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第5章:評価の急変

 昨日の実験室での一件は、どうやら俺の想像以上に大きな波紋を呼んでいたらしい。

 朝、教室に入るなり、クラスメイトたちのヒソヒソ話と好奇の視線がグサグサと突き刺さる。


 おいおい、俺は動物園のパンダか何かか?


「なあ、聞いたか? 桜庭のやつ、アリシア様の『完全解析』を弾いたらしいぜ」

「マジかよ! しかも、その後の薬品事故も、桜庭が謎の力で未然に防いだとか……」

「あいつ、実はとんでもない能力隠してたんじゃねえの?」


いやいやいや、何も隠してないし、防いでもいないし、全部偶然だって! と、心の中で全力でツッコミを入れるが、もちろん声には出せない。


 一度広まった噂ってのは、タチの悪いウイルスみたいに、勝手に変異しながら増殖していくもんだ。

 今や俺は、「C組に潜む謎の超絶能力者、その名は桜庭陽介!」みたいな感じで、一部の好事家たちの間で英雄譚の主人公にされつつあった。

 迷惑千万である。


 昼休み。


 俺が食堂で一人、今日の不幸……いや、幸運?……を噛み締めながらパンをかじっていると、隣にココアがトレーを持ってやってきた。


「陽介くん、すごいじゃない! 先生たちが、みんなあなたのこと特別視し始めてるわよ!」


 ココアは、自分のことのように目をキラキラさせて興奮している。


「でもさ、ココア。これって、やっぱりただの偶然だと思うんだよ。俺が何か特別なことをしたわけじゃないし」

「そうかしら?」


 ココアは、フォークでパスタをクルクルと巻きながら、意味深な笑みを浮かべる。


「あなたのスキル、『運命のタスキリ』……小さな変化が、大きな結果を生むのよ。陽介くんが意識していなくてもね」

「……だとしても、こんなの、俺の実力じゃないよ」

「それがポイントなのかもしれないわね」


 ココアは、悪戯っぽくウインクする。


「物語の主人公って、いつだって自分の意図を超えたところで、勝手に物語が展開していくものなのよ」


 うーん、ココアの言うことは、いつも詩的というか、哲学的というか……まあ、よく分からん。

 俺がそんなことを考えていると、突然、食堂の入り口が騒がしくなった。


「おーい! C組の桜庭ってのはどいつだぁー!」


 野太い声と共に、ガタイのいい男が数人、ズカズカと食堂に入ってきた。

 全員、A組の生徒章を胸につけていやがる。

 

 うわ、面倒くさそうなのが来た。


「聞いたぞ、てめえ。アリシア様の解析を拒んだってな。そんな生意気な一年坊主、今まで見たことねえぞ」


 リーダー格らしき、岩みたいな体格の男が、威圧的に俺の目の前に立ちはだかる。

 周りの席にいた生徒たちが、ビビってサーッと引いていくのが分かる。


「い、いえ、別に拒んだわけじゃ……」

「うるせえ! 俺たちがA組だって知ってんだろうな?  てめえみたいな雑魚スキルのC組とはワケが違う、本物の実力者の集まりなんだよ!」

「そ、それは存じ上げておりますが……」

「だったら話が早え。そんなに強いってんならよぉ、今日の放課後、実技場で俺らと勝負しろや!」


 やっぱりこうなったかー!

 この手の輩の思考回路は、いつだって単純明快だ。


 俺は完全にカツアゲされるチンピラみたいに、A組の連中に取り囲まれてしまった。

 万事休すか……?


 キンコーンカーンコーン……。


 その瞬間、まるで計ったようなタイミングで、校内放送のチャイムが鳴り響いた。


『緊急連絡、緊急連絡。C組の桜庭陽介さんは、至急、校長室までお越しください。繰り返します……』


 A組の連中が、一斉に「ああん?」と不満げな声を上げる。


 リーダー格の男は、チッと舌打ちすると、「今日のところは見逃してやる。だが、この話、終わりじゃねえからな!」と捨てゼリフを残し、仲間たちを引き連れて食堂から出て行った。


「……助かった」


 俺は、大きく息を吐き出す。

 まさに九死に一生スペシャルだ。


「ふふっ、すごいタイミングだったわね」


 隣で一部始終を見ていたココアが、クスクスと肩を揺らして笑っている。


「まるで、運命の女神様が陽介くんに味方したみたい」


 俺は、呆然としながらも、ふと、日本にいた頃のことを思い出していた。


 そうだ。俺の人生、いつだってこんな感じじゃなかったか?


 絶体絶命のピンチに陥ると、なぜか必ず、あり得ないような偶然が起こって助けられてきた。

 それが、俺の日常だった。


「……これが、本当に、俺の能力なのかな……」


 ポツリと、そんな言葉が口から漏れた。


「でも、だとしたら……みんなが思ってるような、その、『最強』とかいうのとは、全然違うんだ。ただの、偶然の積み重ねで、結果的にそう見えるだけで……」

「偶然もね、陽介くん」


 ココアは、俺の目をじっと見つめて、優しく微笑んだ。


「それだって、十分に強力な力だと思うわよ。そしてね……」


 彼女は、まるで大切な秘密を打ち明けるみたいに、声を潜めてこう言った。


「あなたの物語は、まだ始まったばかりなのよ」

 

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