No.9 どうにでもなれーーーーー!!!
No.9 どうにでもなれーーーーー!!!
私は、今究極の2択を迫られている。
熊に襲われていた所を助けたおじさんは、体液まみれとなった私をバケモノと勘違いして馬と共に全力でエプケープしてしまった。この大きな荷車を残して。
遺失物と化した荷車には名前の通り、そこその量の荷物が積まれている様だ。
生きていた時なら、直ぐに警察に通報をしたと思う。警察に引き継いで、その場を離れる。
当然の流れだ。だがここは死後の世界でそもそも警察はいるのか?いたとしてどうやって通報すれば良いのか・・・
この荷車を放置して進むか、おじさんが冷静になって戻って来ると信じて、この場に留まるか。
「うぅ・・・でも放置した後に盗まれてしまったら?」
立ち去った後に仮に盗まれなかったとしても、きっと私はこの先、一生この荷車の事が気になり続けるのだろう。
雨が降る度、風が吹く度、時間が経つ度ずっとずっとずっと。
「それは嫌ぁ・・・!」
もう腹を括って、戻って来るかも分からないおじさんを待つしか無いのだと、高々と登った日を仰ぎ見ながら小さく叫んだ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
────待ち始めてから、4時間くらい経っただろうか。
「ん?」
少しでも周囲を見渡せるようにと、荷車の幌部分に登り、持ち主の戻りを待っていた私は、遠くから何かが走って来るような気がして目を凝らした。
おじさんが馬で走り去って行った方向から、こちらに向かって来る小さな黒い点。
次第にその小さな点は大きくなて、馬に乗った人間だと分かった。
「戻って来た!!」
嬉しさの余り、幌から飛び降り駆け出す。
戻って来てくれた事も嬉しいが、自分以外の誰かが居てくれると言う心強さと安堵感からの行動だったと思う。
初対面の他人かのおじさんからしてみれば、いきなり現れた変なやつに親近感を覚えられているなんて、なんとも大層迷惑な話ではある。
しかし、無人島に着いて水を確保しようが、火を起こそうが、寝床を確保しようが結局の所、実は有人島で自分以外の存在が居たと言う展開に勝る事はないのだと。
あの時一かバチか歩き続けて良かったと、自画自賛で涙が滲んで来た。
向かって来る人影と、その存在に駆け寄る私との距離が100メートルくらいになった辺りだった。
「あれ・・・?おじさんじゃ無い?」
視力が飛び抜けて良い訳では無いが、あの時に見たおじさんのフォルムと、何だか違うような気がして、徐々に足を止める。
おじさんはもっと全体的にもっちりと言うか、ふっくらと丸みを帯びていたと思う。
「ひ、人違いだ・・・!!いや、でも通りすがりの他の誰かでもこの際良い!事情を話して・・・」
モタモタ考えていると、相手は30メートル手前で馬上から飛び降り、その勢いのまま目の前迄で接近すると、流れるように剣を抜き、私の頭目掛けて振って来た。
あっという間の出来事だった筈なのに、その相手の動きが何故かゆっくり見えて、剣が私の頭を薙ぎ払う前に、反射的に両手を眼前にして頭を守った。
ガキィィィィィン────・・・・・・
両腕に来た衝撃と金属音が同時。刹那、腕と剣を中心に凄まじい爆風が吹き荒れた。
後にひとつ結びにしていた髪ゴムは弾け飛んだらしく、髪は風に激しく煽られ、顔に打ち付ける。
風の中辛うじて目を開けると、腕越しに青い瞳と目が合った。
だが、驚くように見開かれた目は直ぐに険しいものとなり、私の腕に体重を載せ後へと飛び退いた。
「ビックリした・・・」
向こうも驚いているようだが、こちらもかなり驚いている。
なにせ、切られると思った頭と両腕はまだ私の体にくっ付いていて、血はおろか、痛みすら無い。
腕から斬りかかって来た相手に目線を移すと、向こうも斬りつけた剣を見ていた様で、また同時に目が合う。
そこで初めて、相手をきちんと視認した。
勘違いした相手は、おじさんよりずっと若く長躯の男性だった。
完全に初対面の知らない人だ。
知らない人にいきなり斬りかかられる筋合いも、理由も検討付かなくて黙っていたが、先に質問をして来たのは向こうだった。
「商人ギルドの馬車を襲ったのはお前か?」
「え?しょうにん・・・ぎるど・・・襲った??」
“しょうにんぎるど”と言う単語が聴き慣れない言葉で、脳内で変換出来ずにいると、向こうの質問は続いた。
「今朝街を出立した商人が、この辺りでバケモノに襲われて、荷を置いたまま馬で街に逃げ戻った。俺はその商人の依頼でそのバケモノを駆逐しに来たんだが・・・馬車襲ったのはお前か?」
この人とは初対面だが、私の後方にあるあの馬車の事を指しているのだとしたら、襲ったのは私では無い!断じて!
「ち、違います!!私はむしろ助けたって言うか」
「助けた?」
「そうです!何か爪の長い熊?に襲われてて、助けてくれって叫んでて、それで」
助けたのに、何で私が襲ったって話になっているんだろう。
「爪の長い熊?クローベアの事か?B級クラスの魔物で、生息地が違う。この辺りでの目撃例は無いが?」
ジロリと疑う目線に「うぐ・・・」とたじろぐ。
そのクローベアなる物が何で、何処に住んでいる物なのかは分からないけど、現に熊は居たのだ。
いや、私が踏み潰して跡形も無く四散したから、居たと言う証拠はこの人に提出出来ない。
「吐くならもう少しマシな嘘を吐け・・・人の言葉を話す魔物か・・・見た事は無いが、先程の一撃を受け止めるくらいだ、ここで始末しておいた方が良いだろうな」
「え?」
「この国に居座られても面倒だ。ギルドには死体を持ち帰って報告すれば問題無いだろう」
「待って待って待って、私、人間!!人の言葉を話す人間です!!」
「確かに背格好は人に近いが、それ程全身が赤黒く・・・俺の剣撃に傷一つ付かない鋼の様な肌。はっ、人間に擬態するなら精々隅々まで調べておくべきだったな」
先程よりも地を這う様な声色に、魔物と勘違いされたままここで殺されてしまうのでは?と焦る。
この赤黒いのは全身に浴びたクローベアの血が酸化して黒く貼り付いただけで、あぁ、でもさっき斬られて無傷だった事は私にも分からないし、説明も出来ない。
大体、死後の世界で何度も死にそうになるのは一体何なの!?
ここで死んだら次に何処に行くの?
もう、どうにでもなれーーーー!!!
先程よりも殺意が込められて振り翳される剣を、両手で受け止め押し返す。
相手との力が拮抗しているのか、数秒の間ギギギ・・・と犇めき合う。
が、こちらとしては命が掛かっているのだ、力を弛めるなんて甘さは無い!!
脚に渾身の力を込めて踏ん張る。絶対に負けてたまるか!!
「ファイトォォォリャァァァッァ!!!!」
────バキンィィィィン!!!!!
重く高い金属音と共に、剣は柄上・・・私の握っている部分から砕けて折れた。
「は??」
「も、話をっ聞いて下さいよっ!!!」
折れた剣を持つ相手の手首を掴み、体重を掛けて地面に押し倒す。
突然の事に怯んだのか、いとも簡単に組み倒す事が出来た。
流石にここまで来ると、私も学んだ。”この世界の生物達は酷く脆い説”地面に抑え付ける前に手首を離し、相手の体を踏み付けない様に配慮した。
手首を掴んだ時に、力を込めすぎないようにも心掛けた。
もう、木っ端微塵は私の精神が耐えられない。
「っぐ!!!」
地面に背中を打ち付け、殺気を取り戻した相手は私に反撃の仕草を見せるが、させない!
直ぐ側に転がった、折れた剣先を手に取り相手の喉上に構える。
「ここ迄です!一旦落ち着いて下さい!!」
ピタリと動きを止め合い、互いに相手の出方を探る。
もう、何が何だか分からなさすぎる。
大体何で私はここまで動けるのだろう。
唯の不摂生社会人が死んだら身軽になって、何時間も疲れも無く歩き続けられて、生き物や人間に襲い掛かられても、相手の動きがゆっくり見えたり、普通なら死んでしまう攻撃にも死なずに形勢逆転した。
死んだ後の私は本当に人間なのだろうか?
「・・・・・・降参だ」
「へ?」
「・・・・・・そっちが一旦落ち着けと言ったんだろう?それとも、俺がお前の命を取ろうとしたみたいに、その剣を俺の喉に突き立てるか?」
両手を顔の高さ迄上げて、降伏の仕草を取る。その姿にさっき迄の身震いする殺気だった気配は微塵も感じられない。
「しませんよ!そんな事っ!!攻撃を止めてくれればそれで良いんです」
上から飛び退きつつ剣を投げ捨て、これ以上争う意思が無い事を示す。
「あぁ、いきなり攻撃して悪かったな」
「いえ、こちらこそ・・・剣折ってしまってすみませんでした・・・」
「摩耗していたとは言え、まさか折られるとは」
起き上がった彼は折れた刀身を拾いながら「あり得ないな」と笑った。
さっきまでの事が嘘に思える程に、悠然とした表情。思ったよりも怖い人では無いのかもしれない。
「あ、剣・・・弁償とか・・・おいくらですか・・・?」
「メンテナンスを怠っていたこちらの落ち度だ。必要ない」
「あ、ありがとうございます。なにぶん死んだばかりなので無一文でして・・・助かります」
「??」
昨日からこの世ライフをスタートした、無一文家無しの根草無し。
かたや、ちゃんとした佇まいの出立の彼は、きっともう長い間この世の住人なんだろう。ここで誤解を解いて、この世で生きる術をご教示願いたい。
「と、取り敢えず、荷車の所まで行きませんか?一応、おじさんが戻って来た時に盗まれたりしないか見張っていたので」
「・・・・・・・・・」
「・・・何でしょうか?」
来た道を戻ろうと提案してみたが、反応が無い。
やはり私の事信用出来ない、とか?いや、それもそうか。未だ魔物である説は晴れていない。
「いや・・・お人よしな魔物だなと思っただけだ」
「だから、魔物じゃ無いんですって!先行きますね!」
歩き出した背後でピゥィと指笛が聞こえ、直ぐに軽快な蹄の音が近付いて来る。どうやら乗って来た馬を呼び寄せたらしい。
晴天の空の下、二人と一頭並んで歩を進める。
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