女々しさ
本当は、死にたくなるくらい嫌で
足元に感じる爽快さで泣きたくなるくらい恥ずかしいと思うスカートに足を通して、
僕は毎日、学校に続く道を急ぐ。
「シンユウ」の君に会いたくて。
小さいときから思ってたけど、
学校とか、人が多い場所では僕は僕ではなくなるらしい。
中学に上がってからは、特に。
教室に着くとまず、女のコ達から人気の高い男どもに挨拶され
そして、僕も笑顔でおはようと返す。
鞄をおろすために自分の席に向かうが、
女のコ達が団子状になっているために実行出来なくて、しょうがなく
床の邪魔にならないところを探した。
僕が笑顔で挨拶すると、頬を赤らめ喜ぶ君は、僕にとって『同性』。
僕の席でスカートをバタバタとして脚をさらす君は、僕には『異性』。
目のやり場に困って、
「女の子らしくしなさい」
って、頭を軽くノートで叩く。
それぐらいしか抵抗できなくて、「はーい」って言いながらまたスカートをバタバタしだす女友達から軽く目を反らした。
しばらくして朝練組の奴等がチラホラと見え始める。
あ。
同じ部活の子と教室に入ってきた君を見つけて僕は頬を緩めた。
「梅ちゃん!」
思いっきり腕を振るとグキッっと嫌な音がしたが、気にしない。
僕の席でくつろいでいた女のコ達が呆れたように笑った。
「良かったねー、ご主人様のおでましだよ」
「美剣、犬みたい。かわいー!」
「毎日毎日よくやるよ」
僕のこの言動は、毎朝繰り返されているのでクラスの皆にはもう馴染みの光景になっているのだろう。
特に怪しまれることもなく呆れた顔で見守られる。
梅ちゃん、本名は本永 梅子という。
今時珍しい古風な名前を持つこの少女こそ僕の「シンユウ」であり、想い人なのだ。
鞄を下ろして僕の席に来た君にいつもどおり椅子を譲る。
「おはよう、梅ちゃん」
「うん、はよ」
素っ気なく返された言葉に笑顔になる。
梅ちゃんの髪ゴムを外すと肩までくらいの天然パーマがあちこちに跳び跳ねた。
櫛を無言で渡されて、僕も無言で受け取って髪が真っ直ぐになるように努力する。
「文化部なのに、朝からごくろーさん!」
隣に座る真彩ちゃんが梅ちゃんの髪をグシャグシャッとするから、
真っ直ぐにするところが増えてしまった。
「紗奈も梅子と同じ部活だよね?」
「あーうん。いっしょー」
「何で梅子はうぜー朝練とやらに出てんの?」
真彩ちゃんではない方の隣の席でだらんとしてた紗奈ちゃんが顔を上げる。
そして梅ちゃんを見てにやりとしてみせた。
「先輩がー出てんだよねぇ。ね、梅チャン?」
先輩、ね。
跳ねもとりあえず落ち着いてきたから髪を1つにまとめる作業に取りかかる。
君が数拍遅れて紗奈ちゃんに勢いよく顔を向けるもんだから
まとまりかけてた髪が僕の手からするりと抜け出す。
少し、止まっててくれないかな。
「黙れ、馬鹿紗奈」
「まあまあ、落ち着いて」
梅ちゃんの両頬に手を差し込んで前を向かせる。
むくれたように膝を抱えた君があまりにも切なげに目を伏せるから、
僕は今日も要らぬ情報を手に入れてしまう。
「先輩に、おはようって言えた?」
これも毎朝繰り返される会話だ。
どうせ僕が聞かなくても、紗奈ちゃん辺りが問うのだろう。
君はいやいやと首を横に振った。
「言えなかった。なんか、急がしそうだったから・・・」
君が、先輩に、挨拶したりするのは嫌だ。
でも、
「そっか・・・、まあ放課後また会えるよ!」
いつもサバサバしている君が悲しそうにしてるのを見るのは、もっと嫌だ。
「・・・ううん、今日先輩歯医者なんだってっ。」
ヤケになったようにそう言うと顔をうずめてしまった。
チッ。
「まーちゃん、舌打ちしないでよ!」
「はぁ?してないけど・・・」
ふふっと僕の口から柔らかい笑いが漏れた。
「あ、みーちゃんが笑った!」
にこぉと笑んだのは唯ちゃん。
絶対、地獄耳だ。
僕の舌打ちが聞こえるってことは、かなりの確率で。
口の中で押し殺すような舌打ちが出来るようになった。
自分でも凄い技だと思う。
きっかけは、君のいう名も知らぬ『先輩』に怒りを抱くようになったからだ。
挨拶ぐらい、してやれよ。
歯医者なんか、休みの日にいけばいいだろ?
僕の「シンユウ」になんて顔させるんだ、
しかも、こんな表情させてる自覚なんてこれぽっちも無いんだろ?
彼女を笑顔に出来るのは、お前しかいないのに!
何で、僕じゃないんだろう?
僕なら、君を一番に優先させるのに。
僕なら、君をうざいほど愛してあげられるのに。
僕は、君だけを見てるのに――
僕、僕ってばっかみたい。
ただの負け惜しみだ。最初から付け入る隙なんてどこにも無かったのだから。
自分の女々しさに嫌気がさす。
さしたとこでどうにもならないのだけども。
「・・・そんなに、先輩のことが好き?」
「うん、」
“大好き”
はぁ。
つい、溢れた溜め息に君はキッと僕をひと睨みして「馬鹿にすんな」って言う。
違うよ、馬鹿にしてないよ。
「梅ちゃんはさ、一途だよね」
まあ、僕には負けるけど。