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序章:家出した妹

別作『あい・にーど・ゆー』と世界観が共通しています。

【村雲明彦】


「お兄ちゃんっ」


 そんな言葉を妹である“彼女”から聞いたのはいつ以来だっただろうか。

 小さな頃は素直で可愛い子供だった。

 無邪気に俺の横で笑う彼女が可愛かったな。

 それが今では……はぁ、と思わずため息をつきたくなる。

 女の子とは本当に変わるものである。

 今のアイツは可愛げなんて微塵もない、生意気な女の子に成長していた。

 俺の事を兄扱いしなくなったのはいつごろだったか。

 中学に入った頃から、俺をお兄ちゃんなど呼ぶ事もなく、兄妹としての関係は最悪だった。

 小生意気な夏姫と顔を合わせば口喧嘩。

 たまに友人達の仲いい兄妹ぶりをみてると羨ましく思えるくらいだ。

 それだけならまだマシだった。

 その問題の俺の妹、夏姫(なつき)。

 どうやら、彼女が家出をしたらしい――。






「……は?マジで言ってるのかよ」


 俺の名前は村雲明彦(むらくも あきひこ)。

 地元から離れ、単身、東京の大学に出てきた大学1年生だ。

 すっかりと夏も終わり、肌寒さを感じ始めた秋の季節。

 俺は街中で母親からかかってきた電話に思わず間抜けな声を出していた。

 電話をかけてきた母親は慌てた様子と声で相当、困っている様子らしい。

 

『えっと、最初から話すわね。あの子が受験生なのは知っているでしょ?』

「……そりゃ、俺よりひとつ下の高校3年生なんだから分かってるけど?」

『あの子、ある大学の指定校推薦をもらっていたの。それなのに入試試験直前になっていきなり家を出るって行方不明になったのよ。携帯も繋がらなくて』


 あの夏姫が家出をするとは……。

 普段、何を考えているか分からないからありえない事はない。

 

「それっていつの話だ?ついさっき?昨日?一昨日?」

『もう今日で5日目。最初は友達の家にでも泊ってると思ってたんだけど、そう言うワケでもないみたい。さすがに心配になって学校とか色々と相談し始めたの』


 最初は両親も真剣に取っていなかった家出騒動も数日経てば焦り始めた。


『……明彦のところには来ていない?』

「いや、こっちには来てないよ。さすがに東京まで出てくるのは無理だろ?隣街程度が限界じゃないか?アイツの性格的にもさ」


 人に頼ると言う事を嫌う子だ。

 誰かの家に、と言うのはあまり考えられない。


「アイツ、最近は友達もそんなに数は多くないだろ」

『何人かのお友達の家には連絡をしてみたけど、いなかったわ。学校の方にも行っていないし、あの子、どこに行ってしまったのかしら』


 元々、ふらっとどこかに出かける事もあり、すごく気分屋なのだ。

 だからこそ、扱いが難しくもある。


「俺、これからバイトなんだ。またその話は明日にでもしてくれる?こっちも、見かけるような事があったら連絡をするよ」


 明日は土曜日、ゆっくりとその件について話を聞こう。


『分かったわ。もしも、明彦の所に連絡がきたら話を聞いてあげて。私はたちは別に怒っていないの。あの子を心配しているから』

「了解。ったく、アイツめ。どこに家出をしやがったんだ?」


 俺は母親からの電話を切ると軽くため息をついた。

 家出をした妹という問題が発生。

 だが、今の俺にとってはバイト時間に間に合うかそれも問題だ。





 俺のアルバイト先は大手居酒屋チェーンの居酒屋だ。

 毎日のようにこの店でアルバイトをしている。

 事務所に入ると店長の店長が声をかけてくる。

 いかにも中間管理職が似合いそうなおじさんである。


「あっ、村雲君。今日は2人もいないから、その分も頑張ってくれ」

「……マジッすか。そう言えば、そうでしたね。分かりました」

「明後日までには2人ほどちゃんと採用するからさ。ったく、困るよねぇ。この時期に一度に2人もやめちゃうなんて。世間でブラック扱いされすぎてるせいかな」

「学生バイトってそんなもんっすよ。自分の都合しか考えてません」


 アルバイトと言えど、お店が忙しいのですぐにやめてしまう人間もいる。

 接客業だし、お客との絡みが嫌な人間もいるわけだ。

 それを込みでの仕事だがそう上手くいかないことも多い。


「最近の子達には根性がないよ。何かあっても打たれ弱いし。僕らの頃とは違うんだな。それと辞めるならもっと前に言えって。急すぎてこちらも大変だ」


 店長は嘆きながら、既に採用を決めている何人かの子達の写真を見せる。

 このふたりが俺と同じ時間にシフトを組む相手か。


「新人の子たちが入れば、村雲君にはフォローも頼む。迷惑をかけるね」


 仕事帰りのサラリーマンや大学生が賑やかに騒いでいる相変わらずの店内の雰囲気。


「オーダー入りました」

「分かった。村雲君、3番テーブルにこれを運んでくれ」

「はい。すぐに行きます」


 厨房とフロアの行き来だけでも、それなりの運動になる。

 それと接客業特有の客トラブルもあったりして、この仕事は楽ではない。

 それでも、慣れれば普通にこなせるようになった。

 時給も悪くないし、こき使われて嫌になればやめるだけ。


「……それにしても、夏姫が家出ねぇ。変な所にいなきゃいいが」


 女の家出はどうしても性的な意味でのそう言う話を考えてしまう。

 アイツももうすぐ18歳だっけ。

 いい年齢だけに心配がないと言うのは嘘になる。


「よしっ。割れた皿の片づけ終了、と……痛っ?」


 客が割った皿を片づけて指を少し切ると言うアクシデント発生。

 俺はすぐに事務所で絆創膏をもらって、指先に貼った。


「……夏姫の事を考えて仕事のミスをしてもしょうがないぞ、俺」


 ここは頭を切り替えておかないとな。


「さぁて、後少しだ。頑張りますか」


 俺は気合を入れ直して、再び店へと出て行った。






「我が妹よ、お前は今、どこにいる?」


 俺はアルバイトが終わり、夜の街を歩きながら家に帰ろうとしていた。

 “妹が家出をした”と言うのは、言葉にすれば事件のように思える。

 だが、今の時代、家を出て行く女の子が珍しいわけでもない。

 俺は夜の街を見渡して見る。

 バイト帰りでもあり、今は最終電車も終わった12時過ぎの深夜。

 それなのに、駅前にはひとりで夜の街を歩く“子供”は少なくないのだ。

 怪しげに溜まる男たち、見知らぬおっさんと並んで歩く女の子の先はホテル街……。

 都会にはそう言う現実ってのは普通にある。


「まぁ、人間はそれぞれ事情や抱えてる物も違うからな」


 彼らは自分の意思で行動しているのだ。

 それを否定する気にはなれない。

 ただし、身内がそうなるとさすがに考えるものはある。


「ふぅ、飯でも食ってさっさと帰るか」


 この時間だと24時間営業の牛丼屋かファーストフード、ファミレスなど選択肢はさほど多くないが、こういう生活にも半年が経てば慣れた。

 大学に入ってからはずっと学校とバイトの毎日だ。

 彼女とかいたら、もうちょっと潤いのある生活ってのが手に入るのかもしれない。

 だが、あいにくと女とは高校時代から縁がない。

 大学で探せばいい……?

 ハッ、理系大学のほとんどは男で女の子は少なすぎるのだ。

 こういう時には出会いの場を求めて合コンとかしてみたりするが、それも不発気味。

 今は焦らず、バイトに時間を費やしていた。


「んっ……?」


 俺が夕飯を何にしようか悩んでいた時に前から大きな声がする。

 警察官に取り囲まれた女の子が話を聞かれているようだ。


「だから、話を聞かせてくれないか?」

「うるさいっ。私に構うなッ」

「はぁ。あのねぇ、キミ、何歳?こんな時間に……」


 警察官も女の子に怒鳴られて肩をすくめる。


「今時の子は扱うのは大変だと俺も妹で身にしみている」


 ……今時って俺もそんなに大差ないのに、言ってる自分が年寄りに思える。


「19歳なのに、下手に歳は取りたくないな」


 大学生になって俺も大人になったと言うことにしておこう。


「……だから、私はっ!」


 女の子の方はまだ揉めている様子。

 やれやれ、気が強い子は苦手だ。

 あの生意気な妹を思い出す。


「さっさと飯を食って寝よ。今日は牛丼にしようかな」


 俺は彼らの横を通りすぎて、帰ろうとする。

 女の子よ、帰れる家があるのなら帰った方がいいぞ。

 と、内心思いながら何気なく彼女の方を向いた。


「「――あっ!?」」


 女の子と俺、お互いに目があって驚いた声を上げる。

 今、まさに警察官に補導されかけている女の子。

 短めの黒髪、凛とした強気な瞳にお気に入りの黒い服装。

 整った容姿なのにもかかわらず、それをあまり意識してない薄いメイク。

 その少女に俺は見覚えも心当たりもある。


「えぇ!?何でお前がここにいるんだよ、夏姫!?」


 自分の妹だ、その顔を間違えることがない。


「――げぇっ。最悪、こんな場所で“アンタ”に出会うなんて」


 呆れた顔をする少女こそ、家出中の俺の妹、夏姫だった――。

 

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