第一章 其の一 武術は役に立たない
ピュン!ピャン!ヒュン!
空気が切り裂かれる音が辺りに響く。
街の体育館内にある武道場に、黙々と真剣で素振りをする男がいた。
名は藤原鐵明もう若くはない45歳のおっさんだ。
やや白髪が混じり、目尻の皺も少々。まだ実年齢よりは若くは見えるが、やはりおっさんだ。
鐵明は現代において殆ど見向きもされなくなった武術の経験をいくつも積んでおり、人から教わることを卒業して自分のオリジナル武術を作り上げようとしていた。
素振りを終えて一言。
「こんなものか。くそ。肩と肘が痛むな…」
鍛え抜かれた筋肉と幼少期から積み重ねた鍛錬によってまるで初めから武術を為すために組み立てられた様な骨格だが、年齢と無理をしすぎたせいで悲鳴をあげてあちこちが痛む。
もう若くはなく故障も多い。だが諦めることなく鍛錬に励んでいた。
家に帰ると刀を手入れし、和室の床間にある刀掛けに掛ける妻も子供もおらず仕事と武術の鍛錬の日々を過ごす。
現代における武術は社会を生きる上ではまるで役には立たず、単なる特技程度にしか捉えられることはないのだ。
***翌朝***
「藤原さん、ちょっといいかな?」
部長に呼ばれ何かと思いながら会議室に入る。
「なんでしょう?佐藤部長。」
「あのさ、来月から短期なんだが海外に出張頼みたいんだよね。これ、資料」
佐藤部長はポン、と資料を俺に渡す。いつも海外出張は俺の仕事だ。まぁ、他の若い連中に子供がいるから俺みたいな奴が率先して受ければ彼らの幸せのためにもなるから嫌な顔せずに受けているが、少しは事前に相談くらいしてほしいものだ。
「わかりました。って、部長?ここ戦争が始まるかもって国じゃないですか!本当なんですか?」
「そうなんだよ。だからウチも撤退することにしたんだよね。でも支店を閉鎖するには人手や経験が足りないから君に頼みたいんだよ。」
「そうですか…わかりました。では、こちらの業務は一旦、田村に引き継げばいいですね?」
「あぁ、頼むよ。すまないね。」
俺は来月までの一ヶ月間、田村に引き継ぎを行い、本社を後にする。
***一ヶ月後***
飛行機が出張先の国へ差し掛かってきた。
隣国と戦争になるのではと報道されているだけあって心なしかクルーも緊張している様だ。
なんとなく窓を眺めていると着陸態勢のために高度を下げると言うアナウンスが流れる。
雲をくぐり、街が見えてきた時、窓から何かがこちらに向かってきているのが見える。
「ん?なんだ…?」
と思った瞬間。
ドン!
轟音と眩い閃光と共に爆発して飛行機はバラバラになる。高度2000mから機体の残骸や人、人の手足、荷物などがバラバラに飛び散る。
俺は叫ぶことすらできずに空中に放り出される。
何が起きたかわからず、衝撃で全身がうごかないのに加えて極寒の空中。かろうじて残る意識の中で考えた。
「ミサイルか…」
そう。隣国との戦争が始まってしまったのだった。
そして不運にも鐵明を乗せた旅客機はその戦争に巻き込まれたのだった。
「俺の人生もここで終わりか…まだ俺の武術ができてないのに。まぁ、人生そんなもんか。せめて俺の武術が世の中の役に立てたら良かったんだけどな…」
意識は遠のき、どれほどの時間が流れたかはわからないが、なぜか冷たさと湿気のある重たい空気、水滴の落ちる様な音が聞こえる気がした。
目が覚めるとそこは薄暗い洞窟。
装束の様なものを纏った怪しげな集団が辺りで何やら呪文の様にブツブツと唱えていた。




