第7話:「慢心の代償」
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
今回は、少し残酷でシビアな展開となります。力量を見誤った者の末路と、迷宮という場所が持つ本当の恐ろしさをエレンたちが知るエピソードです。
少し重い空気になりますが、どうか最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
翌日――
エレンとノルンは、再び王都地下ダンジョンへと潜っていた。
一階層の通路に、耳障りな舌打ちが響く。
「チッ……トロくせぇな。なんだあの動き、効率が悪すぎるだろ」
昨日と同じ声だ。
苛立ちを隠そうともしないその男は、レベル7の剣士カイン。
「おい、そこの底辺Fランク共」
ゴブリンを倒し終えたエレンとノルンの背後から、嘲るような声が飛んだ。
振り返ると、少し離れた位置で腕を組んだ男が二人を見下ろしている。
「ちまちま一匹ずつ狩ってて楽しいか? タゲ取りも火力も中途半端。だからいつまでもモブなんだよ」
鼻で笑い、肩に剣を担ぐ。
「俺の立ち回りを見て勉強しろ。こんな湧きの遅い一階層じゃ効率が悪い。三階層でまとめて刈る。それがレベリングってもんだ」
「えっ……あの……」
ノルンが戸惑いの声を上げるより早く、カインはずかずかと歩み寄った。
「ちょうどいい。実地で見せてやる」
有無を言わせぬ調子でそう言うと、カインはノルンの手首を掴み、そのまま階段の方へと引っ張る。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
突然の力強さに、ノルンの体がよろめく。
エレンは一瞬だけ目を細めたが、すぐに困惑した表情を作って後を追う。
「わ、私たちまだ準備が……」
「甘えんな。経験値は待ってくれねぇんだよ」
カインは振り返りもせず、階段へと向かう。
「来い。三階層で本物の狩りってやつを見せてやる」
「えっ……ちょ、ちょっと待ってください!」
ノルンが戸惑いの声を上げるが、カインは聞く耳を持たない。
強引に彼女の腕を引き、下層へと続く石段を降り始める。
「初心者は実戦で覚えろ。安全圏でチマチマやってても強くはなれねぇ」
エレンは一瞬だけ目を細めたが、すぐに怯えた表情を作った。
「わ、私たち……まだ準備が……」
「甘えんな。俺がついてりゃ問題ねぇ」
有無を言わせぬ口調で、カインは二人を三階層へと連れていく。
――三階層。
空気が、明らかに違っていた。
「はっ、なんだよ。敵のグラフィックが変わっただけじゃねぇか」
薄暗い広間に現れたのは、二メートルはあろう巨躯のホブゴブリン。
だがカインは臆するどころか、鼻で笑う。
「俺のプレイスキルなら、この程度のレベル差は余裕で埋められる。ダブルスラッシュ!」
カインはゲーム感覚で剣を振り下ろす。しかし。
ガァンッ!と鈍い音が響き、彼の剣はホブゴブリンの硬い皮膚に弾かれた。
「なっ……ダメージが通らねぇ!? クソゲーかよ!」
舌打ちした瞬間、丸太のようなホブゴブリンの腕がカインの腹部を薙ぎ払った。
「ガハッ……!?」
吹き飛ばされ、石の壁に激突する。
肋骨が砕ける嫌な感触。肺から空気が絞り出され、口からドロリとした血が吐き出された。
「あ……痛ぇ……なんだこれ、痛ぇっ!!」
ゲームのHPバーが減るのとは違う、生々しく焼けるような激痛。
立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
そこで、ホブゴブリンが容赦なく棍棒を振り下ろし、カインの右膝を粉砕した。
「ぎぃっ!? あ、あああああっ!! やめっ、タイム! 待て、俺は選ばれた存在で――っ」
懇願も虚しく、魔物たちは無慈悲に何度も棍棒を振り下ろし続ける。
腕は叩き砕かれ、肉を引き裂かれる。手も足も出ない。ただの餌として蹂躙される。
圧倒的な力の前に、彼のちっぽけなプライドとゲーム脳は一瞬で吹き飛び、あとに残ったのは動物的な絶対の「恐怖」だけだった。
「――ぎゃああああああああっ!! いやだ! 死にたくない! 痛いっ、助けて、たすけっ――」
カインは1匹のホブゴブリン相手に手も足も出ずに、あっという間に殺された。
「えっ……」
エレンとノルンは、その場に縫い付けられたように立ち尽くした。
眼前に見えているのは、カインの肉が裂け、骨が砕かれる生々しい死体姿。
そして、ぐしゃり、という重い音を最後に……迷宮は水を打ったように静まり返った。
「……うそ……」
ノルンの手から短い剣が滑り落ち、カランと冷たい音を立てた。
エレンもまた、全身の震えを止めることができなかった。
いつも冷静に立ち回りを計算していたエレンの頭の中が、真っ白に染まる。
あの不遜だった男が、死んだ。
魔物に肉を喰い散らかされ、二度と戻らないただの「死体」になったのだ。
――ぐちゃり、と。
ホブゴブリンがカインの亡骸を踏み潰す音が、やけに大きく響いた。
その瞬間、エレンの理性が弾け飛ぶ。
「に、逃げるわよ!!」
叫ぶと同時に、ノルンの腕を掴んだ。
「え……で、でもカインさんが――」
「もう死んでる!! 次は私たちよ!!」
ホブゴブリンの濁った目が、ゆっくりと二人へ向けられる。
ギィ、と棍棒を握り直す音。
それだけで、背骨を氷が滑り落ちた。
「ひっ……!」
次の瞬間、地面を砕く衝撃音。
「きゃああああああっ!!」
二人は悲鳴を上げながら駆け出した。
足がもつれ、何度も石床に転びかける。背後では、重い足音が追いすがる。
振り返る勇気などない。ただ、生きたいという本能だけで走る。
「一層まで戻るのよ! 階段はこっち!!」
「やだ、やだ、来ないでぇぇぇっ!!」
迷宮の回廊に、甲高い絶叫が何度も反響する。
もはや冒険者ではない。ただの、獲物だ。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、二人は転がるように階段へ飛び込み――
ほとんど落ちるような勢いで、一層へと逃げ帰った。
顔面を蒼白にさせた二人は、ただただ本能的な死の恐怖に急き立てられるように、地上へと逃げ帰った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回はエレンとノルンにとって、初めて身近で「死」という現実を突きつけられるショッキングな出来事となりました。
ゲーム感覚で迷宮を舐めていたカインの末路は、この世界のシビアさを物語っています。この恐怖が、今後の二人の行動にどう影響を与えていくのか……。引き続き見守っていただけますと幸いです。
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