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最終話

 店内の明かりが揺らめいて、少し暗くなった気がした。

「雨がもうすぐ止みますね。家に帰れますよ」

 青年が静かにそういって、私は青年を見つめる。早く店を出て欲しいとか、そんな雰囲気ではない。

 心なしか青年の輪郭がぼやけて見える。

 私は思わず手を伸ばしていた。青年がそこにいるのか確認するために。指先はむなしく空気を掴むだけだった。

 青年は静かにいう。

「雨が止むと、僕はここにいられないんです。僕はこの世の者ではないから」

 なぜだかわからないけれど、私はそのことにたいして驚かなかった。

 温かい飲み物とおにぎりで優しい記憶を呼び覚ましてくれた青年との別れのほうが、私の心をひどく動揺させる。

 この短い時間で私の心がまだ名も知らない青年を求めていた。

「一時の雨宿りに来られる方は一雨ごとにいるんですけど、あなたのように雨が上がるまでおられる方はあまりいません。現実に戻るのはお辛いかもしれませんが、そろそろお時間です」

 青年の声が遠くに聞こえる気がした。

「また会えますか?」

 絞りだした声は懇願するように響く。

「雨が降ればきっと。でも、雨を待つよりも、あなたが今思い出した人に会いにいってみてはどうですか? その人にはまだ触れられるでしょうから」

 思い出した人。青年の言葉に母の優しい笑顔が浮かぶ。

 一瞬瞬いただけで、私は店の外にいた。

 空を見上げれば雲は残っているものの雨は止んでいた。

「でも、私はあなたに触れたかった」

 心の中でつぶやいて、私は地面に置かれた買い物袋に手を伸ばす。

 青年は私のことを全て見抜いていたのだろうか。それとも雨を通して知っていたのだろうか。

 捨てられて、人に触れることが怖くなって、閉じこもっていた私のことを。

 自宅にたどり着いて、暗い部屋に乱雑にものが散らかっているのを見てため息が零れる。

 コーヒーを飲もう。青年のように美味しいものは作れないが。

 そう思いながらお湯を沸かし、少しの湯にインスタントコーヒーと多めの砂糖を溶かして、たっぷりの牛乳をいれる。一口すすってぬるかったので電子レンジで温めた。

 温かくなったカフェオレを飲むと少し気分がよくなる。

 部屋を片付けよう。母に連絡を取ってみよう。誰かに料理をふるまおう。

 夢のような温かな時間から冷たい現実に戻ってしまうのは辛い。

 雨の日にしか会えない青年に、触れることのできない青年に、私はそれでもまた会いたいと思ってしまうのだろう。

 雨の日が、胸を締めつけるほど愛おしくなる。

 あの温かな場所で青年と雨宿りできるなら、頑張れる気がした。

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