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No.20 不束者ですが・・・!


No.20 不束者ですが・・・!




ギルド会館を出ると、帰路に着く人々が足早に通りを歩いていた。日もかなり落ち、街灯もポツリポツリと点き始めている。


「俺の家に向かう。着いて来い」


「はいっ!」


この街に来た時は、私は捕虜の扱いの程だったのでヴィクターさんの後ろに間隔を空けずに歩いていた。

けれど今は、気を抜くとあっと言う間に背中が遠ざかる。あの時は不自然に見えないよう、歩幅を合わせてくれていたのだと分かった。


それもそうだ、私の身長はヴィクターさんの頭ひとつ分以上違う上、スラリと伸びる足・・・コンパスが違い過ぎる。


早足と、たまに小走りで見失わないように追いかけると、制服と一緒にお借りしたブーツの踵が石畳を弾いてコンコンと鳴る。



広場から脇道に入り路地を曲がり、階段を少し登って更に街の奥へと進む。街中と言えど高低差が割とある。

建物の壁を抜け、水路にかかる小さな橋を渡ると左手に夕陽が現れた。


空の色は私の世界と違う色をしているのだが、夕日の色はとてもよく似ている。立ち止まり、目を細めて夕陽を眺めていると、ヴィクターさんがもう着くぞと一言。


夕日から目を離し、彼の方を向くと大きな建物の前で止まって待っていてくれた。



何かのお店だろうか?周りの家よりも少し古く見えるその建物は、蔦の様な植物が壁に沿って茂り、入り口の上にある看板を少し隠している。


「入るぞ」


扉を押し開るヴィクターさんに続いて建物の中へと入ると、カランカランと扉の上部に着いたベルが鳴る。


「いらっしゃいませー!ごめんなさい、営業開始までもう少し掛かるので、テーブルに座って待ってて―――・・・あら?」


「俺だ。帰った」


「あら、ジル!お帰りなさい。お客さんかと思って焦ったわ!どうしたの?今日はいつもより早いお帰りじゃない?」


「色々あって新入りの面倒をみる事になった。取り敢えず、ひと晩俺の部屋に泊める。忙しい時に悪いが、寝具と寝巻きを貸してやって欲しい」


「んー?」


誰かと話していたヴィクターさんが目の前からスッと横に体を避けた事で、年齢は私より少し上だろうか、スタイルの良いお姉さんと視線がかち合う。


「わっ、あ、えっと!ひと晩お世話になります!不束者ですが、よろしくお願いします!!」


お辞儀を90度。咄嗟の事で思わず会社での癖が出てしまった本日2回目の最敬礼。お世話になるのだから、この角度で良いのだ。



「ぷっ・・・アハハハ!!こちらこそよろしく!そんな固い挨拶いらないいらない!」


はつらつとした笑い声と笑顔に、魅入ってしまう。

美人の笑顔の破壊力たるや・・・


「この子どうしたのジル?随分と可愛らしい子引っ掛けて来たじゃない」


「おい、マリー揶揄うのはよせ。成り行きで今日からギルドに入った新入りだ。ギルマスからの命令で、師従契約をした」


「え!?ジルが?師従契約?一匹狼で有名なジルニード=ヴィクターが?!」


は――、驚いた。そう言って顔を近付け、まじまじと私の顔を覗き込まれる。より間近で見つめられ、恥ずかしくなって目を逸らした。



「ギルマスからの命令で、師従契約。つまり、かなりの有望株と言う事ね、貴女お名前は?」


「っメグミ、ですっ!」


声が完全に裏返った。無理もない、こんなに綺麗な人にこんなに近くで話しかけられた事なんて人生一度も無い。

会社の接待で使ったラウンジのお姉さんも綺麗だったが、この人は別格の美しさだ。動揺し過ぎて変な汗も出て来た。



「メグミちゃんね、よし覚えた。私はマリーナ、このお店レオノラの店主よ。どうぞご贔屓に」


「ここここ、ここは何のお店なんでしょうか?!」


こんなに綺麗なお姉さんが店長さんで、今からの営業時間となれば、夜のお店的な何かだろうか?!


「ふふっ、ここはね、街の人の欲を満たす為に私達がよりをかけてサービスを提供するお店」



やはり、ここは・・・!!


「おい、誤解を生む言い方は止めておけ」


「あら?私、そのままの意味で伝えたつもりだったけど?欲は欲でも、食欲を満たす所。つまり、大衆向けの食堂よ」


「え?食堂・・・?」



先入観から、完全に別のタイプのお店だと思ってしまった。欲は欲でも食欲。確かに何も間違っていないし間違えたのは私の方だ。



「マリー、君の代でようやく払拭されて来たのだろう?発言には注意した方が良い」


「ご助言ありがとう。さ、そろそろ営業始めるわ。布団と着替えは、後で持って行くわ。晩御飯はどうする?」


「今日の日替わりメニューは?」


「キングブルのシチュー、パン、サラダ。ここで食べる?それとも部屋?」


「後でここに来よう」


「はい、りょーかい。それじゃ、メグミちゃんもまた後でー」


「はい!ひと晩お世話になります!」



カウンターの奥、厨房だろうか?扉の向こうに消える背中を見送る。

扉の開け閉めの際に、フワリと良い匂いが漂って来た。途端にグゥ・・・と鳴るお腹を宥める様に、へそ辺りを軽くさする。



「部屋に行くぞ」


「はいっ」


端的に呟くとヴィクターさんは左の扉を開け、現れた階段を登り始める。階段は壁を伝い、2階へと続く。



「お店の上がお部屋なんですか?」


「あぁ、元々この店は先々代まで・・・まぁ所謂、娼館を兼ねていたらしい。それを先代が廃業後に改装を行い、1階がそのまま大衆食堂、2階より上が借家の事業を始めたそうだ」


娼館とはつまり、現代で言う風俗店の事だ。先程誤解をしてしまい、申し訳なくなったが、あながち間違っても居なかったようだ。



「そう言った場所は門近くに多い。立地面から考えてもこの店は街の奥に建っているから、客足の問題もあったと言っていたが・・・まぁ、詳しく知りたいならマリーに直接聞くと良い」


「いえ、大丈夫です!今が大切です」



若干の動揺に、受け答えがおかしくなってしまったが、ヴィクターさんは特に気にする様子も無かった。


「改装時に壁を何枚も取り払い、ひと部屋がかなり広めに作ってある」


「・・・?そうなんですね?」


「つまり、人1人増えた所で手狭にはならないから安心しろ」 


話の脈絡が読めなかったが、ここでようやく理解した。

突然の知らない人の家に、お世話になる事への申し訳なさが出ていたのかも知れない。

つまりは、彼なりの気遣いの言葉なのだと。



「ここだ」


ヴィクターさんがドアノブを握ると、腕輪の魔法石が光る。次いで、カチリと鍵の開く音。


どうやら、身分証が鍵の役目を果たしているらしい。便利、大変便利である。


仕事から帰って来てカバンの奥底に眠る鍵を最後の力を振り絞って、手探りでガサゴソ探し当て、鍵穴に差し込み開ける・・・あの虚無の時間が存在しないなんてスマートな世界。



「お邪魔しまーーすぅ・・・」


ひと様のお家に招かれるのは何年振りだろう?

社会人になってからは、激務も相まって仕事漬けの毎日。当然誰かのお家に招くとこも招かれる事も無かった。


あれ?これ土足で良いんだよね??

ブーツを脱ぐか迷っていると、そのまま奥へと進むヴィクターさんを見て土足仕様で良いのだと分かった。

玄関で靴を脱ぐ習慣から少し気が引けるが、ビジネスホテルみたいな物と切り替えて後に続く。


日が沈み、薄暗い部屋に明かりが灯った。


「わぁ・・・とても広いお部屋ですね」


「そこまででは無い。が、この街の借家の中では広めだな。早速、部屋の説明をするぞ」



私の暮らしていた1K6畳のユニットバスにトイレの部屋から見れば、豪華以外の何物でも無い。


「ここが基本のリビングだ。ソファーやテーブルは好きに使ってくれて良い。シャワーとトイレはここ」


矢継ぎ早に部屋の説明が進められた。

シンプルな家具や物持ちの少なさを見るに、寝泊まりする為に使っている部屋と言う印象を受ける。

男性の部屋がどう言った物かは知らないが、昨日引っ越して来ましたと言われても、違和感の無い。



「俺の部屋はここだが、取り敢えずベッドはこれだけしか無い。俺はソファーで寝るから、お前はこのベッドを使うと良い。シーツや枕は後でマリーが用意してくれるはずだ」


「え!?いえいえいえ!私は床とかで良いんです!!ベッドはヴィクターさんがいつも通りに使って下さい!!」


家主を差し置き、自分はぬくぬくとベッドでお休みなんて出来る訳が無い。屋根と壁が有るだけでありがたいのだから、床に敷布団で全然問題無い。


「先程から思っていたが、その床に対する慢心はなんだ・・・?お前は客人なのだから、大人しくベッドを使え」


「そんな・・・」


「命令だ」


「承知しました」


"上司の命令は絶対"染み付いた習慣は恐ろしい、命令と言うワードに即答してしまった。


「取り敢えず、先に俺の方の準備をするから少しだけ待っていろ。終わり次第1階で夕食だ」



ヴィクターさんが自室から寝具をソファーに移動させて行く中、ユラユラと揺れる明かりを眺める。橙色に輝くそれは炎とも電球とも違い、柔らかい光を放ち、どこかホッとするような優しいものだった。



「それは、魔光石を使用した照明だ。光属性の付与師が1点1点手作りしている。魔力が切れる迄かなりの期間光続け、魔力が切れたとしても、また作り手に魔力を込めて貰えばまた同じ様に使える」


「この光、好きです」


「値段はそれなりだが、それだけの価値のある品だ。店の場所を教えるから、時間があった時に見に行くと良い」


「ありがとうございます。その為にも頑張ってお金を貯めなければ」


「あぁ、明日からな。さて、そろそろ降りるぞ」



玄関の扉から先に出たヴィクターさんは、私の出た後に鍵を閉める事なく、歩き始める。


「鍵は・・・」


「この階には俺しか住んでいない。他は長らく空き部屋だから、問題無い。盗られて困る物も無いしな・・・後、そいつは勝手に鍵がかかる」


えっ?と振り返ると同時に、カチャンッと掛かる鍵。オ、オートロック・・・

もしかするとこの世界は、私の世界とは別の方向に発展していて、それに見合った文明の力がまだまだあるのかも知れない・・・



「ほら行くぞ。早く降りないと満席になる」


「は、はい!」


ヴィクターさんの部屋はこの建物の最上階の4階だ。階を1つ降りる度に、1階からの活気が伝わってくる。


1階部分まで階段を降り、食堂へと繋がらる扉を開けると、店内は照明が煌々と光り、テーブルはほぼ埋まって満席に近い。


仕事終わりに来店したであろうお客さんの話し声や、食事を楽しむ音、テーブルにドンと置かれるジョッキ、大皿を囲む家族の笑顔がその空間に溢れていた。



「凄い・・・」


「この店はとにかく料理が美味い。多少奥まった立地ではあるが、近隣の住民は勿論、冒険者もわざわざ足を運ぶ。あっという間に満席になる」


「あ!やっと降りて来た!ジル、こっち!ここの席取っておいたよ」


私達に気が付いたマリーさんが、分かりやすい様にパッと手を上げて場所を教えてくれた。

呼ばれるまま席に向かうと『予約席』と書かれた厚紙が山折りで置いてあった。思わず、手に取って持ち上げる。


「普段、席を予約受ける事なんて無いから、手作り感あってゴメンねー」


「いえ・・・ありがとうございます、あのコレ頂いても良いですか?」


「えー?良いけど、どうするの?」


「部屋のテーブルに飾ります」


些細な事だった。飲み会や接待の時に、席を押さえる事は度々あった。けれど、それはあくまで他の誰かの為の予約。でもこれは私達へ用意された席。この"予約席"のプレートが自分へ向けた物だと思っただけで、どこか特別な気持ちになったのだ。


「貴女、変わってるわね・・・まぁ、良いわ好きにして!はい、2人とも座る。ご注文は?」


引かれた椅子に座ると、対面にヴィクターさんも腰をかける。


「取り敢えず、エールを。お前、飲み物はどうする?アルコールは?」


「え、あ、アルコールは・・・少しなら・・・いや、やっぱりアルコールの無い物を」


「葡萄ジュースとかでも?」


「はい!それでお願いします」


「はいはーい、後は日替わりねー。以上?」


首を少し傾け、追加の有無を聞くとヴィクターさんは「いや」と短く返答を返す。


「りょうかーい、また足りなかったりしたら遠慮なく呼んでちょうだい」


「おーい、マリー注文良いかー?」


注文を受け終わると、直ぐに他の卓に呼ばれるマリーさん。「また後でね」と良いテーブルを離れる。



マリーさんを見送ってから、目線を戻すとヴィクターさんと目が合った。何だろう、何か言いたげな表情である。


「何でしょうか・・・」


「あぁ、いや自己紹介はギルドで済ませたから、改めてやる必要は無いと思っていた所だ。何か聞いておきたい事はあるか?」


「そう、ですね・・・まず何から始めれば良いでしょうか?」


「そうだな、明日の予定としては朝食を食べにギルドへ行く。ここは、夜営業のみだからな。その後は、E級の依頼を受けてフィールドに出る。依頼の内容が終わり次第、時間の許す迄はお前を鍛えるつもりだ」


「き、鍛える・・・ですか!」


初日からハードスケジュールになる予感がしたが、OJT(新人研修)も兼ねているとすれば、頷ける内容だ。


「よろしくお願いします」


「あぁ」


「お待たせしましたー!エールと葡萄ジュースをお先に失礼します!直ぐにお料理も持って来ますので、少々お待ち下さーい」


会話の切れるタイミングを見計らっていたかの様に、飲み物がテーブルに運ばれる。マリーさんとは別の女性だ。

グラスを丁寧にサッと置くと、他の席の注文を届けるべく手短にテーブルを後にする。



「ほら、飲むぞ」


「はい!頂きます」


グラスを傾けると、新鮮な葡萄の香りが鼻腔をくすぐり、唾液が口内に溢れるのが分かった。


味はと言うと、とても濃厚で渋みの感じられる、大人向けのジュース。今まで水しか口にしていなかった反動か、美味し過ぎたのか、1度もグラスを口から離す事無く飲み切った。


「はぁぁ・・・美味しい」


「ふっ、それは良かった」


私とは対照的にゆっくりとエールを飲み、半分まで飲んだ所で私の子供並みの感想に、ヴィクターさんは少し口の端を上げる。


笑ったようにも見えた気がする。初めて見る表情に、釘付けになっていると「はい、お待たせー!」とマリーさんが料理を持って来てくれた為、視線をそちらに移した。


「日替わりね、シチューは熱いから気を付けて。それじゃ、ごゆっくり〜」


テーブルいっぱいに並べられた夕食。

ほわほわと湯気を昇らせるシチューはとても良い匂いで、お腹がキュウッと鳴る。


「ほら、スプーン」


「ありがとうございます、頂きます!」


ゴロゴロと大きめの肉が転がるシチュー、受け取ったスプーンを差し込むと、ホロリと肉が解けた。噛まなくても食べられるのでは無いか?と言うほどに柔らかい。


スプーンでそれを掬い、そのまま口に運びたい気持ちを抑えて、息を吹きかけて冷ます。



「はふっ・・・っ!!!!美味しいっ」


舌の上に乗った肉はジュワリと脂を広げ、一緒に掬ったシチューも、野菜の旨みも感じられる濃厚なデミグラスソース。この2つが同時に口いっぱいに広がり感動あまって、声に出てしまった。

2口目も直ぐに口に運びたい所ではあるが、火傷をしない様にまた冷ます。


「口に合ったようで、何よりだ」


私の一心不乱に食べている様子を確認すると、ヴィクターさんもシチューを口にした。

それから会話もそこそこに食べ進め、あっという間に全て食べ終わってしまった。



「余程空腹だったんだな」


「はい、初めての食事だったので、すみません無我夢中に食べてしまって」


「いや、構わない。ここのシチューは絶品だと有名だからな、初めて食べた奴は大体そうなる」


そう言われて、ふと周りのテーブルを見渡すと、どこのテーブルもシチューが入った器が並び、その誰もが笑顔で食べている。

あぁ、きっと私もあんな表情で食べていたんだなと納得した。



「満足したか?」


「はい!おかげさまで!」


「なら、会計して部屋に戻るぞ」




普段の様に鞄から財布を取り出そうと、横の椅子に手を伸ばしたのだが、何も掴めず手は空を切る。そうだ、もう何度も言っているが無一文なのである。



「すみません、よく考えたら私晩ご飯代が・・・」


「・・・?俺が支払うつもりだ。手持ちは無いと言っていただろう?」


「え?!良いんですか!?」


「明日からの働きで、返してくれれば問題無い」


「・・・ありがとうございますっ!ご、ご馳走様です!!」



上司からご飯をご馳走になってしまった。

前の人生合わせても初の事で、上司とお昼に食べに出ても、それぞれで会計が当たり前だった事もあり、動揺が凄い。

テーブルでマリーさんに会計を済ませ、一言二言会話を交わしてから席を立つ。



「部屋に戻るぞ、寝具と着替えは階段の所に用意してあるそうだ」


「はい!マリーさんご馳走様でした、凄く美味しかったです!着替えもありがとうございます!」


「はーい!ゆっくり休んでね、おやすみ!」


客足は未だ落ち着く気配は無く、忙しそうにマリーさんはまた仕事に戻る。


テーブルを後にして、階段に続く扉を潜り閉じると喧騒が少し遠退く。



「これだな。部屋に戻ったら先にシャワーを使うと良い。エリスに浄化して貰ったとはいえ、さすがに洗い流したいだろう?」


「えっ、あ、はい!ありがとうございます!」


マリーさんの用意して貰った大きなカゴをひょいと抱え、階段を登るヴィクターさんを追いかけた。


部屋に着くと「枕と掛け布団はベッドに置いておくぞ」とカゴから取り出し、残りを手渡してくれる。

中には、お願いした着替えに加えて、タオルと石鹸のような物が一緒に入っており、マリーさんに頭が上がらない。気配りの鬼である。


「お借りしますね」


ギルドの服を脱ぎ、なるべく皺にならないように丁寧畳む。

浴室に入ると、壁にシャワーヘッドが付いているタイプで、日本の長いホースが付いたデザインとは異なりオシャレなデザインである。



ノブを捻ると水が降り注ぐ。

大きな鹿と対峙した湖畔の水よりも温かく感じる。

日本ではお湯でのシャワーが普通だが、海外だと水のみの地域もある。この世界もそうなのだろう。


石鹸を使い全身を洗い、シャワーでしっかりと泡を落とす。恐らくこの後にヴィクターさんも使われる事を考慮し、壁や床に流し残しが無いかを確認、ひと通り見たが大丈夫そうだ。

水を止め、入り口に掛けてあったタオルで全身を拭く。


タオルはふわふわで、良い香りがした。

カゴから着替えを取り出して着用する。私の世界と少し似た作りで、違和感なく着ることが出来た。


「すみません、お先に使わせて頂きました」


身なりを整えてリビングに向かうと、ソファーに足を組み座るヴィクターさんが、顔を上げる。何かの本を読まれていたのか「あぁ」と短い返事と共にパタンと閉じられる。



「ご本ですか?」


「あぁ、ちょっとした物語だ。体は温まったか?」


「?」


温まる?どう言う事だろう?シャワーは水だったので、綺麗になったとは思うが温まりはしていない。私が頭に疑問符を浮かべていると、上記を察したのかヴィクターさんは、ハッとした表情をする。



「あ――・・・お前魔力が無かったな。あのシャワー、ノブに触れて魔力を流すと魔法石が反応して、水が湯に変わる造りになっていたんだが・・・すまない、伝え忘れていた」


「え゛!?」


お湯が沸かせる機能が備わっていたとは・・・お湯が無いタイプのシャワーだと、特に違和感なく受け入れてしまった。


「もう1回入るか?俺が1度魔力を流せば、15分くらいは持続すると思うが」


「いえいえいえ!大丈夫です!水浴びが出来ただけで十分です!」


人様のお家で贅沢にも2回もシャワーをお借りするのは流石に腰が引ける。貸して貰えただけで大満足だ。


「そうか・・・」


「はい!ですのでヴィクターさんどうぞ」



掌を上にして、シャワー室を指し示す。彼は何か言いたげに口を開き数秒「いや、お前が良いのなら・・・分かった。先に休んで良いぞ」と腰をあげシャャワー室に向かう。



1人きりになった部屋で寝ようかなと悩んで、ふと壁に掛かる絵に目を向けた。


燻んだ金色の額が誂えたその絵画には、1人の人物が描かれている。横顔が少しだけ見える後ろ姿の女性だろうか・・・?靡く後髪が風に揺れて金色に輝くとても美しい作品だ。

ずっと眺めていたいが、明日からの事を考えて先に就寝させてもらう事にした。



「お休みなさい」



誰も居ない空間に挨拶をしてから、ベッドルームに入る。窓際に置かれたベッドには月明かりが差し込み、青白く照らされていた。


寝具を置いていくと言われていたが、シーツはマットレスにピンと皺なく広げられ、枕も形が綺麗に整えられていた。

きっとそれは、私がシャワーを浴びている間にセットされた物で、何から何まで恩恵を受けさせて貰っていると痛感した。


「明日から、頑張ってお返しさせて頂くぞっ・・・!」


両手を握り、決意を新たに眠りにつく事にした。





ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・




【ヴィクターside】



手短にシャワーを済ませ、リビングへ向かうと彼女の姿は無く、寝たのだろうかとベッドルームの扉を少しだけ開け確認する。

隙間から見えるベッドに人影は無く、眉を顰め体が半身程入るように開ける。

部屋の中全体を見渡すと、ベッドの足元側の床に横たわりスゥスゥと寝息を立てる彼女が居た。



「・・・何故、床で寝る・・・」


床に寝そべり上掛け布団に包まる姿は、遊び疲れて寝てしまった子供の様だ。

いや、彼女もここ数日で多くの出来事に揉まれ、大変だったと言う事を思えば力尽きて寝てしまったと考えても変では無い。


しかし、さすがに床では疲れも取れないだろう。包まった布団が剥がれない様に抱き抱え、起こさないようゆっくりとベッドに降ろす。



「明日からはもっと大変になるかもしれないぞ。精一杯頑張る事だな」


明日からの冒険者生活を鼓舞するように、言葉を残し部屋を後にした。





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