第一章 其の六 初めての騎士団
翌日。流石にいきなり騎士団の寮には入らないため、アラーナの口利きで宿に泊めてもらえることになった。またアラーナに借りができてしまった。
しかし、本当に指南役など務まるのだろうか。
この世界の戦い方も、武器も。何も分かっていないのに。
これまでの出来事を思い返しながらお茶を飲む。
稽古に励んだ日々、ミサイルで撃ち落とされた瞬間、生贄にされていた時、昨夜の酒場での出来事…なんだかまだ実感が湧かないな。
コンコン。
「アラーナだ。ライル君いるか?」
アラーナが訪ねてきた。右も左もわからぬ美少年がウロウロしていては問題が起きるからと、迎えにきてくれる約束だったのだ。
「おはよう。アラーナ。ごめんね。迎えに来させちゃって。」
「何をいう。指南役殿をお迎えに参ったまで。」
軽く胸に手を当てて、目上に対する挨拶をしているのだろうか。顔は笑っているが、こっちは恥ずかしいんだよ!
「やめてくれ。まだ正式でもないし、この世界のことをよく知らない。」
「まぁ、そういうな。まずは訓練場だ。すでにキミは記憶喪失として処理してある。指南役の話もまずは兵たちを納得させる必要があるからな。その腕、見せてもらうぞ?」
またニヤリとしてこちらが断れぬ様に話してくるあたり、やはり侮れんな。若き騎士団長。
アラーナに連れられてやってきたのは騎士団の訓練場だ。広い学校の運動場の様な場所に兵士たちが勢揃いしている。隊列は美しく並び、重たい鎧を着ているのにも関わらずぴくりともしない。うーん。俺、稽古付けれるだろうか…。アラーナさん、ちょっと不安です。
「敬礼!」
アラーナがビシッと声を上げると兵士たちは全く同時に敬礼のポーズをして見せる。
すごく訓練されているようだ。本当に大丈夫かな。俺。
「本日から新たに入隊するライルだ!3年前にさらわれてから記憶喪失で何も覚えてはいないが、腕は確かだ。色々教えてやってくれ。ライル、一言。」
ん?なんか普通の紹介だな?指南役とか言ってたのは冗談だったのか?
「えー。紹介に預かりました藤…しゃない、ライルです。ご紹介の通り記憶がなく、足を引っ張らない様に頑張りますのでよろしくお願いします。」
深々と頭を下げると、先日と同じ様になぜかざわつく。なんで頭を下げるとこうも驚くのだろうか。
「オホン!まぁ、ライルはかなりの凄腕だ。まずは手合わせを行う。」
整列していた隊列は乱れ、またもざわつく。
しかしやっぱりこうなるのか。さては事実を作り上げて皆を納得させようとするのだろう。まぁ、仕方がないな。
「俺がやります!」
そこまで強そうには見えないが一人の若い青年が手を挙げる。鎧の種類が違う様だが、何か役職があるのだろうか。
「ルーカスか。いいだろう。ライル。彼はこの騎士団で5本の指に入る実力者だ。問題あるか?」
問題あるかだとぅ?なんて聞き方してくれてんだアラーナさん!YesでもNoでもダメなやつじゃん!
「あー、やってみないことにはわからないな。」
「あいつルーカスにボコボコにされるぞ?大丈夫か?」
隊からは冷ややかな声が聞こえてくる。
いや、本当のことだよ?勝負は時の運ってやつ。
「ではこれを。」
木刀か。刀ではなく剣だな。あまり扱いに慣れてはいないが…。
「どっからでもいいぜ?お嬢ちゃん?」
「ぶ!アハハハ!お嬢ちゃんだってよ!ルーカス!手加減してやれよ?嫁に行けなくなっちまうからな!」
意外とこんな感じなんだな。下に見てる…前世でもこの世界でも人は見た目で判断することが多いんだよな。ゆっくりと正眼に構える。足幅は浅めに右足を前にして人中線を喉から下部分を剣で隠す様に構える。どんな攻撃にも防御に転じやすく、攻撃もしやすい万能な型だ。
「へぇ。変わった構えだな?」
対してルーカスは両手で剣を持ち、右肩に担ぐ様にして構える。左足が大きく前に出ている。
「使っていいのは己の肉体とその剣のみだ。勝ち負けは私が判断する。やめと言ったらやめる様に。では、始めるぞ?」
「始めっ!」
ルーカスが合図とともに一気に右足を踏み込んで大振りの一太刀を浴びせてくる。俺の左袈裟を思いっきり切ってくる。
その左袈裟に、吸い込まれる様に剣を持ち上げて相手の剣に触れる瞬間、剣を返して軌道を逸らす。
「コッ」
小さく木剣が触れる音がしただけに見えるが、ルーカスの剣は地面に当たる。
せっかくのチャンスだ。ここはこの世界の戦い方を見せてもらおう。
2歩下がって再び正眼に構える。
「へぇ。変わった剣を使うんだな。今のをいなされるとは、思わなかったよ。」
「そっちこそ、本気できてくれよ?」
ちょっと挑発して手の内を見せてもらおう。これも戦略だ。
今度は一気に間合いを詰めて、真っ直ぐに心臓辺りに両手で突き込んでくる。俺は剣を寝かせる様にして突き出された剣を自分の剣で被せる様にして相手の左側に体をかわす。切ろうと思えば切れたが、もう少し見せて欲しいな。
突きをさばかれたルーカスは体を返しながら、自分の左に逃げた俺を、左手一本で横に薙ぎ払う様に切ってくる。狙いは首の様だ。
瞬時に膝を抜いて重力に任せて体を沈める。ちょうど頭一個分だ。素早い振りにブロンドヘアーの髪の毛が数本切れる。そのまま2歩下がってまた正眼に構える。
「ちっ。逃げてばっかじゃかてねーぞ?」
少しイラついている様だ。どちらかで仕留める予定だったのだろう。
今度は真正面から両手で切り込んでくる。が。おそらくフェイント。分かりやすいなぁ。
頭に当たる50cmほど手前で軌道を変えて右首を狙ってくる。うーん。そろそろいいかな。
一足(足のサイズ一つ分)下がると同時に剣を下ろす。剣にキスできるほどのギリギリでかわした瞬間にルーカスの腹部分に剣を突き込む。
「ぐっっ!ぶぇぇぇ!」
あーあ。きったねーな。
吐き戻してしまうルーカス。せっかくの朝メシが勿体無い。
「そこまで!勝者ライル!」
皆。ざわざわとして戸惑っている様だ。いや、そんなにこの人強くないよ?とは言えないけど。
「団長。私が。」
次に手を挙げたのはガタイのいいおじ様だ。髭がいい味だしてるね。鎧もまたちょっと違う。
「ダンテか。いいだろう。」
「副団長のダンテだ。ライル殿。よろしく頼む。」
さっきのと違って礼儀がなってるね。さすが副団長。って。副団長?
「あ、ぁ。こちらこそ。ダンテさん。」
「始め!」
アラーナの開始の合図だが、ルーカスと違って動かない。さすが副団長。警戒しているな。
構えは正眼にほぼ同じ。違うのはやや斜めに構えて突きやすさを重視しているのか。
まぁ、こっちから攻めてみるか。
ジリジリと間合いを詰めていき隙を伺う。隙を見つけると同時に地面を蹴らずに滑る様に。まるでスケートリンクで滑っている様にダンテに近づく。上半身は微動だにせずに足だけが動く。これにより敵が初動の発見に遅れる効果と自分の体制が崩れない効果がある。
ダンテは予想通り、2歩目で気がついた。すでに2歩。居合で言う二足一刀の間は既に始まっていた。2歩目を踏み出すと同時に水月に剣を突き込む相手の構えでは少し捌きにくい位置を狙う。
ダンテは流石は副団長。これを知っていたかの様に剣を返して突きをいなす。同時に首目掛けて切ってくるが、これは頭を下げてかわす。小手部分に突き込んだ剣を跳ね上げる様にして、切り込んでいく。
「ガン!」
なんと、ダンテは柄で切り上げを弾いた。
やるねぇ。おじさん?
俺もおじさんだが多分彼と同じくらい。負けてはいられん。
剣を右手一本で持つ。片手剣の状態だ。
「盾もなしに片手とは何を考えている?」
「さぁね?知りたければ切ってみたらどうですか?」
ふーん。この世界では盾の場合片手スタイルなのね。
なら、この戦法は知らないだろう。
ダンテが間合いを詰めて切ってくる。
右手の小手を狙っているが、こっちは片手。簡単に避けられる。片手剣の理は機動力。その代わり片手なので攻撃の初速が出ないのと、剣での防御がしにくいのがデメリット。なんせ片手だから。
でも―。
右小手に合わせて切ってくる剣を、右手を下げることで剣と剣をぶつける。正確にはぶつけると言うよりも下方向に擦りおろす。全く同時に左足を踏み込みながらガラ空きのレバー部分に強烈な掌打(手のひら)を叩き込む。
「ブッッ!」
ダンテはモロに喰らいながらも後ろに下がるだけで倒れない。流石に鎖帷子があるとダメージが薄くなるのね。あー。ライル君は鍛えてないから手が痛い。(涙目)
「なるほど。体術との組み合わせか。手甲をつけていたなら負けていたな。」
おぉ。やはり副団長。勝負をわかってるね。
「でも今はない。実戦であれば良かったは通用しないでしょ?」
「くくっ、面白いことを言うやつだな。ではこちらも手加減できまい。」
そういうと、右手に剣を持ち、左手を大きく前に出して左足前の深い構えに移行する。
なるほど。やはり突き主体か。
攻めにくい構えだな。
でも。
瞬時に膝を抜いて体重を重力に預けて沈み込むが、合わせて前方向に傾く様に進んでいく。相手の左方向だ。これで突きをするには構え直す必要がある。
しかも今度は下段(足)。
現代剣道では足への攻撃は反則だが、実戦では超有効。なんせ受けにくいし、警戒しにくい場所だから。
武道って試合すると実戦が弱くなるのよね。
下段に切り掛かっていくが、ダンテは左足を右に、そのまま体を捻って右手で切ってくる。
しかし近い間合い。右手の剣を持ち上げながら切り返して下段に切り下ろすダンテの剣を受け流す。綺麗に流れて衝撃がない。そのままダンテの右手を左手で押さえて首に剣を当てる。ギリギリの寸止めだ。
「やめぃ!そこまで!」
アラーナの試合終了の合図が響く。
兵士たちは唖然として魂が抜けた様になっている。
「すごいなキミは。まさかここまでとは。いや、私もまだまだ未熟と言うこと。」
「アラーナ団長。」
「どうした、ダンテ。」
「ライル殿に副団長を任せてはいかがでしょうか?」
「え?イヤイヤ、無理ですって!そんな!」
「ライルのいう通りだ。団をまとめるのは力だけではない。ダンテ、貴方を力だけで副団長に選んだつもりもないぞ?」
「しかしライル殿の腕前は事実私よりも上でございます。で、あれば私が教えることは何もないと思いますが。」
「そうだな。では指南役というのはどうだろう?」
ニヤッとしてこちらをチラ見する。くそっ!やっぱこうなるのか!
「お前たち!このライルは強い!副団長よりもな!ならば指南役としてその技術を我が騎士団のものとすればより強くなれる!皆もそう思うだろう?!」
「ライル殿!その技ぜひ教えてください!」
歓声がそこら中で上がり、俺はもう逃げられないと悟った。
「ライル殿、お願いできまいか?」
くっ。このオッサン、礼儀正しすぎて断れない。
「っ…わかった引き受けよう。」
半分ため息の様に発した言葉は全員の喜びの歓声へと変わる。
また嵌められた。周りから固まるのは社会人でもセオリーなはずなのに。まんまとハマってしまった…。恐るべし、若き騎士団長。日本で社会人でもやっていけそうだな。
こうして俺は、正真正銘の指南役として就任することとなったのだった。




