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第6章:第一の試練

「続きまして、ランキングバトル予選、第十五試合! C組所属、桜庭陽介選手 対 西洋同盟のエース、ブレイズ選手ー!」


 野太いアナウンスが、ビリビリと空気を震わせながら実技訓練場に響き渡る。


 ランキングバトル。


 それは、ここクロノスアカデミアで定期的に開催される、生徒たちのプライドとクラス昇格を賭けた一大イベントらしい。

 らしい、というのは、俺がその存在を知ったのがつい昨日で、しかも校長直々に「君も参加するように」と、有無を言わさぬ笑顔で強制エントリーさせられたからだ。


 おいおい、 俺は平穏な学園生活を送りたいんだよ!


「はぁ……よりにもよって、初戦の相手が西洋同盟のエース様だってさ。俺、生きて帰れるかな……」


 試合前の控室で、俺は深いため息と共にココアに弱音を吐き出す。

 だって、相手はあの炎龍バーン!のブレイズ君だぞ?

 コップ2センチの俺が勝てる要素、どこにも見当たらないんですけど。


「だーいじょうぶよ、陽介くん!」


 ココアは、なぜか自信満々に胸を叩く。


「物語の主人公っていうのはね、最初の試練は必ず、派手な演出で乗り越えるって相場が決まってるんだから!」

「いや、その根拠のない自信はどこから来るんだよ……」


 ガラリ、と控室のドアが開き、入ってきたのは意外な人物だった。

 白衣を翻し、腕を組んで立っているのは、S組の天才科学者、アリシア・ブレイブハートその人だ。


「あなたの対戦相手、ブレイズのスキルは『炎の鎧』。Sランク評価よ。全身を高熱の炎で覆い、物理的・魔法的干渉を広範囲に無効化する、極めて強力な防御兼攻撃スキル。客観的データに基づけば、あなたの勝つ確率は……限りなくゼロ、0.01パーセント以下と算出されるわね」


 バッサリ。あまりにも清々しいほどのダメ出し、ありがとうございます。


「あら、アリシアさん。わざわざ陽介くんに絶望の宣告をしに来たのかしら?」


 ココアが、面白そうにニヤニヤしながらアリシアを挑発する。


「私は、観測可能な科学的事実を伝えたまでよ。感傷的な希望的観測など、何の役にも立たないわ」


 アリシアはフンと鼻を鳴らすと、チラリと俺に視線を向けた。

 その瞳には、ほんのわずかだが、いつもとは違う種類の光が揺らめいているような……気がする。


「でも……」


 彼女は、少しだけ言い淀むように続ける。


「あなたのスキルは、私の解析をもってしてもブラックボックス。未知の変数が多すぎる。あるいは……あるいは、統計確率を覆す、何らかの特異点が存在するの、かも、しれないわね……」

「もしかしたら、ってこと?」

「な、何でもないわよ!」


 アリシアは、なぜか顔をほんのり赤らめてプイと視線をそらす。


「と、とにかく! データ収集の観点からも、あなたの戦いぶり、しっかり記録させてもらうから! くだらない負け方は許さないわよ!」


 そう早口でまくし立てると、アリシアは白衣をバサリと翻して控室から出て行ってしまった。


 な、なんだ今の?

 もしかして、あれが噂に聞くツンデレってやつか……?

 いや、違うな。

 ただの変人だ。


 重い足取りで実技訓練場へと向かう。

 

 そこは、古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる、巨大な円形闘技場だった。

 すり鉢状の観客席は、すでに多くの生徒たちで埋め尽くされ、熱気と興奮が渦巻いている。

 

 闘技場の中央には、すでに対戦相手のブレイズが立っていた。

 真っ赤な髪を逆立て、その名の通り、全身からメラメラと紅蓮の炎を立ち昇らせている。

 

 まさに「炎の鎧」だ。

 うわぁ、熱そう。

 そして強そう。


「フン、C組の雑魚が相手とはな。ウォーミングアップにもなりゃしねえ。まあ、手加減はしねえから、せいぜい泣き叫んで楽しませろや!」

 

 ブレイズは、自信満々の不敵な笑みを浮かべて俺を挑発してくる。

 はいはい、どうせ俺は雑魚ですよーだ。


 審判役の教師が、俺とブレイズの間に進み出る。

 

「両者、前へ!  相手を場外に押し出すか、戦闘不能と認めさせれば勝利とする!  ただし、相手に回復不能な重傷を負わせるような攻撃は厳禁だ! いいな!」

「了解だぜ!」


 ブレイズが、炎を揺らめかせながら威勢よく答える。

 

「は、はいっ! わ、分かりましたっ!」


 俺の声は、緊張で完全に裏返っていた。


「では……試合開始ッ!!」


 開始の合図と同時に、ブレイズは猛獣みたいに突進してきた。速い!

 

「まずは小手調べだ! フレイムボール!」


 ブレイズの手のひらから、次々とバスケットボール大の炎の玉が放たれる。

 

 ヒイィィ!  あれ食らったら丸焦げだろ!


 俺は、情けない悲鳴を上げながら、ただひたすら闘技場を逃げ回るしかなかった。

 避けて、避けて、また避ける!


「ハハハ!  逃げ回るしか能がねえのか、タスキリ野郎!  そのショボいスキルじゃ、俺の炎にかすり傷一つ付けられねえだろうがよぉ!」

 

 ブレイズの嘲笑が、観客席のざわめきと共に俺の耳に突き刺さる。


 くそっ、言われなくても分かってるよ!

 

 運命のタスキリ……小さな変化を起こす力……。

 

 でも、どうやって意図的に使うんだよ、この能力!

 コップ動かすみたいに、ブレイズ君の足元の小石でも動かせってか!?

 無理だっての!


 ブレイズの攻撃は、ますます激しさを増していく。

 炎の玉だけじゃない。

 地面から炎の柱が突き上がったり、炎の鞭が縦横無尽に襲いかかってきたり。

 

 もはや闘技場は灼熱地獄だ。

 俺は汗だくになりながら、奇跡的に攻撃を避け続けているが、それも時間の問題だろう。


「いつまで逃げてられるかなぁ?  オラオラオラァ!」


 炎の鞭が、俺の足元を鋭く薙いだ。

 

「うわっ!」


 避けきれずに足を取られ、俺は派手に転倒してしまう。

 痛ってえ!


「終わりだぜ、雑魚!」

 

 ブレイズが、勝利を確信した獰猛な笑みを浮かべ、巨大な炎の拳を俺めがけて振り下ろそうとする。


 ああ、終わった。

 俺の異世界ライフ、わずか一週間でゲームオーバーか……。


『陽介くーん! あきらめちゃダメよー!』

観客席の最前列から、ココアの甲高い声援が飛んでくる。


『桜庭君! あなたの力はそんなものではないはずよ! 何か方法があるはずだわ!』


 少し離れた場所からは、アリシアの檄まで聞こえてきた。意外だ。


 二人の声援が、まるでスローモーションのように俺の耳に届く。


 でも……もう無理だよ。

 どう考えたって、勝ち目なんて万に一つもない。


 俺は、迫り来る炎の拳を見上げながら、心の中で静かに呟いた。


 ――もう、無理だ……。


 そう、完全に諦めた、まさにその瞬間だった。


 カツンッ。


 ほんの小さな音がしたかと思うと、ブレイズの軸足のすぐそばにあった、親指の先ほどの小さな石ころが、まるで誰かにつつかれたみたいに、数センチほどツツッ、と動いた。


 そして、それとほぼ同時に、今まで俺に向かって吹き付けていた熱風の向きが、フワリ、と変わった。

 まるで、闘技場全体を包む巨大な扇風機が、気まぐれに首の角度を変えたみたいに。


「なっ……!?」


 ブレイズの驚愕の声。


 彼のバランスが、ほんのわずかに崩れた。

 そして、向きを変えた風が、彼自身の纏う炎の鎧の炎を、ゴウッと逆巻くように煽り立て、ブレイズの視界を一瞬にして真っ赤な炎で覆い尽くしたのだ。


「ぐわっ! 目が、目がああああっ!」


 視界を奪われ、体勢を崩したブレイズは、まるで喜劇役者みたいに派手に足を滑らせ、そのまま自分の炎の勢いに押されるような格好で、綺麗な放物線を描きながら……。


ドッスーーーン!!


 ……闘技場の外へと、盛大に吹っ飛んでいった。


「「「………………」」」


 灼熱の闘技場が、水を打ったように静まり返る。

 やがて、審判の教師が、恐る恐る、震える声で宣告した。


「しょ、勝者……さ、桜庭、陽介……!!」


 その言葉を合図にしたかのように、観客席から、地鳴りのような大歓声が沸き起こった。

 

「うおおおおおおおっ! 勝った! あのブレイズに勝ったぞ!」

「見たか今の! あの神業みたいな動き!」

「最初から全部計算済みだったんだ! 小石を動かして相手のバランスを崩し、絶妙なタイミングで風向きを変えて、相手の炎を逆用するなんて!」


 え……? ええええええ!?

 俺、勝ったの?  俺が?  あのブレイズ君に?


 何がどうなってそうなったのか、全く理解できないまま、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。


 観客席では、ココアがピョンピョン飛び跳ねながら手を振っている。

 アリシアは……うわ、なんかものすごい形相で、手元の端末に何かを高速で打ち込んでる。こわっ。


 やがて、場外からトボトボと戻ってきたブレイズが、俺の前に進み出てきた。

 その顔には、先ほどの自信満々な態度は微塵もなく、どこか清々しいような、それでいて信じられないものを見たような、複雑な表情が浮かんでいる。


「……俺の、負けだ」


 ブレイズは、深々と頭を下げた。


「まさか、あれほど精密な計算と、完璧なまでの環境制御を見せつけられるとはな……。完敗だ。恐れ入ったぜ、『運命の調整者』さんよ」


 彼はそう言うと、俺に向かって右手を差し出してきた。

 

「いつか、必ず再戦を申し込む。それまで、せいぜい腕を磨いておくんだな」

「あ、う、うん……ありがとう……?」


 俺は、まだ状況が飲み込めないまま、差し出されたブレイズの手を、ただただ混乱しながら握り返した。


 控室に戻ると、興奮冷めやらぬココアと、相変わらず何かをブツブツ呟きながら端末を操作しているアリシアが待ち構えていた。


「見たわよ、陽介くん! もう、最高にクールだったわ!」


 ココアが、俺の腕にガシッと抱きついてくる。

 うおっ、柔らかい感触が……じゃなくて!


「私が言った通りでしょ?  物語の主人公は、最初の試練は必ずカッコよく乗り越えるのよ!」

「いや、だから、俺は何もしてないんだって!」


 俺は、必死に弁解する。


「ただ、本当に『もう無理だー』って諦めた瞬間に、なんか勝手にあの石が動いて、風が吹いて……」

「興味深いわね」


 それまで黙って端末を睨んでいたアリシアが、不意に顔を上げて俺を射るような目で見つめてきた。


「あなたのスキル、もしかしたら『諦観』あるいは『絶望』といった特定の精神状態をトリガーとして、最適な環境改変事象を自動的に引き起こすタイプのものなのかもしれないわ。それも、極めて高度な演算処理を伴って」

「そ、それって、本当にスキルなのか?  ただの偶然の塊じゃなくて……?」

「偶然ですって?」


 アリシアの眉が、ピクリと吊り上がる。


「あの小石の質量と移動ベクトル、風向きの変化角度とその持続時間、ブレイズの重心移動のタイミング……その全てが、一分の狂いもなく完璧にシンクロしていたのよ。これは、統計確率論的に言って、偶然で片付けられる現象では断じてないわ。明確な『意図』と『結果』が存在する」

「運命の流れが、大きく変わったのね」


 ココアが、うっとりとした表情で神秘的に微笑む。


「陽介くんの『タスキリ』能力が、ブレイズくんの勝利という運命の糸を断ち切り、新たな勝利の糸へと繋ぎ替えたのよ」


 二人の、あまりにも壮大で、それでいて全く方向性の違う説明に、俺は完全にキャパオーバーだ。

 でも……心のどこかで、ほんの少しだけ、もしかしたら本当に自分には何か特別な力があるのかもしれない、なんていう小さな希望の芽が、ポッと顔を出し始めているのも感じていた。


「フフフ……やはり、予想通りの結果だったようだね、桜庭君」


 その声に振り返ると、いつの間にか控室の入り口に、この学園の校長であるアルバート・クロノスその人が、ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。


「私の目に狂いはなかったようだ。君の能力は、やはり特別なものだよ。私は最初から、それを見抜いていたのだから」

「で、でも、校長先生……」

「謙虚さも美徳の一つではあるがね」


 校長は、俺の肩にそっと手を置く。


「時には、自分自身の持つ大いなる力を素直に認めることもまた、大切なことだよ。次の試合も、大いに期待しているからね」


 そう言い残すと、校長は満足げな笑みを浮かべたまま、静かに控室を後にした。

 ……なんだか、どんどん話が大きくなっていってないか?


「みんな、完全に誤解してるよ……」

「でも、結果は結果じゃない、陽介くん」


 ココアが、俺の顔を覗き込むようにして言う。


「あなたは勝ったの。それが全てよ」

「私は、あなたの能力の真の姿を、必ずやこの手で白日の下に晒してみせるわ」


 アリシアが、決意に満ちた表情で、まるで最終宣告みたいに宣言する。


「科学的なアプローチによる、完璧な説明が必ず存在するはずだから」


 俺が、二人の勢いに何か言い返そうとした、まさにその時だった。


 ゾクッ……。


 実技訓練場全体に、まるで冬の朝の冷気みたいに、異様な緊張感が走った。

 入口に、一人の少年が音もなく立っていた。


 陽光を反射して白銀に輝く髪、全てを見透かすような鋭い灰色の瞳。

 その少年は、周囲の喧騒とは完全に一線を画した、近寄りがたいほどの静謐な雰囲気を纏っている。


 彼が一歩、また一歩とこちらに近づいてくるたびに、まるで床に薄氷でも張っていくかのように、周囲の温度が下がっていくような錯覚さえ覚えた。


 少年は、ざわめく群衆をまるで水面を滑るように掻き分け、一直線に俺の元へとやってくる。

 あれだけ騒がしかった訓練場が、水を打ったように静まり返っていた。


 彼は、俺の目の前でピタリと足を止めると、その鋭い灰色の瞳で、俺の魂の奥底まで見透かすようにじっと見つめてきた。


「桜庭陽介……」

 

 彼の声は、氷のように冷たく澄んでいたが、不思議な力強さを秘めていた。


「君は、選ばれし者だ」

「え……?」


 訳も分からず聞き返す俺に、シルバーはほんの少しだけ口元を緩め、意味深な微笑みを浮かべる。


「私はシルバー。明日から、君のクラスメイトになる者だ」

「ク、クラスメイト!?」

「君のその力には、非常に興味がある。運命というものは、時に我々の予想を遥かに超えた形で、その真の姿を現すものだからね」


 シルバーは、何かを言いかけたが、ふと周囲に視線を走らせると、わずかに眉をひそめ、言葉を飲み込んだ。


「……また、話そう」


 そう短く言い残すと、彼は来た時と同じように、何の物音も立てずに静かに立ち去っていった。

 まるで、幻でも見ていたかのような、あっけない退場だった。


「……あの人、ただ者じゃないわね」


 ココアが、ゴクリと喉を鳴らしながら小声で呟く。


「物語に、新たな強敵ライバルが登場したって感じかしら……」

「西洋同盟のエースの一人で、『霜の触手フロスト・テンタクル』というSランクの概念干渉系能力の持ち主よ」


 アリシアが、珍しく緊張した面持ちで説明する。


「でも、なぜ彼が、あなたなんかに興味を……?」


 俺は、もう言葉も出なかった。


 事態は、俺の貧弱な理解力を遥かに超えて、とんでもないスピードで急展開していやがる!

 

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