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第三話

 幼い頃ですら私は世界が怖かった。幼かったからかもしれない。そんな私にとって雨は世界の怖いこと嫌なことに壁を作ってくれる存在だったと今なら思う。

 雨なら無理に遊びに行かなくていいし、嫌いな体育は外よりましな室内の球技とかに変わる。

 今の私にとっても雨は味方なのかもしれない。

 あれだけ人を拒絶して、これ以上傷つけられることを恐れていたのに、青年とこうやって接するのは何も嫌な気も嫌なことも考えない。心が穏やかだった。

 こんな時間を持てたのは、雨が降っていたからだ。

 青年を見つめていると、ふと目が合った。私の不躾な視線に眉をひそめることもなく青年はまた優し気に笑みを浮かべる。

 どこか儚げに見える青年には不思議な魅力がある。その笑みといい、声といい。どこか、現実味がないような。


 美味しいカフェモカはあっという間に飲み終わってしまった。なんとなく帰りたくなくて、雨が降っているのをいいことにそのまま居座わる。

 雨音に耳を傾けていると思い出以外にも、考えたくもないことを考えずにはいられなくなってしまう。

 無断で休み続け解雇通知がきたこと。口座の残金。離れていって触れられなくなった人。独りぼっちの部屋。

「これ、サービスです」

 そういって目の前に置かれたのは、二口ほどの大きさのおにぎりだった。ピンク色が点々としていて、海苔に包まれた俵型のおにぎりは、喫茶店にはふさわしくないような気がしたけれど美味しそうだった。

 ひとつ詰まんで口にする。鮭フレークの混ぜご飯と味付き海苔。ほんのり甘くてしょっぱい、懐かしい味。

「お母さんの作ってくれたおにぎりと一緒……美味しい」

 声を漏らし、涙が零れそうになる。

 二十歳になる頃に彼と一緒に暮らすからと反対を押し切って家を出た。それ以来ほとんど連絡を取ってないし、実家に帰ってもいない。

「僕はあまり料理が得意ではなくて。飲食店なのにだめですよね。作れるのはサンドウィッチやおにぎりぐらいですけど、美味しいといわれると嬉しいですね」

 青年の言葉に記憶の中の母が重なる。

「母も料理が苦手でした。でも、おにぎりくらいはっていって、お弁当を作らないといけない時はこのおにぎりを作ってくれてました」

 冷凍食品ばかりのお弁当でも私は気にしなかったし、白ご飯を入れてくれるだけでもよかったのに、体調が悪い時でもおにぎりを作ることだけは欠かさなかった母が瞼に浮かぶ。

「料理は得意ですか?」

 その言葉に小学校の頃の記憶がよみがえる。

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