第4章:妹の一日《断章3》
【村雲夏姫】
私はここ最近、通っているのは繁華街のスイーツ通り。
あちらこちらに有名、洋菓子店やケーキ屋が立ち並んでいる。
全店制覇なんて言うのは程遠いけども、本当に勉強になる。
パティシエになるために大事なこと。
お菓子作りが上手いだけじゃ、ダメなんだ。
こうして実際にお店を回ったりして、味覚や知識をつけたりしなきゃいけない。
美味しいモノを作るためには大変なの。
「あー、美味しかった」
私は本日、2店目のお店から出てきた。
ここのフルーツタルトはかなり評判が高いと言う噂を聞いてたけど、本当に美味しかったので大満足したの。
「さて、と。今日の目当てのお店はあと2つ。どちらから回ろうかな」
雑誌に取り上げられるお店がひとつ、もうひとつは個人的に気になるお店だ。
こちらに滞在できる時間が限られているだけに、一日も私は無駄にしたくない。
「はぁ、実際にお店の厨房とか見せてもらえたら勉強になるのに」
なんて考えるのはすごく甘い考えだ。
そう簡単に見せてくれるお店なんてない。
いずれ、私も専門学校を出てパティシエになるのだから雰囲気くらいは知りたいけども。
「今はとにかく、いろんなものを食べてみよう」
それはきっと私にとって、一番、未来のために出来ること。
明彦が与えてくれた時間を無駄にはできない。
「……あっ、ここだ。やっぱり、雑誌に載るだけあって人も多いなぁ」
私が目的のお店につくと長蛇の列、ここに並んで待つのは大変そう。
でも、このお店はバームクーヘンが大人気らしいのでぜひ食べておきたい。
待っている間に暇なので携帯ゲームで遊んでいる。
しばらくしてメールが来ると、相手は明彦からだった。
『母さんから連絡があった。お前のこと、心配してたぞ』
「ふーん。そうなんだ。あっちにも連絡いれていたんだ」
お母さんからの連絡は既に受けている。
しかし、明彦の方にも連絡をいれているなんて。
今の私は信用されていないので仕方ないけど。
「フォローよろしく、と」
私がそう送ると彼はしばらくしてから、
『……難しいが善処する。自分で解決できるように努力はしてくれ』
と、だけメールを返信してきた。
「私の味方が明彦だけってのも、すごく複雑な気持ちよ」
ホント、何気にアイツを頼りにしちゃっている私がいる。
家出する前の私が今の私をみたらどう思うかな。
あんなに仲が悪かったはずの相手を信頼しているんだから。
「こうして世話になるまで明彦があんなに面倒見が良くて、優しいなんて気づいていなかった。ううん、違う……アイツは昔から……」
優しかった。
私も彼を大好きだった時期がある。
兄妹の関係が修復してるのは悪くない。
「お土産にアイツにも持って帰ってあげようかな」
もしも、明彦が私を見つけていなかったら。
今頃、私はどうなっていたんだろう?
行き当たりばったりで家出して、手持ちのお金も足りなくなって、あげくに警察に捕まりそうになった所を明彦に助けられた。
ホント、今は好きな事をさせてもらってるけど、すべて、明彦のおかげなんだよね。
「……そろそろ、私もアイツに対して向き合わないといけないのかな」
そう思うと私は複雑な気持ちになってしまう。
噂になるだけあってそのお店のバームクーヘンも美味。
バームクーヘンはお土産用に小さいのも買ってからお店を出る。
私が次のお店を探している時だった。
目の前を歩いている人とふと視線があう。
美人でスタイルもいいお姉さん。
私はどこかで会った事があるなって見覚えがあった。
それは向こうも同じようで、こちらに気づく。
「あら?貴方、また会ったわね」
にっこりと微笑するお姉さんが声をかけてくる。
「この前、そこのお店であったでしょ?」
「あっ、あの時のお姉さん!?」
この前、味を真似をしたパティシエに文句を言った時に会った人だ。
「この前はどうも。あの時の店員ね、少し前に私のお店で雇ってたの。でも、仕事の態度が悪くてやめさせたのよ」
「それであんな嫌がらせみたいなことを?」
「多分ね。うちの新作レシピを盗んであの店で雇われたってわけ。向こうの店長に事情を話して、そいつをやめさせたからもう問題はなくなったわ」
味が似てると思ったけど、やっぱりそういうことだったんだ。
「態度も悪かったでしょ?プライドはないし、人真似ばかりしてオリジナリティがない。そういう所がダメでやめさせたんだけどねぇ。あのバカが、うちのレシピを盗んで、他店で雇われたって噂を聞いて確認してやろうとしたらあの騒ぎだったのよ」
ということは、このお姉さんは有名パティスリー『Little Peach (リトルピーチ)』の店長さんってこと!?
出店1年目で人気店の仲間入りを果たした新鋭人気パティシエが経営するお店だ。
私も実際にお店のケーキを食べてすごいと思ったもの。
本物と偽物、味の違いははっきりとしていた。
「あとで聞けば、キミが最初に文句を言ってくれた子なんだってね。ありがとう。おかげでこちらも向こう側と話をしやすくて助かったわ」
「い、いえ、そんな……」
「そうだ。ちょうどいいわ。貴方、うちのお店に寄って行かない?」
「え?あ、えっと、はい」
お姉さんに誘われて、私は彼女のお店に入店する。
今の時間帯は空いているのか、若干空席はあるけども、やはり人気だ。
「そうだ、言い忘れた。私、このお店の店長の林原小桃(はやしばら こもも)って言うの。キミの名前を聞かせてもらえるかしら?」
「私は……村雲夏姫って言います」
私が挨拶をすると小桃さんは「可愛らしい名前ね」と言ってくれた。
「このお店の名前の『Little Peach (リトルピーチ)』は小桃さんの名前から?」
「そうよ。安直だけど、今はすごくお店の名前として気に入っているわ」
若手有望なパティシエさんとこんな形で知り合えるなんて最高。
「今、ケーキを持ってきてあげる。少しだけ待っていてね」
彼女はそう言ってお店の中へと入っていった。
突然の事に戸惑いながらも私は感嘆の声をあげる。
「うぅ、偶然ってすごい」
あの時会った人がそんなにすごい人だったなんて思いもしなくて。
「本物のパティシエさんかぁ。お話、聞いてみたいなぁ」
ドキドキやワクワク感が半端ない。
本職の人に話が聞けるチャンス何てないもの。
私はそう思いながら彼女が戻ってくるのを待っていた。
新しい街で新しい人と出会い、人は成長していく。
今、私は夢に向かうためのひとつのきっかけに触れてようとしている。
そんな気がしていたの――。