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第4章:妹の一日《断章1》

【村雲明彦】


 妹が家出をしてから3日目。

 俺はアルバイト先の居酒屋の店長にある提案をしていた。

 本日からは新人さんが入って店もようやく人不足から解放される。

 ここ数日はギリギリの人数で大変だったからな。

 夏姫の事もあるのでシフト時間を変更して欲しいのだが……。

 事務所でパソコンの前に座る店長に俺は言う。


「店長、シフトのことなんですけど。変更を希望してもいいっすか?」

「無理。今、キミに休まれたら本気で困る」


 提案は却下されました。

 だが、ここで引き下がるわけにもいくまい。


「休みじゃなくて時間の変更だけでもいいんですけど。現在のシフトを10時くらいに帰れるようにしてください」

「新人がそこまで育ってないから無理」

「なんでも無理ばかり。……ブラックと言ってもいいですか?」


 これも却下とは何とも言えないこの店の人不足がよく分かる。

「それ、マジで禁句だから。それくらい普通。何だよ、村雲君。恋人でも出来たのか?」

「んー、似たようなものです。お願いしますよ、店長」

「キミはここの所、頑張ってくれているし考えてもいいんだが」


 彼は悩みながら事務所に張られたポスターを指差す。


「今日からアレが始まるから、やっぱり無理だ」

『5日間限定、おつまみ10品半額セール!』


 ……こういう時は人がよく集まるからなぁ。

 居酒屋チェーン店の客寄せのせいで結局、シフトの問題はしばらくどうにもならない。


「そんなわけで今日も頑張ってくれ。フェアが終わったらシフトも都合するからさ」

「しょーがないっすね」


 俺は諦めてバイト服に着替えても今日も頑張ることに。

 夏姫の事は考えてもなるようにしかならないか。






 俺が家に帰れたのはいつも通りの夜の11時過ぎだった。

 夏姫には夕食は自分で取るように言ってるので問題はないはずだが。

 

「ただいま……?」


 何やら家に帰ると、まだ電気もついていた。

 夏姫は既に寝てると思っていたのだが。

 リビングのソファーに寝転がりながら何やら携帯電話をいじっている。


「おかえり」


 妹に挨拶をされただけなのに、あれって思ってしまうのはなぜだろう?


「夏姫、何をしているんだ?」

「携帯アプリのゲーム。見て分かんない?」

「携帯用のゲームね。麻雀とかなら俺もするよ」

「ふーん。私は恋愛ゲームだけどね。課金しなきゃ好みのルート入れないとか最悪だわ」


 ほぅ、夏姫もそう言うゲームをするんだ。

 あまり、この子にはそういうイメージがないんだが。

 年頃の女子高生、普通のことなのかもしれないな。


「どういうゲームなんだ?」

「BLもの」

「すまん……びーえるって何?」

「男の子は知らない方がいいゲームの事。男子禁止のゲームだから」


 へぇ、女の子用のゲームってのがあるんだな。

 俺は全然そっち系は知らないので、適当に頷いておく。

 機会があったらBLについて調べてみる事にしよう(危険)。


「それで夕食はまだなんだって?」

「そうよ。明彦をわざわざ待ってあげてたの」


 実は帰る前に夏姫からメールが送られてきて、俺が帰ってきてから夕食を食べると言いだしたのだ。


「お腹空いただろ。さっさとひとりで食べに行けばいいのに」

「せっかく、こうして一緒に暮らしているわけなんだから夕食くらい、明彦ととってもいいじゃない。それって嫌なの?」


 軽く照れくさそうに言う夏姫。

 何だよ、今、ものすごくドキッとしたぞ。

 妹からまさかの言葉に俺はドギマギさせられる。


「そ、そうか。そう言うなら早く行くとしよう」


 ははっ、夏姫にも俺と夕食くらい取りたいって気持ちがあるなんて……。

 もしや、俺達の関係ってそんなに悪くない?


「夏姫も俺の事をちゃんと兄として……ん?」


 なんて夏姫が俺を慕っているとかいう妄想など思ってしまうとよくない。

 これは罠だ、何かあるに違いない。

 相手はあの夏姫だ、素直に俺と食事したいなんて言うはずがない。

 着替え中に考え抜いた結論は……。


「夏姫、実は昼間にお菓子の食べ過ぎでお腹がいっぱいだったろう?」

「――ギクッ!?」

「そんでもって、夕食代も浮かそうと俺を待っていた。違うか?」

「――ギクッ、ギクッ!?」


 あからさまな妹の態度に俺は深いため息をついた。

 やっぱり、そういうオチなのね。

 素直に俺と「夕食が食べたいから待っていたの(はぁと)」なんて展開はありえない。

 少しでも信じた俺がバカだった。


「はぁ。いいから飯に行くぞ。明日も俺は学校だからな。さっさと寝たい」

「ていうか、何でこんな時間までバイトなの?」

「今は店が忙しいからなぁ」

「ふーん。女っ気のない生活をしているんだね」


 店が忙しいからだって言ったのに、何で勝手に決め付けるんだよ!?

 ……反論はできないのが悔しい。

 俺にだっていつかは、恋人のひとりやふたりくらい。

 恋人なんていなくたって、今の生活は楽しいから良いんだよ。

 嘘です、やっぱり日々の潤いと刺激は欲しい(願望)。





 本日もファミレスで夏姫は秋の洋食フェアと言う特別メニューの『きのこたっぷりハヤシライス』と言うのを注文、俺も同じものを頼むことにした。


「それで、今日は1日何をしていたんだ?」

「朝から繁華街へ出て、パティシエになるための情報収集に行ってきたわ」

「お菓子のお店めぐりってことか。よく飽きないな」

「飽きるわけないじゃない。こんなにもたくさん、一流のお菓子店が並んでいるのよ?これほど幸せな場所なのに、どうして飽きるわけ?私にとっては夢そのものなの」


 毎日が発見、彼女にとっては楽しい毎日の連続らしい。


「と言うワケで、明彦。そろそろ、追加の予算をちょうだい?」

「一昨日、5000円をあげただろ。まだあまってるはずだ」

「ふんっ。そんなの、私の財布を見て言ってよね!」


 彼女は堂々と俺に財布を差し出すと残金は368円だった。

 紙幣はゼロと言うのが無計画さを表している。

 

「どんだけ無駄使いしているんだよ、たった二日なのに!?」

「女の子には必要なモノがあるの!お、お菓子だけに使ってるんじゃないんだからっ」

「決めた。渡すお金は減らす」

「だ、ダメっ!?そんなことされたら欲しいモノが食べられないじゃないっ」


 どれだけ甘やかされて育ってきたんだろう、この妹は……。

 そりゃ、実家はそれなりに裕福で困ることなくここまで生活してきたわけだ。

 それにしても、こんなに無駄使いばかりするとは、この娘には家出少女と言う自覚はないと思っていいんだろう。

 そもそも、東京に出てきた時からこの妹の金遣いには問題があったわけで。


「減額は決定事項だ。無駄遣い禁止」

「えーっ!?そんなのひどいっ!」

「ひどくない。それでも充分だろ。そもそも、お前は家出をした身なんだからな」

「もらってるお金程度じゃ朝と昼と夜の御飯だけで使いきっちゃうじゃない」


 毎日与え続けているお小遣い。

 母さん達からも援助は受けてるし、お金に困っているわけではない。

 だが、きっと夏姫はほとんどをお菓子につぎ込むだろう。

 甘いもの、お菓子が好きで仕方ないのは分かっている。


「お待たせしました、注文のハヤシライスです」


 ちょうど俺達の前には夕食が運ばれてくる。


「いただきます」

「うぅ、もっと増額を求むわ。あむっ、美味しいっ!」


 ハヤシライスが美味しいので、食べるか話すかどちらかにしてくれ。

 ふと夏姫は何かに気づいたらしい。


「……明彦っていつも外食なわけ?」

「そりゃ、まぁ。大抵の日はバイト帰りに牛丼屋とかファミレスってのはよくあることだな。自炊なんて滅多にしないし、したとしても冷凍食品をレンジでチンっとするくらいだ。面倒だからなぁ」

「それじゃ、私からの提案。朝と夕食を私が作ってあげるからお金を増額してくれない?それなら、ギブアンドテイクってことでいいでしょう?」


 増額要求の代わりに手料理をするってことか。

 夏姫はこう見えても、家庭料理もかなり美味しくて上手なのだ。


「……どうせ、手料理をふるまってくれる女の子もいなくて、ファミレスオンリーな明彦にとっては魅力的な話だとは思わない?」

「夏姫の料理が美味しいのは知っているけどさ」


 だが、そう言うのもいいのかもしれない。


「仕方ない。それで手を打とう」

「了解、契約成立ね。夕食の材料費も追加でよろしく」

「……あれ。これでいいのか、俺?」


 何だか妹にしてやられた気がしないこともないのだが?

 深く考えたら負けな気がして俺はそれ以上考えずに、食事を続けることにした。

 夏姫じゃないけど、誰かと夕食を取るってのは案外楽しいものだからな。

 

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