No.26 この歳で社会見学に?
No.26 この歳で社会見学に?
「───で?何をどうしたら、ミスリルがここまで綺麗に折れるのかな?」
「過信して、調節を怠った結果だ・・・言い訳のしようが無い」
カイルさんの声のトーンがどんどん下がって行っている。
ヴィクターさんはメンテナンス不足だと言われていたが、折れる直接的な原因は私にあるので、ここで私が会話に割り込んで良い物なのか。
「調節不足だとしても、ミスリルが折れるなんて早々無いのは知っているよね?ドラゴンの鱗に角度も考えずに力業で打ち込んだくらいしか、思い付かないよ」
「・・・・・・そんな無謀な事はしないが・・・」
「例えだよ、例え。逆に興味あるよ、折れた理由。ちゃんと説明して、でないと2度と入店許さないから」
冷ややかな表情に、背筋がビリビリと震える。
圧が・・・圧が凄い。
「・・・あのっ、すみません・・・それ折ったの私です」
ヴィクターさんの面子を考えるなら、黙っていた方が良いのは分かる。頭を下げてくれる上司の顔に泥を塗る行為だ。だが、ずっと迷惑をかけ続けている身としては、心が痛い。
利己的な行為ではある事も重々承知の上で口を開く。
「・・・・・・・・・何の冗談?」
「うっ・・・冗談などでは無く・・・・・・」
怪訝そうに眉間に皺を寄せるカイルさんに怯みながら、事の経緯を説明する。
首を刎ねられそうになり、剣を受け止めて抵抗したのだが、その際に全力で押し返した所、剣は砕け折れてしまったのだと。
「・・・・・・これ本当?」
「・・・・・・あぁ・・・」
私の話す内容が、現実離れしていると言わんばかりに、カイルさんはヴィクターさんに確認をする。私も自分で説明しておきながら、荒唐無稽な話をしている自覚がある為、その反応は至極真っ当である。
「へぇ・・・ミスリルを素手で砕けるんだ・・・」
「ひえっ・・・」
ゆっくりと見開かれた目が私を捉える。
ギラギラとした瞳は好奇心なのか、折ってしまった事への恨みなのか、蛇に睨まれた蛙の様に目を逸らす事も出来ず、動けない体に脂汗が滲む。
「・・・すみませんっ・・・でした・・・」
「・・・新人冒険者・・・ねぇ・・・」
「カイル、余り責めないでやってくれ・・・いきなり切り掛かった俺にも責任がある。後、ギルマス案件になってるから、こいつの事については他言無用で頼む」
緊張から絞まる喉から何とか謝罪の声を捻り出したタイミングで、ヴィクターさんの腕が前に伸びて、2人の間に距離が生まれた。
物理的に遮られて、思い出したかの様に息を吐く。
ギルマスからの圧よりも、何倍も精神の方に来る。この人はもしかしてただの鍛冶屋では無いのでは・・・?
「あぁ、ごめんね。つい・・・僕が打った剣がここ迄折れたのは、100年生きていて初めての事だったから」
「ひゃ、100年・・・?!」
「ん?あー、ドワーフって知らない?ミスリルの加工はドワーフだけの秘匿技術だからね、僕はハーフだから見た目には分かり難いかな、丁度今年で100歳になるハーフドワーフだよ」
「??」
ドワーフとは何だろう?また聞き慣れない単語で返事に困ってしまう
「こいつは、色々あって多分人間以外の種族の知識が無い」
「へぇ、ますます珍しいね」
また、あの目線が来るのではとヴィクターさんの後ろに隠れる。
「カイル・・・」
「ちぇー、仕方ないな・・・ごめんねメグミちゃん。そんなに怖がらないでよ」
声色は優しいが、さっきのアレを体験してしまうと、目を合わすのが怖い。慣れるまで暫くはヴィクターさんの後ろに居よう。
「────ちなみにだが、修理は・・・」
「無理」
「だよな」
「剣先が折れたとかならともかく、根本付近で折れてたらどうしようも無いよ。新調するしかない」
修理はやはり出来そうに無いらしい・・・本当に申し訳無い。新調するとなると、あの剣はどのくらいの価値の物になるのだろうか・・・?
マジックバッグが金貨5枚と考えると、武器はもっと高い気がした。
「とは言え、ミスリル製の剣なんて早々に打てる物では無いし、この剣は僕が国を出る前に作った物だ。この工房でミスリルの加工は出来ないから直ぐに用意も無理だね」
「そうか・・・」
「研いだり、キズを直すくらいはここで出来るけどね。他の素材の剣ならあるけど・・・ジルが使うとなると・・・後は、そうだね例えばジルが直接ドルガニルに行ってみる・・・とか」
「あの国は、基本的に商人以外の他国民を入国させてくれないだろう」
「普通ならね、例えば僕が事情をしたためた斡旋状を書けば、もしかしたら・・・」
「頼めるか?直ぐにでも」
「良いよ。明日の朝イチでも良い?」
「あぁ、助かる」
カイルさんの快諾で、明日の朝一にドワーフ?の街へと出発する事になった。
私を置いて行く方向で、ギルマスに打診に行った所『滅多に無い機会だから、ドワーフの街を見せて貰って来い!』と社会見学を命じられた。
社会見学なんて小学生以来だ。
帰りに受付の前を通った時、一度別れたカレンさんに引き止められ『無茶をしない事、無理と思ったら直ぐに逃げる事』と念押しされた。やはりスライムの一件は確実にバレている。ありがとうございます、気を付けますと誠心誠意の気持ちを返した。
昨日よりも少し遅い時間にレオノラに戻ると、開店から余り時間の経っていないにも関わらず、多くの人がテーブルに座り食事を楽しんでいた。
今日は正面からの入店で、ドアの鈴が鳴ると「いらっしゃーい!」とマリーさんが笑顔で出迎えてくれる。運良く昨日と同じ席が空いていた為、同じ様に座った。
「今日の日替わりを2人分で飲み物は昨日と同じ。後、明日からドルガニルへ行って来るから、数日分の食料にになりそうな物を包んでくれると助かる」
「ドワーフの街まで?!それはまた急ね・・・え、メグミちゃんも?」
「一緒に連れて行く」
「馬車で?」
「そうだな、1人なら馬で行くが・・・2人だからな馬車を利用しようかと思っている」
馬車!!日本から旅行としても出た事が無い私にとって、馬車に乗ると言う経験は無い。どんな物かと少しワクワクしながら話を聞く。
「乗り合い?」
「いや、商人の馬車に乗せて貰えるよう、交渉を持ち掛けようと思ってる。ドルガニルと商いをしているやつが何人かいるからな」
「ふぅん・・・・・・ドルガニルと交流のある商人ね・・・」
何か思い出すように、少し考える仕草をしたマリーさんは不意に顔を店の奥側に向ける。
「・・・あのカウンターで1人で飲んでるお爺さん、好んで飲むのは、ドルガニル産の蒸留酒"リモット"・・・後は分かるわね、幸運を祈るわ」
短く告げた後「日替わり少々お待ち下さーい」と、オーダーを厨房に伝えに行ってしまった。
「流石だな・・・ちょっとここで待っていてくれ」
ヴィクターさんは席を立ち、そのままカウンターへ向かう。不思議に思い見ていると、1人の男性に声を掛け隣に座り、すかさず店員に何かを注文する素振りをしている。
程なくして、グラスに入った飲み物が男性の前に置かれる所まで見て、漸くあの男性がドルガニルと交易のある商人で、馬車に乗せて貰う為の交渉を始めた事に気が付いた。
掴みとして一杯奢って、相手に話を聞いて貰い易くする・・・・・・ヴィクターさんは営業マン向きなのかもしれない。
料理が運ばれて来る前に、席に戻って来たヴィクターさんは「交渉が上手く行った。明日明朝に出発だ」と口の端を少し持ち上げて、成果を教えてくれた。
「ふふっ、上手く行ったようね」
タイミングを見計らっていたかの様に、料理がテーブルに届く。
「おかげ様で。土産はお酒で良いか?」
「あら、そんなつもり無かったのに。特別良い物を期待してるわ」
そう戯けてウィンクをするマリーさんの姿は、とても絵になっていて見惚れてしまう。
ずっと思っていたが、女優さんみたいに美人で、どの表情も綺麗でほぅ・・・とため息が出る。
「今日は、ツノウサギのベーコンと野菜を使ったスープよ!付け合わせに、ライ麦パンもどうぞ。明日の分は簡単に食べられるように、パンに具材を挟んだ感じで良い?」
「任せる」
「はいはーい、ごゆっくりー」
並べられた夕食は、昨日とはまた違ったテイストで、特にベーコンは絶品。煮込んだ野菜も胃の中に優しく収まって行った。
ー・ー・ー・ーー・ー・ー・ー・ーー・ー・ー・
「シャワー、お先にどうぞ!!」
「冒険者としての初日で疲れているだろう?先に入れ。で、早く寝ろ。明日も早い」
「・・・・・・・・・・・・」
昨日は先に使わせて頂いたので、今日は私は後にさせて頂こうと思い、切り出される前に提案をしてみたのだが、即答で断られてしまった。
「数日がかりの旅だからな、軽く準備をするから先に入ってくれると助かるんだが・・・」
・・・・・・・・・そう言われてしまうと、折れる他ない。私はあくまでも社会見学改め、後学研修の身。
ヴィクターさんの邪魔にならない様に動く事が責務。元を正すと今回の旅の原因は私なのだから・・・
「はい・・・お先にお借りします・・・」
なるべく手早くシャワーを浴びて、リビングに戻る。
地図をテーブルに広げて、何かの確認していたヴィクターさんは、思い出したかの様に顔を上げ私を見る。
「昨日、床で寝ていたな?」
「え゛っ・・・」
「お前が、ちゃんと寝ているかを一応確認させて貰った・・・今日からはベッドを使って寝るように」
「・・・はい、すみません。お借りします」
まさか、確認されていたとは・・・私が床で寝ると確信があったのだろうか・・・
「・・・そう言えば、朝起きた時に私ベッドで寝ていたんですが、もしかして・・・」
「俺が運んだ」
「うぁ・・・すみませんでした・・・」
寝てる時すら、ヴィクターさんに手間を掛けさせていたと言うのか・・・情け無さで、ちょっと泣きそうだ。
「あぁ、早く寝ろ。必ず、ベッドでな」
目線を地図に戻し、入眠を促す声は普段と変わらない低く穏やかな物だが、念を押す瞬間だけ重みを感じて、コクコクと細かく多めに頷く。
「それでは、おやすなさい」
地図を見やり、思考の海に切り替わっているのか、テーブルに着いた手が少し指を浮かして「おやすみ」と伝えられる。
寝室に戻ると、朝飛び起きて適当に丸めた布団が綺麗に整えられていた。
生前よく耳にした"女子力"と言う言葉から1番遠い暮らしをしていた私には、その整えられたシーツと布団を崩してしまっても良いのだろうか・・・と暫くベッドの前で立ち尽くす事となった。
覚悟を決めて横になったのは、15分くらい後の事で。しかし、寝転んだ途端に1日の疲れや緊張から睡魔が一気に押し寄せ、そのまま泥のように眠った。
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