第5章:夢への一歩《断章2》
【村雲夏姫】
本物のパティシエの小桃さんと知り合いになり、私は彼女のお店に招待された。
「はい、お待たせ。試作のフルーツタルトよ」
「うわぁ、美味しそう」
小桃さんが用意してくれたのはフルーツたっぷりのタルト。
オープンスペースで私はそのタルトを食べさせてもらう。
「まだ完成してないんだけどね。よければ味の感想をちょうだい」
「はいっ。いただきます」
一口、口に入れるだけでものすごく甘いフルーツの味が広がる。
甘すぎるだけなら、くどさがあるけども、このタルトは違う。
「美味しいです。でも、ただの甘さじゃなくて何だか不思議な感じが……?」
「あら、気づいた?これはね、甘すぎないフルーツを使ってるの」
「それでも、いろんな種類のフルーツで甘さを出してるんですね」
「そう。けれど、そのバランスが難しくて大変。試行錯誤ばかりしてるわ」
いろいろとチャレンジしているみたい。
パティシエという職業は見た目の華やかさと違い大変なの。
「夏姫ちゃんはお菓子に興味があるの?」
「というか、その、私はパティシエになりたいんです」
「パティシエに?へぇ、そうなんだ」
本職の彼女に言うのは勇気がいる。
「お菓子作りが好きなの?」
「はい。趣味程度ですけど、私もパティシエになりたいなって」
「いいわね。頑張ろうとしている女の子、私は好きだな」
小桃さんはどこか懐かしそうな顔をする。
「夏姫ちゃんは高校生くらいでしょ。私もそのくらいにこの職業を選んだの」
「そうなんですか。小桃さんはどうしてパティシエに?」
「うん。あの頃は色々とあったのよ。好きだった幼馴染に失恋したり、溺愛してた妹には先に彼氏ができてお姉ちゃん離れされちゃったり。寂しいって想いをお菓子作りにぶつけてた。それがきっかけでお菓子作りは趣味から職業にしたいって思えるほどにのめり込んでね。今、思えば若かったなぁ」
小桃さんもさほど歳が離れているようには見えない。
だけど、懐かしそうに語るほどには昔のようだ。
「そういえば、夏姫ちゃんは彼氏がいたわよね?」
「は、はい?……えっと、彼氏?」
「ほら、初めて会った時に傍にカッコいい男の子がいたじゃない」
私の人生において恋人はいない。
別に今は作る気もないし。
「それは違います。アイツは……私の兄です」
「あれ?お兄ちゃんなの?」
「今、ワケあって彼の家でお世話になってるんです」
何となく家出中なのは事情を察してくれたらしい。
それ以上、深く聞く事もなく小桃さんは話をする。
「そっか。お兄さんと仲いいの?」
「……まぁまぁ、です」
本当はこの件に関わるまでは仲が悪かった。
相性も最悪、口を開けば戦争状態だった。
だけど、今は……普通の兄妹程度には仲が良くなり改善の兆しがある。
「兄妹的には微妙な年頃だものね。それで、しばらくの間はこっちにいるの?」
「はい。2週間くらいはこちらに」
「それなら、私のお店が暇な時間帯にお店にくる?パティシエになりたいっていうなら、アドバイスくらいしてあげるわ」
「え?いいんですか?」
本職のパティシエさんと知り合いになれるだけでも大きい。
「うん。今の時間帯はちょうど暇なのよね。この後がまた大変だけど」
「小桃さんみたいなすごいパティシエさんに相談に乗ってもらえると助かります」
「あははっ。私は別にそんなにすごくないわよ」
照れくさそうに笑う彼女。
「この通りは洋菓子店が多いでしょ?パティシエになりたいって子も多いの。でもね、そうやってパティシエになろうとしても諦めてしまう子も多いわ」
「……どうしてですか?」
「それだけ大変なのよ。お菓子作りが趣味でやってるだけならいいけど、それをプロとしてお金を出してもらって買ってもらう。それがパティシエの仕事だもの。単純に楽しんで作っていた頃とは違う。作る苦しさっていうのも味わう事になるわ」
小桃さんもそう言うのを乗り越えて夢をかなえたんだ。
「夏姫ちゃんもきっとこれから大変だと思う。それでも、少しでも力になれたらって思うの。私は貴方の夢を応援するわ」
にっこりと微笑して答える小桃さん。
彼女の優しさに感謝しながら私は少しの間、お世話になることにした。
「そうだ。明日は夏姫ちゃん、うちのキッチンでお菓子作ってみてよ?」
「え、えー!?」
本物のパティシエに私が作ったものを食べてもらうなんて、ちょっと怖い。
けれど、いい経験になるだろうし、楽しみでもあった。