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奇怪青春期  作者: 中村龍二
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漠然とした怠惰な日々③

「うーん……。ねえ、ここって分かる?」

「どこ? ……あ、そこか。分かんねえ!」

「そっかー……。あ、ちょうどいいところに揺が! ちょっとこの単元教えてよー」

 部室に入ると、二人の男女が向かい合って教科書と睨めっこしていた。

「知るか。自分で頑張れ」

「えー。ちょっとくらいいいでしょー。揺のケチ!」

「それは俺が倹約家だという風に解釈しておく。ありがとな」

「褒めてないし!」

 陽目と違って正統派な可愛さを誇る彼女の名は葉枝見恵美。若干茶色がかったロングヘアに端正な顔立ちは、初対面の俺をドキリとさせ部活が同じだと気づいた時には運命だと勝手に解釈させた程である。これで黒髪ロングだったら一目惚れまである。童貞は黒髪ロングに弱い。男性経験が少なそうで近寄りやすいからだ。

「それに、教えてもらうのなら乙原が適任だろ」

「いやー、それはそうなんだけど、二人の方が成績上がるかなーって」

「ないな」

 むしろ下がる。他人と世間話すらしない俺がものを教えられるはずがない。耳元で関係ない数字の羅列囁くぞ。

「まあ、揺は自分の中で完結してるからな。けど、それはそれで良いと思うぞ」

 と言ったのは乙原匠(おんばらたくみ)である。彼は俺にはないものをほぼ備えている。言わば上位互換。容姿も、コミュ力も、友人も、身長も、信頼感も、存在感も、ついでに妹も。唯一勉強だけ同レベルだが、勝ってはいない。同年代において、これほどまでに『人間』として完成された奴はおおよそ見たことがない。

 だから俺は、こいつが苦手だ。

 完璧だからゆえに、どこか胡散臭さを感じてしまうのだ。人間、他人の長所は挙げられないけどもその人の短所であれば簡単に示せるように。逆に長所しか挙げられない彼には、底知れぬ怖さを感じる。

 学生生活研究部の部室は、十畳くらいの広さで中央に来客用のテーブルと数脚のパイプ椅子がある。壁際には小さな本棚と、その上にはコーヒーメーカーと人数分のマグカップが用意されている。俺はパイプ椅子に腰かけ、カバンの中から読みかけのラノベを取り出した。

 部室内では各々がやりたいことをやっている。俺の読書然り、乙原と葉枝見の勉強然り、陽目の少女漫画鑑賞然り。こういう自由な空間であれば俺も別段居心地が悪いというわけではない。無干渉はいいことだ。逆に沈黙を嫌って無理に会話されるのは耐えられない。そうではないから俺は何とか通えている。まあ、陽目に無理やり引きずられて来た、ていうのもあるのだけれど。

 ペラペラとページを捲りながら読み進めていると、不意に扉が数回ノックされた。それを合図に教科書や漫画をしまう。来客体制を整えるためだ。めんどいけど。

「どうぞ」

 最低限のものを片付けてから、部長である乙原が扉の外にいる人に声をかける。

「し、失礼しまーす……」

 入ってきたのは小動物チックな女子生徒。体格からしてそうだが、いかにも気が弱そうだ。あくまで見かけ上な。面識ないから多分相談者なんだろう。この学校の大半は面識ない人たちなんですけどね、ははっ。

「ちょっと相談があって来たんですけど……」

 何やら彼女は話しづらそうにモジモジしながらちらっとこっちを見てきた。まあ、言いたいことは分かる。大方、この生徒は恋愛相談に来たんだろう。それで男子である俺の存在を気にしていると。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 ここで気を利かして席を外す俺、超紳士。むしろ気を利かしすぎて周りと関わらないレベル。あ、紳士はトイレを「ちょっとお花を摘みに」っていうんだっけ? それは淑女だろ。

 出て、部室棟一階まで降りる。何故か乙原は部室に残った。あいつは恋愛経験豊富そうだもんな。「乙原君は良いけどお前は消えろ、この童貞が」とかさっきの女子に思われてたら軽く人間不信になる。現状もその傾向はあるが、トドメの一撃になるだろう。

 トイレに行く、とは言ったが勿論嘘なので行く気はない。十分くらいしたら戻るか。なんならこのまま帰宅したいとこだが、チャリの鍵が入ったカバンを部室に置きっぱなしにしているのでできない。残念!

 仕方なく建物の裏手にある自販機で缶ジュースを購入し、チビチビ飲みながら時間を潰す。

 ぼーっとしているとその分五感が研ぎ澄まされている気がする。特に聴覚。運動部の掛け声がいやに大きく聞こえる。運動部の連中は素直に凄いと思う。いや、個人を褒めたのではなく、『部』が凄いと言ったのだ。

 上下関係は厳しいし今のように暑い中声出してグランドを走り回らなければならない。そんな少林寺の映画みたいに過酷な部活が今でもなお存続しているという『引力』が凄いと。そう思うのだ。個人的には野球部がお気に入りである。昨今個性を求めてアクロバティックな髪型にする奴が増殖する中、自ら坊主になるという没個性の道を歩んでいる。実にすばらしい。

「……暑いな、今日も」

 つい独り言を漏らしてしまう。一人だとよく「あーマジねーわ」とか無意識に呟いちゃうのは俺だけでないはず、だよね?

 いつの間にか十分経ったので部室に戻るべく足を動かす。運動不足の身としては階段の登り降りは結構きつい。

 二階まで歩を進めると、先程部室を訪ねてきた女子生徒とすれ違った。もう終わったのか。短かったな。

 とりあえず目があったので僅かに会釈すると、彼女はやや戸惑った眼になってやはり微妙に会釈を返してきた。って、俺のこともう忘れた?そんな不審者見るような目で見てくんな。興奮するだろ。

 戻ると、何やら話し込んでいた。恐らくあの女子の相談内容についてだろう。

「あ、おかえり揺」

「で、なんだって?」

「ああ、万年山(はねやま)さん?恋愛相談だよ」

「そうか」

 一応守秘義務的なルールもあるし、さして興味があるわけでなし。なので俺はそれ以上聞かなかった。

 このまま時間が過ぎていき、今日の活動はお開きとなった。 戸締まりをきちんとしてから部室をあとにする。帰り道は途中まで全員一緒――駅へと続く道なのだが――なので、俺は渋々並んで帰る。出番のない俺の『疾風号』――もとい自転車が可哀想だ。押して帰る羽目になるからな。

 行きは登りの多い立地だが、当然帰りは下りが多くなる。陽が沈みかけているからか昼間より涼しい。自転車で快走すればどれだけ心地よいことか。

中途で駅に向かう乙原と陽目、自転車通学の俺と葉枝見とに別れ、互いの帰路を歩く。

 俺はリア充が嫌いだが、話しかけられて敵意むき出しに無視したりなどしない。ちゃんと答える。こちらからは話しかけないが。大人だからな。それにしても『大人』を『オトナ』にすると何かエロくなる不思議。

「そう言えばさ」

 葉枝見が今気付いた風に言う。

「何で揺はテストの結果教えてくれないの?賢いのに」

 期末テストが迫ってることもあって話題のチョイスとしては当然だろう。確かに俺は成績が良い。ボッチだから自然と勉強に向かう時間が増えるのだ。

 うーん、と俺は多少迷ってから答えた。

「……テスト結果がもし悪かったとして、お前ならそれを進んで見せたいか?」

「いや。むしろ誤魔化すかな」

「じゃあその逆だったら?」

「良かったらってこと?それなら見せるよ」

「悪いとは言わないが、虫のいい話だと思わないか?」

「……あ」

 そう。大抵の奴は葉枝見と同じ心理を抱くはずだ。俺とてその類に漏れない。悪かったにも関わらず見せたがる奴はそれをネタにしようとする愚か者だ。

 けれど、それは都合良くないか。

 見せるのなら、その良悪問わず開示すべきではないのか。良いときだけ誇示して、自身より下を見下すなら、自分もそのリスクを負うべきではないのか。

 だから俺は見せない。そのリスクを負いたくはないからだ。決して見せる奴がいないからだとか、そんな理由ではない。ホントに。ホントホント!

「別に悪くない。自己を晒すことで成り立ってるのが『友達』ってやつなんだろ」

「……なーんかやな言い方」

「おっと失礼」

 こうして、今日も滞りなく、漠然とした怠惰な一日が過ぎていく。


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