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第4章:妹の一日《断章2》

【村雲夏姫】


 この家に来てから4日目を迎えていた。

 持ち合わせていたお金も底をつき、今は兄である明彦からお金をもらっている。

 そのお金は食事代と言う名目だけど、私の場合は将来なりたいパティシエの勉強のために使っている。

 お金って大事なモノというのを改めて知ったの。

 うーん、明彦に借りはあんまり作りたくない。

 それでも実際に彼の世話にならなければいけない現実。

 全く持って、自立と言う言葉が身にしみる。


「よしっ、これで完成。あとはおみそ汁だけ」


 私は朝早くから朝食の準備をしていた。

 明彦の朝食と夕食、追加で家の掃除等の家事をするのが私の仕事になった。

 逆を言えばそれだけすれば、パティシエの勉強のためのお菓子を買うお金ももらえるし、こうして家に住む事も気にすることはない。

 料理全般は得意なので大して難しい事はなかった。


「味付けもOK。朝食、できた」


 私はそれらをテーブルに運ぶ。

 時計を見ると朝の7時半、大学生の明彦は家を8時には出るので、ちょうどいい。


「……さて、と。そこで寝ているアイツを起こしますか」


 私はリビングのソファーで熟睡中の明彦に目を向ける。

 狭い部屋なので、キッチンで料理をすれば近くのリビングは普通に物音くらい気づく。

 それでも、明彦が熟睡して、目を覚まさないのはぐっすり寝ている証拠だ。


「毎日、夜遅くまでアルバイトしているからだよね。別にお金には困ってないはずなのに、そこまで無理をしてバイトをする必要ってどこにあるんだろ?」


 実家はそれなりに裕福でお金に困るわけじゃない。

 それなのに、明彦がそうまでしてアルバイトをする意味が分からない。

 彼に聞いても「欲しいものがある」とか「これもいい経験だから」と適当な理由で誤魔化すだけで、何かありそうなのに話さない。


「そう言えば、明彦って私と兄妹じゃない事を知ってるのかな」


 考えてみれば、彼が知っているかいないかで、私がしている事の意味がない。

 もし、彼が私の兄ではないと知っていたとしたら、私がここまで拒絶してきた意味が失われてしまう気がする。

 ううん、それだけじゃない、ひどいのは私だと言う事だ。

 私は彼との生活でそう言う事を考えるようになっていた。

 今までは口喧嘩してばっかりだった。

 だけど、こうして彼と接していると今はそれほど嫌悪感はない。

 彼も根が悪い人間じゃない。

 時々、優しい……あんまり褒めたくはないけども。


「それに、私の気持ちは……うぎゃー、これは考えちゃダメ!?」


 と、とにかく、余計な事は考えないようにしよう。

 下手に意識すると変になりそうで怖い。

 そんな微妙な心境の私はソファーで眠る明彦を起こすことにした。

 せっかく作った朝ご飯が冷めちゃう。


「ほら、起きなさい。起きろー」


 身体を揺すり、声をかける。

 唸るだけで起きようとしない。


「むむっ、こいつ……。私が朝、起こしてあげるなんてサービスしてあげてるのに」


 寝起きが悪いタイプじゃないので反撃はない、はず。

 私は少し手荒だけど、彼の頬を引っ張ってみる。


「起きろー、朝だよ。ご飯もできてるんだからね」

「……うぐっ」


 彼はゆっくりと目を開いて、こちらを見た。

 眼と眼があうといきなり、私は彼に手を引っ張られて抱き寄せられる。


「え?え?ぇうえ!?」


 驚いて状況把握できない私。

 寝ぼけた彼に抱きしめられて、身動きもできない。

 戸惑う私を寝ぼけた彼はこう言った。


「……ん。何だよ、妹か。お前じゃねー」


 どうやら、目は覚めたらしいけど、何だか嫌な間違えられ方。

 つまり、間違えるような相手がいるということ?


「今、“誰”と間違えたの!?」

「ぎゃーっ!?」


 私はそのまま彼の腹部にパンチ。

 彼から離れると不満気に相手を睨みつける。


「あ、朝から、何事だ。そんなに怖い顔をして睨みつけられる理由はなんだ?」

「いきなり、私に抱きついてきた。しかも、誰かと間違えて。誰と間違えたの?」

「……ぐぅ」


 都合が悪くなったとばかり彼は寝たふりをする。

 怪しい、こいつ……。


「誰と間違えたのか言ってみなさい。素直に言えば、“潰す”だけにしてあげる」

「潰すってナニを!?」

「さぁ?それは明彦の返答しだい。大事なモノ、失いたくないもの、あるでしょ」


 私が脅しをかけると彼はようやく頭が回り始めたようだ。

 ナニをされるのか、顔を青ざめさせて理解したいらしい。


「抱きついた件については謝罪しよう。ごめんなさい。でも、誰かと間違えってのは何かの間違いだ。うん、俺ってそんな相手いないからさ」


 私の目を見て言うのであれば信じてもいい。

 それでもあからさまに壁の方を向いて言う時点で誤魔化しきれてない。


「ふーん。この女っ気のない部屋に女の子を連れ込んだ事があるんだ」

「ぐふっ。そ、それは、まぁ、俺も……男だしね?」

「怪しいけど、いいや。別に明彦の恋愛事情なんてどうでもいいし」

「ど、どうでもいいなら、何で俺の腹(そのさらに下)を狙って足を向けてるんだよ。ま、待て。本当だ。カミングアウトします」


 彼は下腹部を守りながら、


「俺に今まで恋人になった相手はいません。夢でちょっと、気になる大学の女の子の知り合いが出てきたから勘違いしただけで、お前を間違えただけだ。これが真実なので許して――ぐぁあああ、ガクッ」


 どちらにしても不愉快なので、私は彼にお仕置きしておいた。


「何かムカついた」

「めっちゃ理不尽じゃないか。あのなぁ、俺にだって気になる相手くらいいるよ」

「気になる相手、ね?」


 何で、こんなにムカッとするんだろう?


「その相手って美人?」

「それなりに」

「……もう一発いくけどいい?」

「やだよ!?」


 なぜだか無性に嫉妬する気持ちが胸の中に。

 複雑な気持ちのまま私達は食事をすることに。


「……というわけで、約束通りに朝食を作ったわ」

「お、おぅ。ありがとう。朝の目覚めの朝食は大事だぞ」


 よろよろとする明彦は早速ご飯を食べ始める。

 

「相変わらず、料理の腕だけはいいよな」

「……だけ?」

「い、いえ、美少女の妹に作ってもらう朝ご飯は本当に最高ですっ!」


 そこまで私に怯えられるのもどうかと思うんだけど。

 少し、やりすぎちゃったかな?


「まぁ、いいわ。早く、食べて大学に行きなさいよ」

「そうするよ。今日は少しだけ早く帰れるはずだからさ。10時くらいには帰る」

「それくらいの時間に夕食の準備しておく」


 私だってお世話をしてもらって恩義を感じない人間じゃない。

 兄としてどうとかじゃなくて、助けてもらってる事には感謝している。

 朝食を食べ終わった明彦が出かけてしまい、私は次の家事である洗濯にとりかかる。

 これが終われば自由だもの、それを考えれば別に何も難しい事じゃない。

 ついでにお風呂掃除もしてから、時計を見れば午前の10時前後だった。

 

「本日の雑用、終了。洗濯物は干しておけばいいだけだから、そろそろ出掛けようかな」


 私はバッグを持ちだして出かける準備をする。

 その時だった、私の携帯電話が鳴り響く。

 またお母さんからの電話だ。

 私は無視したい気持ちがあるけども、仕方なく出ることにした。


『おはよう、夏姫。あっ、電話は切らないで。今日はただの連絡事項だけだから』


 お母さんも今は私にどう接すればいいか分からないみたい。

 娘に家出されたのが地味に堪えてるのかな。


『あのね、学校の先生とも話したわ。家庭の事情で2週間休ませるってこと。推薦の件もあるし、早く、貴方の考えがまとまる事を祈ってる。出来る事なら、私達の望みに近い方を選んでくれたらいいけども』

『ふんっ。ちゃんと答えは出すわよ。それじゃ』


 私は切ろうとすると一言だけ告げる。


「……アイツのおかげで元気にしてる。それは心配しないでいい」

『そう。明彦がいるがいるから安心しているわ』


 メールで済む事をわざわざ電話で言うのは声が聞きたかったんだと思う。

 私は電話を切ると、少し憂鬱な気持ちになってため息をついた。


「お母さんの事は嫌いじゃないのに」


 元々、進路のことさえなければ両親とはすごく仲が良かった。

 今はこうして互いに譲れない事があって喧嘩してる。


「私ってば、ホントに子供だな」

 

 自覚しているだけ、まだマシ。

 私は自嘲しながら、電話をバッグにしまい込む。


「さぁて、憂鬱タイム終了。気分を切り替えて出かけよう」


 今日も、まだ見ぬスイーツを求めて、私は繁華街へと行く事にした。

 私には夢がある。

 その夢に近づくために、ここにいるんだから――。

 

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