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第5章:夢への一歩《断章3》

【村雲明彦】


 家に帰ってきたら、夏姫が何やらキッチンで料理中。

 テーブルには既に夕食が並んでいるので、夕飯作りではないらしい。


「ただいま。これは何だ?」

「見て分からないの?」

「料理中、と言うのは分かるが」

「そう。私は忙しいから適当に食事をして」


 夏姫は何やらレンジと向き合っている。

 どうやら、お菓子作りをしているらしい。


「お菓子作りか?お前がこっちでもするなんて珍しいな」

「今、忙しいから話しかけないで。気が散るでしょ」

「はいはい。大人しく食べてるよ」


 俺は作られた夕食を食べながら夏姫の方を見る。

 あんな風に真剣にお菓子作りをしている夏姫は初めて見るかもしれない。

 いつものアイツなら、笑顔で楽しそうなのに。

 俺はさっさと夕食を済ませると、テーブルに置いてある箱に気づく。


「何だ、これ?」


 箱の中身はバームクーヘンだった。

 美味しそうだが、食べてもいいのだろうか?


「夏姫。これは食べていいのか?」

「アンタへのお土産だけど、今はダメ」

「俺に土産なんて珍しい事もあるものだ。そして、お預けプレイとは……」


 レンジと格闘していた夏姫は俺に言う。


「明彦、こっちのケーキが出来たら試食して」

「ケーキ?お前のケーキは久々だな」


 本当に何年ぶりだろうか。

 こいつも昔はよく俺に料理をしてくれたものだ。

 仲が悪くなって以来、俺のためにお菓子作りなんてした事はない。

 最後に食べたのは5年くらい前の誕生日ケーキ以来ではないか?


「変な勘違いしないでよね。これは明彦のために作ったんじゃない」

「……だろうな。勘違いしてないよ」


 勘違いしそうになったのは俺が甘かったようだ。

 まったく、そう言う事ならこれは何だ?

 

「私、有名なパティシエさんと知り合いになったの」

「よかったじゃないか。パティシエについて色々と聞けよ」

「それもそうだけど、その人が明日、私のお菓子が食べてみたいって」

「なるほど。それで練習として作ってるわけだ」


 夏姫は十分、お店にでも通用するお菓子作りができるはず。

 そりゃ、プロから見ればまだ甘い所はあるかもしれないが。


「……よし、もうすぐできるわ」


 彼女は出来あがったケーキをデコレーションし始める。

 手先が器用なのでクリームの乗せ方も綺麗だ。


「完成。うーん、ちゃんとしたケーキは久々だから心配かも」


 口ではそう言っても、出来あがったケーキは見事な出来栄えだ。


「いい感じじゃないか」

「見た目はね。問題は味なの。ただのケーキじゃダメなんだから」

「そんなに気負うことなのか?」


 俺の台詞に彼女はイラッとした表情を見せる。

 

「当たり前でしょ!本当のパティシエに食べさせるの。これは私がパティシエに向いているかどうかのテストでもあるわけよ。これで失敗したら、私はすぐに実家に戻ってやるわ。夢を諦めるだけの覚悟を込めてるの」


 ……何だかケーキひとつに重い気持ちが乗ってるらしい。

 夏姫がそう決めているのなら俺は反対する理由はない。


「はいよ、さっさと食わせてくれ」

「ちゃんとした感想を言いなさいよ?いいわね?」

「分かってるってば」


 昔は俺に感想を求めて、美味しいと言わせないと自信を失ったりしてたっけ。

 

『お兄ちゃんにおいしいって言われなきゃ意味ないんだよぉ』

 

 そうやって拗ねていた可愛い頃の彼女を思い出した。

 見た目はショートケーキ、中にはフルーツが入ってるようだ。


「今回は予算の都合上、半額シールの張っていたフルーツ盛り合わせを使ったわ」

「半額シールは別に聞きたくないぞ」


 俺はケーキを一口食べることにした。

 甘い生クリームとフルーツはとても良い相性だ。

 

「美味いじゃないか。昔よりさらに腕を上げたな」

「……まぁね。昔よりも技術は向上してるもの」

「焼き加減も悪くない。これなら、そのパティシエの人も認めてくれるんじゃ?」

「甘い。アンタはそういう甘い考えだから彼女の一人もできないのよ」


 彼女の話は、ここでは関係ないだろ!?

 

「パティシエはプロなの。プロを認めさせるってのは生半可の事じゃない」

「そりゃ、そうだろうけど。その人はお前を弟子にするつもりか?」

「そうじゃないわ。ただ、味と腕前を見てみたいって言われただけ」


 俺は夏姫に気になっている事を告げる。


「お前さ、肩に力が入り過ぎてないか?」

「真剣になるのは当然でしょ」

「でも、夏姫のお菓子作りって基本的にお前が笑顔で楽しく作ってる印象なんだが」


 そうなのだ、こんな難しい顔をして作るのは夏姫らしくない。


「お前らしくないぜ」

「……明彦に私の何が分かるのよ。ふんっ」


 そう言いつつも、彼女も何かに気づいたらしい。


「確かに。これは悪くないけど、楽しんで作ってないのは私らしくない」

「だろう?テストかどうか知らないけど、楽しんで作れよ」


 それがこいつらしさだ。

 お菓子作りが楽しくて仕方ないからパティシエになりたい。

 俺から見れば、彼女はそういう感じがしていた。


「……改善点は何かある?」

「そうだな。スポンジもクリームも良いんだが、せっかくフルーツ使ってるんだから、もう少し、クリームにもこだわってみればどうだ?」

「なるほどね。するっていうアイデアはいい」


 彼女は試行錯誤をしながらも、その日のうちにレシピを完成させるつもりらしい。


「……ごちそうさま。俺は邪魔しないように、もう寝るけどあんまり夜更かしするなよ」

「うるさくするけどいいの?」

「構わないさ。別に、俺はすぐにどこでも寝られる主義だ」

「あっそ。……おやすみ」


 夏姫にしてはちょっと素直な感じ。

 たまにはこういう妹も悪くない。

 俺はあっさりとすぐに寝てしまったのだが、彼女を夜遅くまで頑張っていたようだ。

 夏姫には夢がある。

 その夢をかなえようと一生懸命だ。

 ああいう彼女を見ていると、本当に頑張って欲しいと思うんだ。

 俺は自分で抱えていた夢を諦めた人間だ。

 それゆえに、夏姫には俺と同じ思いをして欲しくないと言う願いがある。

 まぁ、普段、面と向かっては言わないけどさ。

 頑張れよ、夏姫……。

 応援してやることくらいは家族としてできる。


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