

「……え?」

「美味しいわよ。夏姫ちゃんはきっとパティシエに向いている。だけど、技術じゃないの。問題なのはこれを作ろうとする気持ち」

「気持ち……?どういう意味ですか?」


 私は質問すると、「分からないかなぁ?」と彼女は複雑な表情を浮かべる。

 味がダメじゃないのなら、何がダメ?


「夏姫ちゃん、今までこれを誰かに食べさせたことがある?」

「一応。兄とか、母とか、家族には……」

「最近は作ってあげてないでしょ?」

「えぇ、まぁ……そうですけど。どうして、それを?」


 最近は自分で作ったものは自分で食べている。

 誰かのために作った記憶はここ数年、ほとんどない。


「それじゃ、宿題。明日、もう一度、同じアップルパイを作ってみて。何が足りないのか良く考えてね。うまくできたら、私が夏姫ちゃんにお菓子作りを教えてあげるわ」

「……分かりました」

「ふふっ。そう、例えばお兄さんに試食してもらうとかね?」


 小桃さんは意味深に笑みを見せながらそう言った。

 他人に食べてもらえば分かるものなのかも。

 自分じゃ分からない事もあるだろうし。

 家に帰ったら明彦に実験台になってもらおう。

 これはチャンス、ここで小桃さんに認められたら自信にもなる。


「でも、何が足りてないんだろ?」


 疑問を抱きながら私は再び、チャレンジすることにしたんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ